お気楽、お四国巡り お四国の仏様

真如さんが描いた御影には、お大師さんが魂を入れてます。


「これ誰がスケッチしたのかな?。」
「はー、スケッチ?。
し、失礼ですよ、お大師さんをスケッチするなんて?。
お姿をお写しになったと言って下さい。」
「・・・・、英語で言えば、スケッチです。」
「はは、このお大師さん、ごめんなさい。
入定間際に、真如さんがスケッチ、いや、お写しになったそうですよ。」
「へー、決定的瞬間のスケッチだったんだね。」
「・・・・・・、ふー。
最後の最後に、お大師さんが魂を描きこんだみたいよ。」
「えー、ひょっとして、この御影にもお大師さんの魂が宿ってるの?。
ご、ごめんなさーい。他のご本尊の御影と一緒にバラバラです。
ごめんなさーい。
だけど、この御影、コピーだよね。
魂は減らないの?。」
「・・・・・・。」

お大師さんの御影。
お弟子さんの真如さんが、入定間際にお写しになられたそうです。
なんでも、お大師さんと交互に描かれて、最後の最後に魂(目)を入れたそうです。
この絵が基本になって、お御影が出来ているそうです。
なんでも、遠近法の描き方が中国式だそうです。

○三種類
様式 居るところ 備考
真如様 高野山御影堂 椅子の背もたれ、肘掛けあり。
八祖様 東寺 椅子の背もたれ、肘掛けなし。
善通寺御影様 善通寺 椅子の背もたれ、肘掛けあり。向かって右後方に雲に乗ったお釈迦様。 椅子に立体感がない、向かって右の前後の足がおかしい

基本スタイル

右手、五鈷杵(ごこしょ)を、非竪非横に持て胸に当てる
左手、念珠
お顔、右方斜面向き
椅子、仙洞御所御料椅子
アイテム 椅子の右脇、木履(ぼくり)と浄瓶(じょうびょう)

○真如様

高野山 御影堂(みえどう)

御影堂 弘化4年(1847)、紀伊徳川公が壇主となり再建したもの。
本尊には真如親王が写し弘法大師の御影を祀っています。

○八祖様について

弘法大師像(談義本尊) 重要文化財
東寺蔵(絹本着色141.9×61.7センチ)
鎌倉時代

 社会科の教科書で見かける空海の肖像画と言えばこれ。
後宇多院が、正和二(一三一三)年に、東寺西院の談義所本尊としてこの像を施入した。
背景にある賛(文書)は、院が空海の「二十五箇条御遺告(ごゆいごう)」のうち、
東寺に関係のある部分を、空海風の筆致で書いたものです。
*談義とは口頭試問のこと。

○善通寺御影様について

室町時代の百科事典といわれる「塵添あい嚢鈔」(じんてんあいのうしょう)に、そのくだりあり。

「大師の御影の上に山端に,佛形を図するあり。これなにごとぞ。
これは讃州善通寺にこの仏像御筆ありと云々その御影に書き加えるか。
いま所々にこれあり。
その起こりをいふに、讃州多度の郡屏風の浦はご誕生の地たるによって、
彼ここに還って遍覧し給しに、海岸浦の松、尋常の姿にあらず。
丹青の綵を交えたる事、屏風を立てたるがごとし。
仍て此の地名あるなり。
此地勝境たる故に大師練行し給時、弧峯の上片雲の中に、釈迦如来安祥として形を現し給いき。
大師歓喜のあまり則その姿を写し留め御座しける也。
それよりしてこの山を我拝師山とも号し、又湧出嶽ともなずけ給うものなり。」

醍醐三宝院のこの様式の御影の軸表紙に「善通寺形大師」と題されている。