「テンション下がるな、下がるよ。」 「はー、なんで。」 「歩けども歩けども、札所がありません。」 「そりゃ、無いところもあるんじゃない。 お大師さんが、ここへ来なかったからじゃないの?。」 「えー、円循環のお遍路だよ、そんなことないよ。 あそこに真言宗の お寺がありますよ。 お大師さんも居ますよ。」 「真念さんが、札所に指定しなかったからじゃないの?。」 「はー、なんで、四国のお寺を歩いて、調べて札所に指定したんでしょ。 なんで?。」 「そりゃ、マックス、最大、88個内にしなければならなかったからじゃない。」 「ふーん、大変だったんだね。」 「あんたみたいに、迷って札所へ着けなかったこともあるかもね。」 「そりゃ、ないんじゃない、20回近く、まわっているみたいだよ。 その中で、選別したんじゃないの。」 「へー、大変だったんだね、ごくろうさん。 なに、その沈黙、なに?。」 「うーん、最近、原本を見たんだけど、 うーん、昔の人、よくこの解説で歩けたなとおもちゃって。」 「これが、原本?。 ・・・・・・・、こりゃ、あんたは無理だね。」 「でしょう、ほんとに歩いたのかと思っちゃった。」 「その発言、・・・・・・。」 えっ、88ヶ所の番号を付加して、四国霊場ガイドを作成した真念(しんねん)さん。 なんと、四国を歩いていないと指摘する方がいました。 だったら、番号を付けた、理由は、なに?。 誰かが、調べたやつを元に、想像して書いたの?、すげー。○わたし的には使えない。 原本を見る機会があったけど、簡単しすぎるので、よく迷う私には解説本として役に立ちません。 当時としては、簡単な言い回しで、道が単純だから、わかったということなんでしょうか?。 だけど、わかりづらいから、真念の道標が存在してるんじゃないか?。 シンプルすぎるけど、よくこれが売れて遍路ブーム?を起こしましたね。 ○著書? 宥弁房 真念(ゆうべんぼう しんねん) 四国邊路道指南 しこくへんろみちしるべ 貞享4年(1687) 生類憐みの令のころ 四国徧礼功徳記(二巻) しこくへんろこうとくき 元禄3年(1690) 寂本と共同著者 四国徧礼霊場記(七巻) しこくへんろれいじょうき 元禄2年(1689) ○系譜等 基本ベースが同じ 四国八十八ヶ所道中独案内 松山善之助編集 明治13年(1880) 四国遍路御詠歌道中記 明治13年(1880) 明治新刻四国遍路道しるべ 明治17年 系譜 四国徧礼道指南増補大成 洪卓(真念の同志) 真念「四国邊路道指南」の増補改編 初版? 明和4年(1767) 文化4年(1807) 文化11年(1814) 文化12年(1815) 天保7年(1836) 改正四国霊場遍礼順路指南増補大成 石崎忠八 洪卓の明治版 明治35年(1902)
○わたし的には使えない。
原本を見る機会があったけど、簡単しすぎるので、よく迷う私には解説本として役に立ちません。 当時としては、簡単な言い回しで、道が単純だから、わかったということなんでしょうか?。 だけど、わかりづらいから、真念の道標が存在してるんじゃないか?。 シンプルすぎるけど、よくこれが売れて遍路ブーム?を起こしましたね。
○著書?
宥弁房 真念(ゆうべんぼう しんねん) 四国邊路道指南 しこくへんろみちしるべ 貞享4年(1687) 生類憐みの令のころ 四国徧礼功徳記(二巻) しこくへんろこうとくき 元禄3年(1690) 寂本と共同著者 四国徧礼霊場記(七巻) しこくへんろれいじょうき 元禄2年(1689)
○系譜等
基本ベースが同じ 四国八十八ヶ所道中独案内 松山善之助編集 明治13年(1880) 四国遍路御詠歌道中記 明治13年(1880) 明治新刻四国遍路道しるべ 明治17年 系譜 四国徧礼道指南増補大成 洪卓(真念の同志) 真念「四国邊路道指南」の増補改編 初版? 明和4年(1767) 文化4年(1807) 文化11年(1814) 文化12年(1815) 天保7年(1836) 改正四国霊場遍礼順路指南増補大成 石崎忠八 洪卓の明治版 明治35年(1902)