お気楽、お車旅 いつかはクラウン?

売れなかったときの言い訳が今から聞こえてきてませんか?。


GAZOOニュース キーパーソンインタビュー 2012年12月取材

『ついに"私のクラウン"』―憧れを、より多くの人の感動・幸せに― [新型クラウン 山本卓 チーフエンジニア]

クラウンといえば、まぎれもなくトヨタのフラッグシップ。1955年に初代クラウンが発売されて以来、トヨタの最上級モデルのクルマとしての地位を長く担ってきた。また、有名な「いつかはクラウン」(1983年 第7代クラウン)のキャッチコピーにも象徴されるように、生涯に一度は乗ってみたい憧れのクルマとして、ずっと国民から愛されてきた。

そんなクルマの開発責任者を任されることは、大変な名誉である一方で、ものすごいプレッシャーに違いない。ましてやリーマンショック以降、長引く不況の中、世界各国で自動車のダウンサイジングが加速し、クラウンの市場にもその潮流は押し寄せている。さらにはお客様の環境志向、低燃費志向の高まりとともに、アクアやプリウスといったハイブリッドカーが台頭し、市場を席巻している。そんな環境下での新型クラウンの開発にはさぞや迷いや気苦労が多かったのではないだろうか?そして、今後、高級車市場でのレクサスとの差別化はどう考えていくのだろうか?

そんな苦労話を聞くべく、新型(第14代)クラウンのチーフエンジニアを務めた山本卓氏を訪ねた。
しかし、こちらの期待(?)に反して、山本チーフエンジニアからは「苦労や迷いよりも、『自分にしかできないクラウンを創るんだ』というワクワクするようなやり甲斐の方が大きかった」という自信に満ちた言葉が返ってきた。

クラウンの歴史と伝統を継承する

山本 卓(やまもと・たかし)

名古屋市出身。京都大学工学部大学院修了。1982年トヨタ自動車工業に入社。ボデー設計を経て、1984年から製品企画部門に異動。初代LS400(セルシオ)、2代目LS400の開発に従事。1997年からは第11代クラウン。第12代クラウン(ゼロクラウン)では開発主査の一人として、初期の企画から開発を担当。2003年から初代マークX、05年から3代目アベンシスのチーフエンジニアを務めた後、09年からクラウンのチーフエンジニアとして、第13代クラウンのマイナーチェンジ、そして、新型クラウンのフルモデルチェンジを担当。趣味はゴルフ、旅行。

第12代 クラウン (ZERO クラウン)
最初の配属はボデー設計で、初代FFセリカのボデー開発を担当しました。大学では金属工学を専攻していたので、機械工学などと違って製図をする機会がなかったので、図面の引き方は会社に入ってから勉強しました。

そして、入社3年目に製品企画の部署に異動し、初代LS400(日本ではセルシオ)の開発チームに放り込まれました。いまでこそレクサスの開発チームは大所帯ですが、当時は4、5人の少人数のチーム。「ベンツやBMW、ジャガーなどと肩を並べる世界に通用する日本発の高級車を開発する」という高い志はあったものの、では一体、どうしたらいいのか?前例のない全くゼロからの開発だっただけに、まさに、暗中模索の状態でした。社内にも「ベンツやBMWに負けないクルマを開発するなんて無理に決まっている」という雰囲気が漂っていました。

誤解を恐れずに申し上げるならば、このときの初代LS400の開発に比べれば、私が年をとったこともあり、第14代クラウンの開発は迷いや苦労は感じず、むしろ楽しめました。

なぜなら、クラウンには50年以上の歴史があり、後ろを振り返れば、13代にわたるクラウンの伝統があるのです。

そこに立ち返れば、過去にどんなことをやってきたかの蓄積がある。その蓄積を辿っていけば過去の苦労は判る。もちろんそこからジャンプアップしないといけないわけですが、全くゼロの足場のないところからジャンプアップするわけではありません。

さらに初代LS400は世界の高級車市場を相手に打って出たクルマですから、世界各国の道を走る。どんな人が乗って、どんな気候、環境の下でどんな使い方をされるのかは各国でバラバラです。さらに当時はレクサスの販売店はありません。海外にはトラックとカローラしか販売したことのない販売店だけでした。だからラグジュアリーの市場なんて、まったくわからなかったわけです。

それに対して、クラウンは純粋に日本のお客様、日本の道を考えて開発しています。

そして、クラウンには長年にわたりご愛用いただいたお客様がいらっしゃいますし、クラウンというクルマや市場を熟知し、販売してきた経験豊富な販売店があるわけです。いわば彼らは開発のアドバイザー。心強い相談相手なのです。
また、私自身、第11代クラウンの開発、そして、第12代のゼロクラウンの開発では加藤光久チーフエンジニア(現 副社長)の下で開発主査として初期の企画段階から開発に携わってきました。ですから「伝統と革新」により進化してきたクラウンは私にとってある意味、帰ってきた実家のようなものだったのです。

