お気楽、お四国巡り お四国の仏様

なんで、頑丈な柵に囲まれてるの?。海女の玉取り伝説。

えーと、ここに駐車したら、本堂はどっち。
わかりにくいねー。
歩き遍路の時は、仁王門から手水場、本堂、大師堂へと、
スムーズに進めたけど、ここの駐車場からどうやって行くの?。
こっちかな?。
むっ、なんか景色がおかしくない。
なに、これ?。
柵?、柵なの?。五輪塔?。
それにしても、高い棒だね?。
うーん、柵というより、檻?。
五輪塔が檻に入ってるという感じだよ。
なんで、こんなになってるの?。
それはそうと、この五輪塔はなに?。
えっ、海女の墓?。
えー、あの有名な海女伝説?。

讃岐の86番志度寺の裏手にある駐車場。
ここへ止めて本堂へ行くときに必ず目にする、海女伝説のお墓。
ちょっと、異様です。
それは、太い丸太できた柵、それも相当高い柵です。
牢屋みたいです、そのなかに海女伝説の墓があります。
なんで、こんな柵があるかわかりません。

○海女の玉取り伝説。謡曲「海女(の玉取り)」(Webより収集)

 その昔、唐に嫁いだ藤原鎌足の息女白光は亡き父の供養物として数々の宝物を兄の藤原不比等に届けようとしました。
ところが、宝物を積んだ船が志度の浦にさしかかったとたん嵐が起こり、中国に二つとなき宝物「面向不背の玉」が龍神に奪われてしまったのです。
 不比等はこの玉を取り戻そうと、身分を隠して志度の浦へやってきました。
ここで漁師の娘であった海女と恋に落ちたのです。
”房前”という男の子も授かり親子三人で幸せに暮らしていました。
 しかし、不比等が志度の浦に来た理由を知った海女は、愛する夫のために玉を取り戻そうと死を覚悟で竜宮へ潜っていったのです。
海上で待つことしばし。海女の合図で命綱をたぐった不比等の前に現れたのは、見るも無惨な海女の姿でした。
海女は間もなく、不比等に抱かれたまま果ててしまいました。
 しかし、玉は海女の命に代えて縦横に切った乳房の中に隠されていたのです。
その後、玉は奈良の興福寺に納められました。
藤原家を継ぎ大臣にまで出世した房前は、やがて志度寺を訪れ千基の石塔を建立、
小堂を大きな堂塔に立て替え、さらに法華八識を惨めて、亡き母の菩提を弔ったということです。

○数々の宝物(Webより収集)

・銅造華原磬(どうぞうかげんけい)

磬(けい)とは玉または石で造った楽器。
華原磬とは中国の磬石(けいせき)の名産地である華原の石で造った磬を指します。

・石造泗濱浮磬(せきぞうしひんふけい)

磬(けい)とは玉または石で造った楽器
中国の山東にある磬石(けいせき)の名産地泗水(しすい)の玄玉(げんぎょく)と伝えます。

・面向不背(めんこうふはい)の珠

『玉中に、釈迦の像まします。何方より見奉れども同じ、面(おもて)なるによって、面(おもて)を向こうに背かず、
と書いて、面向不背の珠(めんこうふはいのたま)と申し候。』(能「海士」より)

○面向不背(めんこうふはい)の玉(Webより収集)

藤原不比等は、この玉(珠)を、藤原氏のお寺「興福寺」の中金堂、本尊「釈迦如来像」の眉間にはめ込んだ。
そののちに、仏頭の中に入れ込んだが、康平三年(1060)に中金堂が炎上、本尊とともに珠も焼失。

○物語がどこかにある

志度寺に物語のレリーフがあれば、なっとくしますが、ほかの札所のレリーフにあるのが不思議です。

讃岐

83番一宮寺の大師堂の屋根

阿波

13番大日寺ま大師堂の彫刻

○参考

志度寺由来の面向不背の珠?。なんで竹生寺にあるの?。へリンク
お遍路さんだったら、こっち見なきゃね。銅造華原磬と石造泗濱浮磬。9番 南円堂。へリンク


○宝珠について(Webより)

