お気楽、お四国巡り お四国の仏様

ここが良いと駄々こねました?。阿波の12番焼山寺の梵鐘。

「下に降りたら飯、飯、昼食ね。」
「ふー、ちょっと早くない?、いつものところじゃダメ。」
「タイミングが12時になるからだめだね、はは。」
「それじゃ、景気づけに鐘でもならすかな。」
「あんたが鳴らしたら、イヤイヤされるかもね。」
「えー、そんなことないよ、なんでーなの?。」
「そこに書いてあるから。」
「ほー、へー、えっ、はずされるときには鳴かなかったの?。
えー、いったい今どこに?、ここに戻りたいと鳴かなかったのかよ。」
「もー、ツッコミすぎ。」

阿波の12番焼山寺の梵鐘。
伝説があるそうですが、うーん、ご利益のある鐘とは違うよね。
わがままなの?、それとも何かお供え物が足らなかったの?。

○鐘の由来

解説看板より

 本寺の鐘は松平阿波守忠英朝臣(蜂須賀二代目藩主)大檀主となられ、
慶安二年(一六四九年)二月二十三日(今より三百三十余年前)寄進されたものである。  
 当時蜂須賀公は二つの鐘を造り、一つを本寺に、いま一つを徳島市内の某寺に寄進されたそうである。  
 本寺の鐘は撞けば殷々たる響きは徳島市内にまで届いたという。
あと一つ市内のものは少しも良い音を出さず、公は人を使わして本寺の鐘と替えたいと申されたという。
然し鐘は「いなーんいなーん」と鳴ってそれは果たされなかったという。  

 昭和十六年大東亜戦争に供出の命下り青年多数によって山麓まで運ばれ、其処より馬車に積んだが、
馬俄かに腹痛を訴え もだえ苦しんだ、馬子は遂に鐘を運ぶことを断念して他の器物を運んだ。
 かくして戦争は終わり、県文化財として指定を受け、別の場所に保存し、今は二代目の鐘が響いている。