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どうしても、ここへ寄れって、お大師さんが言ってるみたいなんだけど、気のせいかな。
数年前に、足摺であった区切りの歩き遍路さんも、2回目だから、ここへ寄りたいといっていたよね。
あの看板が、呼んでるよ。
わかった、わかった行きますよ、お大師さん。
ちょっとわき道へ入って、お邪魔しますということで、やってきましたが、・・・・・・・・。
なんですの、この三日月型の石?。
月山神社だから、月の形をした、ご神体?。
うーん、神社といえば、太陽。
太陽といえば、まんまるの鏡なんですが、満月じゃなくて、なんで三日月なんだろう?。
ひょっとして、月の運行上、この真上に三日月が来るのかな、わかんねーな。
お大師さん、ここで勢至菩薩を刻んだらしいけど。 あっ、勢至菩薩は月の化身だったな、ふーん。
三日月か、これに乗ってきたのかな、はは。
南国土佐の38番 金剛福寺から39番延光寺へ。
足摺岬の西側の海岸線を歩いていくと、 かならず目にする、月山神社への道標。
どうも、ここが呼んでいるみたいです。
よってみましたが、謎だらけの神社でした。
ご神体の三日月が3つで、 勢至菩薩とくれば、阿弥陀三尊。(弥陀、観音(慈悲)、勢至(智慧))
勢至菩薩(智慧の光をもってあまねくいっさいを照らし、無上の力を得させる。)
大師堂の狩野派の絵画?。(風姿花伝?)
地名も大月町です。
○縁起
・月山神社略縁起より
当神社は、月夜見尊(つきよみのみこと)、倉稲魂尊(うがのみたまのみこと)を祭神とし、
表筒男(うわつつお)、中筒男(なかつつお)、底筒男(そこつつお)の三神と事代主尊を合祀し、
もと月山霊場守月山月光院南照寺と称せられ、両部習合の霊場であったが、
明治元年より月山神社と改称して今日に至る、
伝称によれば、遠く白鳳の世、後世修験道の開祖といわれる役小角(えんおづの)が
始めてこの山に入り月影の霊石を発見し、月夜見尊、倉稲魂尊を奉齋したのが開基といわれる。
後僧空海が、この霊石の前に、廿三夜月待の密供を行い、それより陰暦一月二十三日を例祭日とされた。
由来諸人の崇敬厚く家内繁栄、海上安全、大漁を祈願する者、跡を絶たない。
又、四国八十八ヶ所番外札所として善男善女の詣づるものも多い。
昭和三十三年大月町有形文化財として指定された。大月町
・「四国遍礼霊場記」寂本より
月山 此月石、むかし媛(ひめ)の井といふ所にありしを、一化(け)人ありて、此所に移(うつ)し置(おき)けるに、次第(だい)に大くなりて、さま々々霊瑞(れいずい)あるにより、人みな祈求(きぐ)せる事あれは、応(おう)ぜすといふ事なし。
媛(ひめ)の井の所の人は精進(じん)せざれとも参詣(さんけい)す。余所(よそ)乃人ハかたく精(じん)せざれはかならすあしヽといふ。
○住吉三神
表筒男命(うわつつのおのみこと)
中筒男命(なかつつのおのみこと)
底筒男命(そこつつのおのみこと)
日本人の星の概念は、星=筒です。 ここの出てくる三の星は、星座に当てはめたら、オリオン座だそうです。
うーん、三日月の頂点ポイントと言えば、言えなくもない。
○廿三夜月待信仰
23日目の月待ち。 この時の本尊が、勢至菩薩 ちなみに、月は「下弦の月=半月」なので、三日月じゃない?
| 夜待 |
夜 |
奉る仏 |
| 十七 |
一 |
千手観音菩薩 |
| 十八 |
二 |
聖観音菩薩 |
| 十九 |
三 |
馬頭観音菩薩 |
| 二十 |
四 |
十一面観音菩薩 |
| 二十一 |
五 |
准胝観音菩薩 |
| 二十二 |
六 |
如意輪観音菩薩 |
| 二十三 |
七 |
勢至菩薩 |
このパターンをみたら、六観音信仰=六道輪廻、そして七観音信仰でしょうか?。
○二十六夜信仰
極楽浄土へのお迎えで、阿弥陀来迎がありますが。
江戸時代の「二十六夜信仰」。
旧暦1月と7月の二十六日の三日月の夜半に、月の出るのを待って拝む(午前3時頃)、
「月隠 つきごもり」「つきこもり」というものがありました。
このときの月が、下弦の三日月。
月の光の中に弥陀、観音、勢至の仏様が登場です。
○迷信?
満月で現世に産まれ出て、三日月であの世へ旅立つそうですが、
これ関係あるのかな?。
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