弘法大師の「二十五箇条 御遺告」の「東寺座主大阿闍利耶、如意宝珠を護持すべき縁起第二十四」

東寺の座主大阿闍梨耶が、如意宝珠を護持すべき縁起第二十四

そもそも思いめぐらしてみれば、如意宝珠は、その始めもわからない太古より以来、龍王の肝、あるいは鳳凰の脳などにあるのではない。
宝珠の実体は自然道理の釈迦牟尼如来の分身である。あるものは、ひたすら如意宝珠は鳳凰の肝、龍王の脳中にある云々という。
これはまったくの虚言である。
その理由は何か。宝珠は自然道理の如来の分身であるというのが、真実の如意宝珠である。自然道理の如来の分身と呼ぶのは、祖師大阿闍梨の口伝によって生成する玉なのである。秘密の上の秘密、甚深の上の甚深なるものである。たやすく儀軌に注解していない。
これは大日如来が説かれたことである。生成の玉というのは、これは能作性(あらゆるものの主体となる性質)の如意宝珠である。

九種の物を合わせてこれをつくることができる。その九種とは、一には仏舎利32粒、二にはまだ他のものに用いていない沙金50両の重さ、三には紫檀10両、四には白檀10両
五には百心樹の沈香10両、六には桑木の沈香10両、七には桃木の沈香10両、八には大唐の香木の沈香<すなわち香木の沈とは、名香木の沈である。その色をえらばずただ清浄
なるものを用いる>10両、九には漢桃の木の沈香10両である。これら九種の物のうちの沙金50両と白銀50両を合わせて壺を造り、さきの32粒の舎利を安置し、ずっと久しく壺の口を閉じ、秘咒を誦えて封印し、堅く結ぶがよい。さきの6種の香木の上等なものを、他のものにまだ用いてない鉄臼に入れて挽き潰し、他のものにまだ用いていない絹の袋で篩うこと七度、その糟をまた同じように挽き潰して粉末にし、同じ袋にいれて篩うがよい。このようにして篩い出された粉末を、まだ他のものに用いていない真の漆をもって練り合せ、これを丸い形にして等分に合成し、さきの仏舎利を納めた壺をなかに入れ、方形・円形を合わせてまるくし、上下を等分にしたもの宝珠形にせよ。
このように作るあいだ、大阿闍梨は屏風を立て、心身の清らかな細工人を率いて屏風の中に入れ、そこで練り合わせた丸いものを作らせるべきである。かの細工人の口に名香を含ませて、雑談することなく、ひたすら丸めさせよ。また大阿闍梨は、同様に名香を口に含んで、不動尊の真言を三百遍誦え、ついで仏眼仏母の真言を一千遍誦えて、丸いものを作らせるがよい。また他のものに用いない香油でもって五方に明るい燈火をともせ。ただし、真言を誦える数が規定の数に達しても、宝珠作成の事が終了するまではなお不断に誦え続けるべきである。また同じ門下のうちの智慧も修行もすぐれた僧15人が交替で、すなわち一組4時間を刻限として、5人ずつ3組となり、不断に法を修すべきである。この15人の僧は屏風から三丈ほど離れ、屏風に近づけず、同じ門下の僧であっても事の真相を知らせてはならない。玉を作りおわっても、事の最初から七ヵ日夜の間は不断に修法すべきである。この七ヵ日夜の修法の前後には、必ず神供を行なうべきである。そののち、宝珠は檜の深い箱に入れて、立派な台に安置せよ。その立派な台は、円形の壇を作り、その中に細絹の打敷を敷いて台を立てるべきである。壇のまわりには五色(黄・白・赤・黒・青)の糸を引け。そうしてのち、吉日でなくとも、さらにまた5人の智慧・修行ともにすぐれた僧を率いて、親しく大阿闍梨にしたがって、初夜・後夜・日中の3時に真言を念じ誦えよ。また,5人の僧のうちの一人は毎時芥子を供養せよ。このようにして百ヵ日夜の間、勤めるべきである。十日のあいだ神供をするがよい。またかの宝珠は、百ヵ日夜になるまでは、大阿闍梨も軽々しく見てはならない。ましてや他の人に見せることができようか。百ヵ日に達したのちは、赤色の九条衣でもってこの玉を包むべきである。
