お気楽、お四国巡り お四国の仏様

コバルトブルーがかっこいいけど、さむがり仁王様?。

「あっ、カラフルな仏様じゃない?。」
「ほんとだ、ここの山門も、四天王だね。
どんなお顔しているかな?。
コバルトブルーの服がかっこいい。」
「光輪もかっこいい、・・・・・・、あれ。あれ。あれ。」
「向かって右が「阿」、向かって左が「吽」、なの?。」
「えー、やっぱり仁王様?。
服を着た仁王様?。
ひょっとしてさむがり?。」
「さむがり仁王様?。
南向いているのに、暖かくないの?。
えっ、邪鬼が動いて、大変?。」
「それが仁王様の仕事じゃない?。
はは、やっぱり、四天王じゃん。」

仁王様=筋肉隆々=ほぼ裸のイメージあったので、
この札所の仁王を見たらびっくりです。
コバルトブルーの服を着ています。
おしゃれです。
勝手に、さむがり仁王様と名付けました。
服と光輪、更に足で邪鬼を踏みつけているから、
四天王なんだけどな。
四天王のアイテムを持っていないから、
仁王様とするのが妥当なんでしょうか。
調べていたら、「四国遍礼霊場記」寂本に四天王が出てきました。
中門らしいですが、だったら仁王様の門はどこ?。

○門に居る仏様

阿形(右) 左手に剣、右手は腰だから、持国天?。
吽形(左) 左手は戟?右手は腰だから、増長天?

○「四国遍礼霊場記」寂本より

  無尽山 荘厳院 地蔵寺

板野群矢武村
 
 此寺は、大師此所に遊ひ玉ふ時、熊野の神現じて霊木を手して授け給ひ、これを霊像として、此所に伽藍を営ミ、国家の福田とせられば、その心に副そはんとなり。これに依りて大師其木を地蔵薩埵に刻ミ給ふに、一寸八分の尊像とならせ給へり。国民力をあはせ、不日にして伽藍落成し、棟宇闘角盤困たり。道俗詣拝市をなし、本尊の霊異求るに随て応ぜずといふ事なし。後宇多院の御宇、住持定宥といふ人、霊夢に依て一尺七寸の地蔵の一像を作り、彼一寸八分の古像を新像の胸間にむめこめてけり。其時又阿弥陀・薬師の二像を作り両脇に安ず。蓋、地蔵・観音・一体にてましませば、此三尊熊野三座になぞらへけるかし。定宥もとより才徳信行の人なり。一夕熊野権現瑞託ありて、霊薬の剤方を示し玉ふ。諸病効験なしといふ事をきかず。万病円と号す。若薬方写し去て侘所にて調剤するものは、除病の功すこしもなし。是を以て人異とす。相伝る事凡四百余年也。
 鎮守熊野権現・天照太神の社あり。長五尺の多聞・持国の像雲慶作中門にをけり。本堂の未申の方に小山あり、摩尼珠山と号す、大師宝珠を納め玉ふ所也。むかしは寺あり、今礎石存せり。又丑寅の方に井あり、清華凄然たり。阿伽に用ゆ。寺あり泉福寺といふ。今の住坊は堂を去事五六町左にあり。惣じて此寺の属坊むかしはそこばくありて、徒衆三百とそいひ伝へぬ。当所を矢武といふ事、此勝軍地蔵ましますによって、此名ありとかや。
 堂の前に池あり、弁財天祠を立。蓮にごりにしまずして、露玉をあざむき、香とほし。山院寺号もと勅筆にてありしとなん。然る霊宝当国の兵乱に散失す。残る物ニハ大師の置給ふ仏舎利・不動長四尺八寸大師御作・愛染長七寸大師作頼朝公御所持・迦羅陀山地蔵長一尺三寸恵心作・普賢延命大師御筆・不動同・五大尊大小共大師筆・三宝荒神大師御筆・地蔵行基御筆・釈迦大幅小野篁・涅槃像大幅非伝子。此外仏絵、牧渓・雪舟・金岡・増吽筆数多あり。