いつきても、人間くさい札所だね。
よくわからない、オブジェなんかあったりして、意味がわかんねーよ。
さてと、次は大師堂なんだけど、ここのなかにある、絵画?。
これ誰なんだろうね、うーん、わからんな、大師堂だから、お大師さん?。
女性だよね?。
この人たち、うーん、観音様かな。
「あれれ、これなに、これ、手形?。
お相撲さんの手形かな、いっぱいならんでいるけど?。」
「それって、お大師さんの手形みたいよ。
へー、これがお大師さん、手を合わせたら、いいことあるかな。
はは、ハイタッチ。」
「おいおい、おい、ひくすぎるよ。」
伊予の51番石手寺。
有名すぎて観光寺になっていますが、
おもしろい?ものがありました。
大師堂のお大師さんが居る足元に、お大師さんの手形版があります。
なんで、いっぱいあるのかわかりませんが、ちょっと低かったけど、
ハイタッチしてみました。
全部で、7つ、左手の手形です。
ちなみに、私の左手をあわせたら、ぴったりだったけど、ご利益あるかな?。
意外と、お大師さんの手って大きくないんですね。○手形
調べたら、7体の弁財天を作られたそうですが、
護摩の灰で板を作り、弁財天をレリーフして、その裏面(表面)に、お大師さんの手形だそうです。
さらにしらべたら、弁財天、十五童子、ダキニ天、大黒天もレリーフされているみたいです。
これは、すごいパワーじゃないでしょうか。
次に訪れたとき、裏返してみたら、弁財天は竹生島タイプ?でした。
○もう一つの手形
さらに、大師堂の真向かい(木々が生い茂り、わからなくなっていますが?)に、
滋賀県の竹生島に伝わる弘法大師の手形がありました。
これの表、裏にそれぞれ、手形と諸仏がレリーフされています。
私的に、左下の大八車がきになりました。
○解説文より。
「弘法大師 護摩灰 弁財天・十五童子塑像」天長7年(830年)7月7日に、
この世の平安を願う弘法大師が、その教えを広く一般に知らしめ、
「この世のすべての人が、人として幸せを手にできるように」と願いを込め、
江ノ島弁才天(現在の江ノ島神社)の洞窟において一万座におよぶ護摩供法要を行い
その灰をもって空海自身が弁財天像をつくり、その片面に自分の手形を押し、
花押しを添えたものと伝えられております。
この札所の手形は、平成元年 滋賀県水口の「玉台寺」のお堂解体のおり、
床下から発見されたものだそうです。
○弁財天と十五童子
調べてみたら、弁財天を取り囲んでいるのは、十五童子でした。
宇賀弁才天(偽経)より、
「一日より十五日に至り、日々宇賀神に給使して衆生に福智を与える」と説かれ、
平安風童子の角髪(みずら)に結った姿です。
疑問 熊野古道の牛馬童子と関係あるの?。
| |
童子 |
持ち物 |
本地仏 |
| 1 |
印鑰 |
いんやく |
右手に宝珠、左手に鑰(宝庫の鍵) |
釈迦如来 |
| 2 |
官帯 |
かんたい |
手に官位を司る帯 |
普賢菩薩 |
| 3 |
筆硯 |
ひっけん |
手に知恵と知識を司る筆と硯 |
金剛手菩薩 |
| 4 |
金財 |
こんたい |
手に秤の糸と秤量を執り、徳と罪、財の価を司る |
薬師如来 |
| 5 |
稲籾 |
とうちゅう |
肩に稲の束を負い、手に宝珠を持って繁栄を司る |
文殊菩薩 |
| 6 |
計升 |
けいしょう |
両手に升を持って、真価の顕現を司る |
地蔵菩薩 |
| 7 |
飯櫃 |
はんき |
満たされた飯櫃を持して、功徳の広がりを司る |
栴檀香(せんだんこう)仏 |
| 8 |
衣装 |
えしょう |
手に衣裳を捧げて、端然の気を司る |
摩利支天 |
| 9 |
蚕養 |
さんよう |
両手に蚕(蚕のまゆ)器を捧げ、神聖の気を司る |
勢至菩薩 |
| 10 |
酒泉 |
しゅせん |
右で甕の酒を汲み、左に宝珠を持して養老を司る |
阿弥陀如来 |
| 11 |
愛敬 |
あいきょう |
右に箭、左に弓を執り、敬愛和合の与願を司る |
観音菩薩 |
| 12 |
生命 |
しょうみょう |
右に宝剣、左に宝珠を持し魔障摧破、福寿増長を司る |
弥勒菩薩 |
| 13 |
従者 |
じゅうしゃ |
牛馬を牽き、回心向大、力強い行動の気を司る |
龍寿菩薩 |
| 14 |
牛馬 |
ぎゅうば |
側に船と車を有して、臨機応変の願いを司る |
薬王菩薩 |
| 15 |
船車 |
せんしゃ |
善知識の宝袋を手に、捧げ持って、善行と精進の気を守護する |
薬上菩薩 |
○拡大版?
中尊寺の「弁財天堂」にも十五童子を従えた?弁財天がいました。
大きさが手形の弁財天に比べて100倍ぐらいあるんじゃないでしょうか、詳細が分かりやすいです。
大八車もありました。
裏側にお大師さんの手形があるかはわかりません。
また、ダキニ天、大黒天はいなかった?、みつけられなかった?。
案内看板より
本尊の弁財天十五童子は宝永二年(一七〇五)、仙台藩主伊達綱村公正室仙姫の寄進、現堂宇は正徳六年(一七一六)に建立された。
讃衡蔵に収蔵される国宝「金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅」十幀は、もとは仙姫寄進の厨子に納められ、この堂内に奉安されていた。
弁財天は水と豊かな実りをつかさどるインド・サラスヴァティー河の女神で、仏教と共に日本に伝来した。
八本の腕をもち、手には弓矢などを執るが、『金光明最勝王経』(大弁財天女品)の記述による。
池や河川とともにまつられ、水流の美しい響きにちなんで「妙音天」とも称し、言葉や知識、音楽や芸能の神として信仰されている。
また一五人の童子を使ってさまざまな利益ををもたらす福徳神である。
福徳円満、子宝天授、安産、学業成就と祈願に応じて利益を授ける。
弁財天のご真言 おん そらそばていえい そわか