そこで大阿闍梨は再拝の真言を誦えよ。口では再拝というけれども、実際は礼拝することを三度し、手に玉を取っていただいて月輪観を行うべきである。そうしてのちに玉を赤色の袈裟に包んで、大阿闍梨は身近に置いて常に帰依し礼拝し行住坐臥いずこにあっても、この宝珠をたのみ仰ぐべきである。また入室の智慧と修行にすぐれた弟子であっても、見せ、知らせてはならない。たとえ弟子が箱があると見ていても、宝珠の所在は見せ、知らせてはならない。この道理の本意を考えてみると大海の底の龍宮の宝蔵に無数の玉がある。しかし、そのなかで如意宝珠を皇帝のように最もすぐれたものとする。まさにその実体をうかがえば、自然道理の釈迦牟尼如来の分身である。どうしてこのことが知られるのかというなら、この宝珠は、宝蔵から大海の龍王の心の上頸の下に通じている。宝蔵と頸とは断絶する
ことがなく永久不変である。あるときには、その宝珠から善い風を出し、雲を四洲に起こして万物を育成し、すべての生けるものに対して利益を与える。水に住み陸地にいきるすべての生きとし生けるもので、利益をこうむらないものがあるだろうか。ところが、世間のなみの者たちは、おのれの愚かな口にまかせて、如意宝珠は宝を降らすというのである。かの海の底の玉(双円性海の菩提心)は、常に(仏舎利を収める)能作性の如意宝珠のみもとに通じ、親しく徳性を分かっている。
だから、宝珠を観想して大阿闍梨は「帰命頂礼在大海龍王蔵併肝頸如意宝珠権現大士」などというべきである。三度これを誦え、深く念じ観想して、本尊の真言を念じ誦えるべきである。およそすべての悪を退け、善なる心にのぼるように努めるべきである。この法呂は「大毘盧遮那経」の文にある。だがこの文は秘密の上の秘密であり、甚深の上の甚深なるものである。この秘句は現在流布の大日経には欠けていて、ただ阿闍梨の心に留め記すのみである。ひたすら書写し失わないようにしなければならない。もしこれをあからさまにすれば、密教の命数は長くはないであろう。親しい弟子たちのうちであっても、かの心の本性が調わない者にはさらに授け知らせるべきでない。代々の座主大阿闍梨耶は、もしくは直門の弟子、もしくは同門のうちの相弟子、および諸々の門徒衆などのうちから才能ある者を見定めて、全ての者は平等であるという観心の行法をもってこの秘句を伝授し預け護らせるべきである。もし法を授け伝えさせた弟子たちのなかの者を選んでこの法を伝授して枝々にわたり、大阿闍梨耶の手もとに留めておかなければ、他宗他門の人の間に移って、やがて不信の者にまで披露されることになる。ついには密教は浅薄となって衰え、自然に隠れてしまうであろう。こうして密教は滅し去るであろう。だから東寺の座主、長者となる人には必ず法を授け伝えさせなければならない。この法呂が授けられ托されると決められた日は、3日前からよく洗浴して金剛界・胎蔵の両部の諸尊を心に観想すべきである。また天上天下全世界の大小の神祇を心に観じて警覚し、量り知れない人々を導く四つの量り知れない心を起こして法を授け托すべきである。慈愛に満ちた父母といえども、この法を知らせてはならない。このように秘密にするわけは、身体・言葉・意の秘密の三つのはたらきを説く教え三密教のかなめであるところの本性を護るためなのである。ただし、大唐の大師阿闍梨耶が授けられ托された仏舎利を収める能作性の如意宝珠は、うやうやしくいただいてわが大日本国に渡り、すでに名山の勝地に大事に埋め籠めてある。その勝地とはいわゆる精進ヶ峯で堅慧法師が修行した窟の東の嶺である。決して後人に宝珠を埋蔵したその場所を知らせてはならない。
そうすれば、密教は末長く栄え、真言宗の末徒はますます増えるであろう。