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九品 |
解説 |
| 上品 |
上品上生 |
かの国に生れんと発願し、三心(至誠心.深心.廻向発願心)を具する者、また殺生を行わず、戒行を保ち、大乗経典を読諦し、六念法を修するもので、廻向発願して往生せんと願うこと、一日ないし七日たる者。 |
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阿弥陀仏が観音.勢至、無数の化仏、百千の比丘・声聞、無数の諸天・七宝の宮殿とともに現前する。観音は金剛の台を行者にさし出し、阿弥陀仏は大光明を放ち、手を授けて迎接される。行者は観音・勢至の讃歎のうちに金剛の台にのり、仏のあとについて、弾指の問にかの国に往生する。 |
| 仏菩薩の色身を見、無生法忍を悟る。諸仏に授記されて、本国に還り、無量の陀羅尼門を得る。 |
| 上品中生 |
方等経典をかならずしも受持読諦しなくとも、その義を悟り、因果の理を信じ、大乗を諺らずして、極楽国に生 ぜんと願求する。 |
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阿弥陀仏、観音.勢至菩薩、無量の大衆とともに来り、紫金の台を持し、行者を讃えるとともに、手を行者に授ける。行者この台に坐して、一念の間に、かの国の七宝の池中に生れる。 |
紫金の台は大宝華のごとくなり、一夜を経て開く。 七日を経て不退転を得る。 一小劫を経て無生忍を得、現前に授記せらる。 |
| 上品下生 |
因果を信じ、大乗を諺らず、無上道をおこして、極楽国に生れんと願求する。 |
阿弥陀仏、観音.勢至が金の蓮華を持ち、五百の化仏を化作して来迎する。
五百仏化の讃歎のうちに行者は金の蓮華に坐す。坐せば華は彼を包みこみ、七宝の池中に往生する。 |
一日一夜して華開き、七日のうちに仏をおぼろに、三七日ののちにはっきりと見たてまつる。 三小劫を経て歓喜地に住する。 |
| 中品 |
中品上生 |
五戒を受持し、八戒斎を保ち、五逆罪を造らず、その他の悪をなさずして、西方極楽に生れんことを願求する。 |
阿弥陀仏は諸比丘とともに、金色の光を放って来迎する。
阿弥陀仏の演説讃歎のうちに、行者は蓮華の台に坐し、仏を拝み頭を上げないうちに極楽へ往生する。 |
| 極楽の池中で蓮華開き、時に応じ阿羅漢の道果をえる。 |
| 中品中生 |
一日一夜の八戒斎や沙弥戒、具足戒などを保ち、威儀欠けることなきをもって、極楽に往生せんと願求する。 |
阿弥陀仏が、多くの春属とともに金色の光を放ち→七宝の蓮華を持って来迎する。 空中に行者を讃える声あって、行者は蓮華の上に坐す。 |
| 七日を経て蓮華開き、半劫ののち阿羅漢となる。 |
| 中品下生 |
父母に孝養し、世の仁慈を行い、命終の時に善知識から極楽と四十八願のことを聞く。 |
| 聞ぎ終って、壁を屈伸する間に、西方極楽世界に往生する。 |
| 七日後に観音・勢至の説法を聞き叫4劫を経て阿羅漢となる |
| 下品 |
下品上生 |
方等経典を誹諺せずとも、多くの悪業を造って漸塊することのない者が、命終の時に善知識から諸経の名を聞いて悪業を除き、また「南無阿弥陀仏と唱えよ」と教えられて、仏の名を唱え、五十億劫の生死の罪を除く。 |
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阿弥陀仏は化仏と化観世音・化大勢至を遣わし、「仏の名を唱えたがために諸罪消滅した。よって汝を迎う」と讃える。行者は化仏の光明が空に遍満したのを見て、命終る。宝蓮華に乗り、化仏に随って、宝池の中に生れる。 |
七七日を経て蓮華が開くと、観音.勢至は光明を放って、この人の前に住立し、十二部経を説く。 十小劫を経て初地に入る。 |
| 下品中生 |