.日本のお客様に愛される“真摯なクルマ”
もちろんクラウンに対する危機感はありました。第13代クラウンは2008年2月の発売当初は爆発的に売れましたが、その年の終わりに起こったリーマンショックを機に、その販売はすとーんと失速していました。

2009年1月にクラウンのチーフエンジニアを任されて、最初に取り組んだことは、
当時のクラウンの課題の分析と「次のクラウンに求められるものは何か?」を整理することでした。

そこで商品企画部の中にクラウンチームを作ってもらい、様々なデータを収集し、分析しました。また、社内のクラウンユーザーや全国の販売店を回り、クラウンに対する不満と次の開発への期待といった生の声を集めました。

クラウン開発の大先輩にあたる渡邉浩之技監(9代、10代モデルのチーフエンジニア)にお話を伺いにいったときには、「新型クラウンが発売される4年後の2012年の日本はどんな世の中になっているのか?を考えてみなさい。今までのように少し脂ぎった時代から、もっと清らかで清楚な、環境に優しい時代になっているはずだ。その時代にあったクルマを目指しなさい」というアドバイスをいただきました。当時はリーマンショックこそありましたが、まだそれでも経済は余裕がありました。トヨタの業績は右肩上がりで、販売台数世界一を達成し、1,000万台を目指すという時代でしたから、とても貴重な気付きを頂戴しました。

そうしてまとめた新型クラウンのコンセプトが「新たなる革新」です。

これは何をいっているかというと「クラウンをもう一度、ゼロから見つめ直しましょう。クラウンとは何か?というクラウンの原点、コアに立ち返って考えてみる。そして、そこにいま求められているものを新しく付加して、再構築していく」ということです。

まずは原点回帰。クラウンというクルマは1955年、まだ戦後の傷が癒えない頃、国内メーカーの多くが海外との技術提携に活路を見出そうとしている中、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎社長(当時)の「日本人の頭と腕で国産乗用車を産み出そう」という強い意思のもと、あくまで純国産技術にこだわって、初代チーフエンジニアの中村健也主査が開発したクルマです。

以来、半世紀以上に渡り、日本のお客様に愛され、支えられてきました。この間、クラウンは日本の道に育てられた高級車として絶え間ない進化を続け、大きく変化しました。しかし、その根底に脈々と受け継がれている精神は普遍です。

それは「日本人のお客様を第一に考え、使いやすく親しみやすいクルマである」ことです。

日本を代表するこのクルマは「日本のお客様に愛される“真摯なクルマ”」でなければいけません。ただ華美で壮麗なだけではいけない。クラウンを愛するお客様に対して、環境や安心、安全といった日本社会を取り巻く様々な問題に対して、きちんと向き合った“真摯なクルマ”でなければいけません。

この開発思想はレクサスとの大きな違いでもあります。レクサスは世界を相手に、世界最高峰を目指すクルマです。ですから、どんどん最新装備を入れていかないといけない。意匠やインテリアデザインなどにおいても独自のフィロソフィーに基づいて厳格に縛られています。一方、クラウンは、開発の軸足を日本に置き、日本人のために日本で開発するクルマです。純粋に日本のお客様、クラウンのお客様の気質に合わせて開発を進める。だから、ちょっと浪花節でいいんです。いくらかっこ良くても使いにくかったら、それは必要ない。ちゃんと実利をとりながら高級を追求していくのがクラウンなんです。

クラウンのコアを探求し、革新に挑戦する

まずはクラウンのコアを、「クラウンにとって必要なものは何か?」を明確にする。

そのためにリアルクラウンクオリティ委員会を設立し、性能、装備、デザイン、品質の部会に分かれて「何がクラウンなのか?」を徹底的に研究し、「いるもの/いらないもの」「残すもの/変えるもの/新しく追加するもの」「コスト低減に貢献するもの/価値向上に寄与するもの」を整理し、新しいクラウンに必要なものを、みんなでロジカルに議論して精査しました。

それをしっかり行わないとクラウンはどんどん肥大化していき、お客様が使えないような装備がどんどん増えていきます。その結果、価格が高くなって、買いたくても買えないものになってしまう。「華美で壮麗なだけではいけない」というのはそういう意味です。いつもお客様のことを思い浮かべ、自己本位にならないように、お客様の目線や立場で開発していくことが大切です。

