お気楽、お四国巡り お四国の仏様

巨木の輪くぐりよりも、一言主の神様が気になるな。

「ここの神社も、江戸時代は札所だったみたいだよ。」
「 へー、そうなの?。」
「それと、ここは、地元じゃ結構有名らしいよ。
たしか、輪抜け様って言われているみたい。」
「 なんすか、わぬけって?。」
「 無病息災を祈るおまじないだね、茅でつくった、輪をくぐるんだって。」
「 うーん、そういえば、 宮津の元伊勢でもそれみたね、昔からの風習かな。」
「 おれー、あそこに、輪っかがあるけど、なに。」
「 うわー、巨木の輪切りじゃん。」

土佐の30番善楽寺の西隣にある、土佐の一宮、「土佐神社」があります。
ここも、江戸時代は札所でした。
NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の撮影現場になったところです。

○新暦の6月30日と12月31日

罪や穢れを除き去る祓えの除災行事。
  6月の大祓を夏越の祓(なごしのはらえ)
12月の大祓を年越の祓(としこしのはらえ)
祓い方は、「左まわり、右まわり、左まわりと八の字に三回通って」穢れを祓う。

○輪抜祓所

「この杉は、本殿西北の御神木を奉斎したものです。

輪を抜けることにより心身が祓い清められ、
大木の長寿や、たくましさを授かる御神徳がございます。
左・右・左とお祓いください。」と看板にあります。

○一言主の神

お遍路ネタと日本史ネタから、おもしろい?ネタがありました。
キーワードは、天皇、神様、道鏡、役行者、葛城です。
これは、ここに流された来た神様に関係有ります。
その神様は「一言主の神」といわれてます。
「悪事(まがごと)も一言、善事(よごと)も一言、言い離(はな)つ神」ですが、いろいろあって
ここに一時期居たみたいです。
流され放しでなくて、一言主は、賀茂氏の氏神で、その賀茂氏から出た、道鏡がもとの場所へ戻しています。
ちなみに、道鏡事件で弟の弓削浄人とその息子の広方・広田・広津が土佐に流されています。
ここへ来たのかな?。

○一言主の神の記述

・「古事記」(712年)下つ巻。

460年(雄略天皇4年)、雄略天皇が葛城山へ鹿狩りをしに行ったとき、紅紐の付いた青摺の衣を着た、
天皇一行と全く同じ恰好の一行が向かいの尾根を歩いているのを見附けた。
雄略天皇が名を問うと「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」と答えた。
天皇は恐れ入り、弓や矢のほか、官吏たちの着ている衣服を脱がさせて一言主神に差し上げた。
一言主神はそれを受け取り、天皇の一行を見送った。

・「日本書紀」(720年)。

雄略天皇が一言主神に出会う所までは同じだが、その後共に狩りをして楽しんだ。
天皇と対等の立場。

・「続日本紀」(797年) 巻25。

高鴨神(一言主神)が天皇と獲物を争ったため、天皇の怒りに触れて土佐国に流された。

・「続日本紀」

文武天皇3年(699年)5月24日
小角は葛木山に住み、呪術で有名になり、その弟子の韓国連広足が、
小角が人々を言葉で惑わしていると讒言したため、役小角が伊豆島に流された。

・「日本霊異記」(822)。

役小角が諸神を集めて葛城山と金峯山の間に石橋を架けようとしたが、
早く出来上がらないので小角は怒って一言主を呪い、深い谷に縛り繋いだ。
しかし、一言主は役行者が天皇を陥れようとしていると讒言。
このため、役行者は伊豆に流された。

・今昔物語 巻第十一 第三

役の優婆塞、呪を誦持して、鬼神を駆へる語

 今昔、本朝****天皇の御代に、役の優婆塞と申す聖人御けり。大和国、葛上の郡、茅原の村の人也。俗姓は賀茂役の氏也。年来葛木の山に住て、藤の皮を以て着物とし、松の葉を食物として、四十余年、彼の山の中の窟居給へり。清き泉を浴て心の垢を洗ひ浄めて、孔雀明王の呪を誦す。或時には五色の雲に乗て仙人の洞に通ふ。夜は諸の鬼神を召駆て水を汲せ薪を拾はす。然れば、此の優婆塞に不随る者無し。
 而に、金峰山の蔵王菩薩は、此の優婆塞の行出し奉り給へる也。然れば、常に葛木の山とに通てぞ御けり。是に依て、優婆塞、諸の鬼神を召集めて仰せて云く、「我れ葛木の山より金峰の山に参る****道と為む」と。諸の鬼神此の事を承て****侘む事無限し。然れども、優婆塞の責難遁きに依て、鬼神等多の大なる石を運び集めて、造り調て、既に橋を亘し始む。而に、鬼神等優婆塞に申して云く、「我等形ち極て見苦し。然れば、夜々隠れて此の橋を造り渡さむ」と云て、夜々急ぎ造るを、優婆塞、葛木の一言主の神を召て云く、「汝ぢ何の恥の有れば形をば可隠きぞ。然らば、凡そ不可造渡」と云て、嗔て、呪を以て神を縛て、谷の底に置つ。
 其後、一言主の神、宮城人に付て云く、「役の優婆塞は既に謀を成して国を傾けむと為る也」と。天皇此事を聞給て、驚て、官使を遣て優婆塞を令捕め給ふに、空に飛び上て不被捕。然れば、官使優婆塞の母を捕つ。優婆塞、母の被捕ぬるを見て、母に替らむが為に、心に態と出来て被捕ぬ。天皇罪を勘て、優婆塞を伊豆の国の島に流し遣つ。優婆塞其の所に御て、海の上を浮て走る事陸に遊ぶが如く也。山の峰に居たり。夜は駿河の国、富士の峰に行て行ふ。願ふ所は此の罪の被免むと祈る。三年を経て、公、優婆塞罪無き由を聞し食して、被召上