「駐車場からに離れすぎてません、どこなの?。」 「のど飴、せき止め飴、どうですかー。」
「あれれ、れ、反応無し?。」 「なんでかな?、ま、いいか、はは。」 「おお、おー、ここが有名な川崎大師?。」
「えっ、お大師さん?。大師堂はどこなの、どこー。」 「はは、ここは、お大師さんがご本尊だから本堂です。」
「・・・・・、大師堂じゃなくて本堂に?。 すごーい。お大師さん、出世したね。」 「・・・・・・。
それと、ご開帳していないから、拝めません。」 「えー、せっかく遠いところから来たのに、拝めないのー、なんだよ。」
「・・・・・・、お勤めしますか?。」 「そりゃ、当然でしょ、ふふ。」
・・・・・・、数分後。
「それじゃ、そろそろ、行きますか、あれれ、あれは観音様?。 えっ、救世観音?。なんで?。」
「たぶん、境内の聖徳太子堂と関係があるんじゃない?。」 「ふー、なんでかな、ま、いいか、はは。」
弘法大師を調べていたら、必ず見つかる川崎大師。 どんなところか、江ノ島の弁財天さんを拝んだ後に、たずねてみました。
ここのご本尊も漁師が引き上げたそうですが、そのご本尊が、なんと空海さんが唐から流したそうです。
○八角五重塔(hpより) 珍しい八角形の屋根です。 うーん、八角といえば、思い浮かぶのが、奈良の法隆寺にある夢殿で、聖徳太子です。
胎蔵界曼荼羅の八葉蓮華かな?。
八角五重塔は、昭和59年の当山吉例大開帳ならびに弘法大師1150年御遠忌を記念し落慶されました。
当山の五重塔は、境内と諸堂宇との調和を考慮し、さらに真言の様式にかなうよう華麗にして格調ある「八角」としたものであります。
八角は最も円に近い建造物の形といわれ、「包容力」「完全性」を象徴しています。
3月21日~12月20日の第1日曜日と、ご縁日(21日)に公開しています。 ○縁起(hpより) 今を去る880余年前、崇徳天皇の御代、平間兼乗(ひらまかねのり)という武士が、
無実の罪により生国尾張を追われ、諸国を流浪したあげく、ようやくこの川崎の地に住みつき、 漁猟をなりわいとして、貧しい暮らしを立てていました。
兼乗は深く仏法に帰依し、とくに弘法大師を崇信していましたが、わが身の不運な回り合せをかえりみ、 また当時42歳の厄年に当たりましたので、
日夜厄除けの祈願をつづけていました。 ある夜、ひとりの高僧が、兼乗の夢まくらに立ち、 「我むかし唐に在りしころ、わが像を刻み、
海上に放ちしことあり。已来未(いらいいま)だ有縁の人を得ず。
いま、汝速かに網し、これを供養し、功徳を諸人に及ぼさば、汝が災厄変じて福徳となり、諸願もまた満足すべし」と告げられました。
兼乗は海に出て、光り輝いている場所に網を投じますと一躰の木像が引き揚げられました。 それは、大師の尊いお像でした。
兼乗は随喜してこのお像を浄め、ささやかな草庵をむすんで、朝夕香花を捧げ、供養を怠りませんでした。
その頃、高野山の尊賢上人が諸国遊化の途上たまたま兼乗のもとに立ち寄られ、尊いお像と、
これにまつわる霊験奇瑞に感泣し、兼乗と力をあわせ、ここに、大治3年(1128)一寺を建立しました。
そして、兼乗の姓・平間をもって平間寺(へいけんじ)と号し、御本尊を厄除弘法大師と称し奉りました。
これが、今日の大本山川崎大師平間寺のおこりであります。 ○お寺情報
大本山 川崎大師 平間寺「http://www.kawasakidaishi.com/」
場所 川崎市川崎区大師町4-48
電話 044-266-3420 ○こ本尊ご開帳(10年つど) 平成26年大開帳奉修
期間 2014年(平成26年) 5月1日(木)~5月31日(土) 午前6時 御閉帳…午後4時 |