また、クラウンは日本で初めてスーパーチャージャーを搭載するなど、どの時代にもつねに「革新」へと挑戦してきたクルマです。

「つねにその時代のあるべき姿を提案し続ける」ことはクラウンの使命です。ですから、使いにくいもの、使われない装備を徹底的に洗い出し、外したあと、時代が求める新しい装備は積極的に追加していきました。

たとえば、前方車両に対するヘッドランプの光軸エリアを自動調節する「アダプティブハイビームシステム」や上空から見たような視点で周囲の状況をモニターに表示する「パノラミックビューモニター」、シフト操作時や後退時における急発進事故の被害を軽減する「ドライブスタートコントロール」、万一のアクセル踏み違いなどの際に、従来のメーターディスプレイ表示とブザーによる注意喚起だけでなく、エンジン出力を抑制し、自動的にブレーキをかけることで壁などの障害物への衝突緩和・被害低減を図る「インテリジェントクリアランスソナー」など、トヨタブランド初、世界初となる最新装備を追加しています。これらは比較的高齢者が多い現在のクラウンのお客様のことを配慮して、導入した装備です。

>> 新型クラウンの先進技術に関する詳細

そしてデザインについても「新たなる革新」に挑戦しています。

全国の販売店を訪問したとき、一番多く出た要望がデザインに関するものでした。そうした意見を踏まえ、新型クラウンのスタイルに求められるものを「水平基調で低重心であること」「厳格・品格がありながらも新しいクラウンの方向性を示すこと」「ロイヤルとアスリートの差別化が明確であること」の3つに集約しました。

これらを具現化した新型クラウンは、水平基調・低重心で切れのあるサイドシルエットをはじめ、フロントマスク、リアビューに新しいクラウンの方向性を提示していると自負しています。


新型クラウン ロイヤルシリーズ

新型クラウンアスリートシリーズ
..6気筒じゃなければクラウンじゃない?
今回のモデルチェンジで、「魅力あるデザインの実現」「先進技術を盛り込んだこだわりの商品力」と並んで、セールスポイントに挙げられるのが、
「低燃費・環境性能を追求した新開発の直列4気筒2.5Lエンジンのハイブリッドの投入」です。

先代モデルにもハイブリッドの設定はありましたが、採用しているエンジンはV6エンジンの3.5Lです。だから値段がものすごく高く、そして、燃費向上にあまり貢献していない。調べてみると高級車でハイブリッドが欲しいというお客様は45%以上いらっしゃいます。

その中には、本当はクラウンに乗りたいのに、価格が高い、燃費性能が低いという理由でプリウスや他のハイブリッドカーを購入されているお客様も多い。それはとても残念なことです。だから、価格を安くし、燃費性能を良くして、その要望のど真ん中、売れ筋のど真ん中の価格帯に、クラウンのハイブリッドを作りたかった。

そのために新しく開発し、採用したエンジンが直列4気筒2.5Lエンジンです。
しかし、これに対しては当初、販売店から猛反対がありました。「6気筒じゃなくて、4気筒のクラウンを作るのか!そんなのはクラウンじゃない」と。
私が「世の中を見てくださいよ。ベンツ、BMW、アウディ…、みんなダウンサイジングしているじゃないですか。ベンツのEクラスだって、BMWの5シリーズだって、みんな4気筒になっているでしょ」といっても「そうはいっても、V6じゃないとお客様がクラウンと認めてくれない」と言い張る。
前述の渡邉技監からも「馬鹿者!」とばかりにしかられました。そして「もし、直列4気筒でやるんだったら、V6以上のものを作らないと、俺が許さん!」とまで言われました。

新旧のハイブリッドモデルの比較

  新型クラウン
のハイブリッド
先代
ハイブリッド
エンジン 直4 2.5L V6 3.5L
燃費
(JC08モード)
23.2km/L 14.0km/L
システム
最高出力
162kW
(220PS)
254kW
(345PS)
ゴルフバッグ
の積載個数
4 2
価格帯 410~
543万円
540~
620万円


V6エンジンの置き換えである以上、お客様はV6の加速性能、品質、質感、静粛性を求めます。だったら、直列4気筒エンジンのハイブリッドで、V6に負けない加速性能を持ち、静かで、滑らかな走りを実現するしかない。これは実際にモノを作って証明するしかありません。
そして、車が仕上がって、みなさんに乗っていただいたら、「これだったら売れるね」といっていただいています(笑)

またハイブリッドの開発にあたって、私がこだわったことは「トランクにゴルフバッグが4セット入ること」です。先代のクラウンハイブリッドでは電池のスペースが邪魔をして、4セット入りませんでした。

私がゴルフ場に1人で行った際に先代クラウンハイブリッドのオーナーの方と一緒にラウンドさせていただいたことが何回かあったのですが、「これクラブが入らないんだよ」という不満をお聞きすることがよくありました。
プライベートのゴルフであれば、ゴルフバッグを4セット入れることはまずありませんが、接待ゴルフなどでは取引先のお客様を乗せて4人でゴルフ場に行くのはよくあることです。