五戒・八戒・具足戒を犯し、盗みなどしても漸憶せず、悪業を重ねる。 命終らんとする時、地獄の猛火が一時に押し寄せる。
その時善知識が阿弥陀仏の十力の威徳や光明の神力を説くのを聞き、また戒定慧などを讃えるのに遇う。 |
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この人は聞き終って八十億劫の生死の罪を除き、地獄の猛火は清涼の風となる。天華吹き来り、その上に化仏化菩薩あって、この人を迎接する。一念のうちに七宝の池中の蓮華の中に往生する。 |
| 六劫を経て蓮華が開く時観音・勢至は経典を説く。これを聞き、時に応じて無上道の心をおこす。 |
| 下品下生 |
五逆十悪を造り、悪道に堕ち、多劫を経ても苦しみを受けねばならぬ愚人が、命終の時に善知識から「仏を念ずることができなければ、無量寿仏の名を唱えよ」といわれ、十念を具足して「南無阿弥陀仏」'を唱えると、念々のうち八十億劫の生死の罪が除かれる。 |
| 命終る時、金蓮華が日輪のように現れ、一念の問に極楽へ往生する。 |
蓮華の中で十二大劫を経てから、蓮華は開く。 その時観音・勢至は諸法の実相と罪を除滅する法を説く。
聞き終って歓喜し、時に応じて菩提心をおこす。 |
来迎和讃(らいこうわさん)
惠信僧都作(えしんそうず)
一、摂取(せっしゅ)不捨(ふしゃ)の光明(こうみょう)は、念(ねん)ずる所(ところ)を照らす(てらす)なり
観音(かんのん)勢至(せいし)の来迎(らいこう)は、声(こえ)を尋(たず)ねて迎(むこ)うなり
二、娑婆界(しゃばかい)をば厭(いと)ふべし、厭(いと)はば苦界(くかい)を渡(わた)りなん
安養界(あんにょうかい)をば願(ねご)ふべし、願(ねが)はば淨土(じょうど)に生(う)まるべし
三、草(くさ)の庵(いほり)は静(しず)かにて、八(はっく)功徳池(くどくち)に心すみ(こころすみ)
夕べ(ゆうべ)の嵐音(あらしおと)なくて、七(しち)重宝樹(じゅうほうじゅ)に渡る(わた)なり
四、臨命終(りんみょうじゅう)の時(とき)いたり、正念(しょうねん)違(たが)はで西(にし)にむき
頭(こうべ)を傾(かたむ)け手(て)を合(あわ)せ、弥々(いよいよ)淨土(じょうど)を欣求(ごんぐ)せん
五、聞けば(き)西方界(さいほうかい)の空(そら)、伎楽(ぎがく)歌詠(かえい)ほのかなり
見れば(み)緑(みどり)の山(やま)の端(は)に、光雲遥(こううんはる)かに輝(かがや)けり
六、この時身(ときしん)心安く(じんやす)して、念佛(ねんぶつ)三昧(ざんまい)現前(げんぜん)し
毫光(ごうこう)吾が身(わがみ)を照し(てら)来(き)て、無始(むし)の罪障(ざいしょう)消(しょう)滅す(めつ)
七、光雲(こううん)漸く(ようや)近(ちか)づきて、せん仰(せんごう)すれば弥陀(みだ)如来(にょらい)
相好(そうこう)円満(えんまん)し給(たま)ひて、金山王(こんんせんのう)の如(ごと)くなり
八、烏瑟(うしつ)も高く(たか)現(あら)はれて、晴れ(はれ)のみ空(そら)に緑(みどり)なり
白毫右(びゃくごうみぎ)に旋(めぐ)りきて、眉(まゆ)の間(あいだ)の輝(かが)やけり
九、観音(かんのん)勢至(せいし)諸菩薩(しょぼさつ)埋(た)、光(ひかり)の中(なか)に充満(みちみ)てり
各々(おのおの)威徳(いとく)あらわれて、声々(こえごえ)行者(ぎょうじゃ)を誉め給う(ほたま)
十、昔(むかし)は大悲(だいひ)の御利益(ごりやく)を、僅か(わず)に伝(つた)へ聞き(きき)しかど
今(いま)は阿弥陀(あみだ)の引接(いんじょう)を、心(こころ)のままに蒙れ(こうむ)り
十一、冀(こひねが)はくは弥陀(みだ)世尊(せそん)、行者(ぎょうじゃ)の誓(ちか)ひを愍念(みんねん)し
大悲(だいひ)誓願(せいがん)あやまたず、来迎(らいこう)引接(いんじょう)たれたまへ