お気楽、お四国巡り 歩き遍路 区切

海岸線を歩くコツは、なかなか身につかない。

「ここから、海岸線におりますので、準備OK?。」
「はー、海岸線に遍路道があるの?。
あるはずです。」
「うう、石ばかりで、歩きづらいな、なんでー。」
「なんでと言われてもね、私は漁師町でそだったから、楽なんだけど、はは。」
「あれれ、ここ歩き遍路道じゃないの?。
上のアスファルト道を、みんな歩いてますよ、なんで?。」
「・・・・・・、知らないだけでしょ。」
「あのー、いつまで、足場の悪いところを歩くんでしょうか?。
もー、いや、私、上の道に帰らせてもらいます。」
「はいはい、わかったよ、上がります。」
「えっ、いつもだったら、強引に進むくせに、なんで。」
「はは、前に岩があって、すすめません。」
「なーんだ、遍路道、道がなかったんだ、あんたが間違ってたんじゃない。」
「はは、そうかもね。」

阿波の23番薬王寺から土佐の室戸24番 最御崎寺への遍路道中。
海岸線に降りてみましたが、なかなか前に進みづらいです。
石の上、砂浜などなどの歩き方がわからない、相方が四苦八苦状態でした。
漁師町で育った私としては、歩き方を知っているのですが、知らない相方はイヤがっていました。
ちなみに、なんで海岸線を歩いたのかは、昔、この道中は、道もなく、海岸線を歩いたらしいからです。
海岸線を歩かなかったら、尾根づたいだったそうです。

○参考

「野根まんじゅう」本家浜口福月堂五代記より。

 初代重太郎は明治維新後帯刀を捨て野根の郷にて菓子屋を創業。明治後期二代目安太郎により菓子名舗の磐石を築く。
往時は野根から室戸岬へ向う海岸は飛び石、跳ね石、ごろごろ石と云われる大小の岩が連なる険しい磯伝いであった。
菓子行商の折、安太郎がこの淀ヶ磯を天秤棒担ぎ、器用に岩から岩へ飛び移る姿はこの地方の風物詩であったと云う。
・・・・・・以下省略。