「V6じゃないとクラウンじゃない」とみなさんがおっしゃるのと同じように、ゴルフを愛する私としては「ゴルフバッグが4セット入らなければクラウンじゃない」のです(笑)

これについては、駆動用バッテリーやリアクーラーを前方に移動し、補助バッテリーの床下配置により、フラットなデッキ面を実現しました。さらにパンク修理キットを採用し、荷室床下に収納スペースを確保。コンパクトに折り畳める折り畳み式ラゲージボードを開発し、床下の荷物の出し入れも容易にしています。
この開発には1年を要していますが、そこまでこだわったのは「きっとハイブリッドが売れる」という確信があったからでもあります。

.ReBORN クラウン
ゼロクラウン(12代)の開発をしているとき、ある人の紹介で加藤チーフエンジニア(当時)と一緒に人間国宝の三代徳田八十吉さん(故人)にお会いする機会がありました。三代 八十吉さんは伝統的な九谷焼の色絵技法に飽き足らず、研究を重ねて新しい作品の創作に挑戦し、家に伝わる釉薬・古九谷5彩のうちの4彩を組み合わせて数百もの色を創り出し、独自のグラデーション表現による採釉(さいゆう)磁器の焼成に成功し、九谷焼を見事に再生させた人です。

その三代 八十吉さんから教えてもらったのが
「伝統とは形骸を継ぐものにあらず。その精神を継ぐものなり」というロダンの言葉です。
この言葉はゼロクラウンのとき、加藤チーフエンジニアもいろいろな場で引用されていましたが、まさにクラウンの開発姿勢そのものを表現している言葉であると思います。引き継いでいくものはカタチではなく、そのコアの精神。カタチは世の中の変化に合わせて、どんどん変えていく。つねにひとつ先の未来を見据え、クラウンが何かを自らに問い、いくつもの挑戦を続け、新たな道を示していく。この「伝統」と「変革」こそがクラウンの誇りです。

私は新型クラウンの開発においてもずっとこの言葉を大切にしてきました。
新型クラウンのCMのキャッチコピーは「ReBORN クラウン」です。「ReBORN(再生・生まれ変わる)」はこれまで「FUN TO DRIVE, AGAIN」をスローガンとするトヨタの企業広告キャンペーンで使われているキーワードであり、ヴィジュアルアイデンティティです。今回、そのキーワードをはじめてクルマに落として、使用します。
 原点に回帰して、クラウンのコアとなる精神をとことん探求し、必要なものだけ残し、必要のないものは切って、削ぎ落す。そして、時代が求める新しいものを追加する。その結果、「ReBORN」を冠するに値するクラウンができたと自負しています。

そしてもう一つ、私がずっと言い続けてきたことは、
「いつかはクラウン」を、「ついに私のクラウン」にすることです。
「いつかはクラウン」というキャッチコピーには、高度経済成長時代に係長、課長、部長と昇進をしていくにつれて、クルマをパブリカ、カローラ、コロナとグレードアップして最後にクラウンにたどり着く。クラウンに乗ることは自分へのご褒美であり、終着点にあるクルマという意味があります。いわばクラウンは高嶺の花、憧れのクルマでした。
一方では、購入した本人の満足度は極めて高いけど、奥さんや子どもは「クラウンなんて、あんな古くさいオジンクルマを買うのはやめてよ!」と思っている。私はそんなクラウンのイメージを一新したかった。
 若い人を含めて、幅広い層の方にファンになってもらえるように、デザインを変更し、環境対応、安全対応、商品力、価格といったあらゆる面で満足していただくクラウンを作りたい。購入した本人だけでなく、家族全員が「良かったね」と幸せを感じていただけるクルマ。そこに高度成長時代とは異なる、いまの時代にあった新しい「ご褒美のクルマ」としてのクラウンのあるべき姿を見出したのです。「私のクラウン」にはそんな想いが込められています。

長引く不況、日々、刻々と変化する社会情勢の下、日本のお客様の価値観は大きく変化し、「真に必要なもの」だけが生き残ることができる時代になっています。
ロダンの言葉に始まり、「新たなる革新」に挑戦し、「ついに私のクラウン」にたどり着いた「ReBORN クラウン」。 それはお客様、そして環境性能、安全、安心といった現代社会を取り巻く問題に対する真摯な態度をカタチにしたものです。
このクルマがより多くの人に感動を与え、満足していただき、クラウンを愛するファンが一層拡大することを期待しています。

( 文:宮崎秀敏 (株式会社ネクスト・ワン) )