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研究と講座(最近の活動と今後の予定)

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最近の研究から

 

■北野巫女「あやこ」と多治比奇子−天満宮創建功労者の系譜−    平成24年1月  『芸能史研究』196

北野の巫女「あやこ」は、独自の宗教活動を江戸時代まで行っていたが、彼女こそ北野社創建の菅原道真の託宣したという多治比奇子の子孫である。

■京都の「町人」と東西市の「市人」           平成25年7月 『歴史の広場−大谷大学日本史の会会誌−』16

室町時代の史料に最初に登場する「町人」はきわめて限定された京都の特権的な都市民であった。本論では、その「町人」が実は平安京東西市の「市人」の後裔であって、市人が「町棚」で商売したため「町人」とよばれたのではないかと論じた。

■小川の筆屋木内弥二郎と猿楽―十六世紀京都都市民の芸能事情―             平成2510月『芸能史研究』203

 上京小川に住んだ「筆屋」ともよばれる木内弥二郎を例に、京都の都市民が猿楽とどのように関わったのかを考えた。父「筆大夫」の代から猿楽をよくし、内裏をはじめ諸家に参入して歌舞をすることが、都市民として活動する上でのステータスになった。

稲荷上下旅所と二階旅所                                  平成272            『朱』58

 伏見稲荷大社の旅所はかつては上旅所と下旅所のふたつがあった。そのうち下旅所は「古旅所」ともいわれたが、南北朝時代の一時期、「二階旅所」ともいわれている。それは旅所の建物が二階建てという目立つ建物であったからであろう。江戸時代に古旅所が本社から独立した動きが起こるが、そのとき「二階旅所」と主張したのは、それに伴う由緒の主張であったのであろう。

祇園御霊会山鉾の基盤としての「町人」                       平成294月 『芸能史研究』217

 祇園御霊会(祇園祭の古名)の出し物である山鉾は、中世の「風流」という仮装的な囃子物として、神輿を中心とする祭列とは別個の展開を示したが、その繁栄の基盤には「町人」といわれる京都の都市民の活躍があった。「鬮罪人」という狂言には、そうした山の風流を出す都市民の姿が描かれるが、その「町人」は後世のように一町の町組織の住民ではなく、町をまたがる職業座(職業別の特権組織)を中心としたものであった。そうした視点から、応仁の乱前後の山鉾風流の差をみてみると、両者の間には大きな相違があることに気づく。

■若狭武田氏被官としての吉田一族の活動−嵯峨角倉の祖吉田宗忠を中心に−  平成304月  『芸能史研究』221

三条西実隆の日記『実隆公記』にみえる若狭守護武田氏の被官吉田氏は少なくとも三代に亘って実隆邸を訪れ、私的な交流をしている。とくに吉田四郎兵衛氏春は、京都雑掌として京都に邸宅をもち若狭本国と京都の間の事務的な連絡をとり、荘園の年貢や商業座の公事の事務的な連絡や斡旋を勤めるだけでなく、主人が上洛したときの世話や、実隆などの貴紳との連絡・交流をしていたと思われる。その子与次は、幼少のときから父に連れられ貴紳と交わったが、成人して雑掌職を継ぐととともに、永正十八年には内裏で手猿楽を演じた。この与次はおそらく嵯峨に土倉を以て帯座の権益をもって経済活動をし、その後裔は桂川の水運権を把握し、やがて了以にいたって保津川の水運を開くことになった、いわゆる角倉の祖である。松永久秀が将軍足利義輝を暗殺するという永禄の政変のとき、山科言継は匿ってた朽木藤綱の室女を嵯峨の角倉に託して若狭に逃したのは、このときになっても角倉の吉田が若狭国と関係をもっていたことを示している。角倉は上層町衆のひとりにあげられてきたが、その系譜は必ずしも都市民ではなく、吉田与次のように武家雑掌として、経済活動に従事したものも多かったのではないか。

 

 

令和元年(2019年) 

     

 

 

       627日(木)

     725日(木)

822日(木)

 

       830日(金)

        9月20日(金)・27日(金)104(金)

 

講 座 予 定

 

アスニー・セミナー連続講座 京都 町と人の歴史−平安京編−

京都の歴史を通史でお話してみたい、しかも貴族の歴史でもなく政治の歴史でもなく、京都の町を作ってきた多くの一般都市民の歴史をお話したい、という試みです。今回は4回にわたって、平安京という都市生活のはじまりについてです。

2.都市生活をはじめた人々               京都生涯学習センター「アスニー」

3.貴族と庶民の住宅           京都生涯学習センター「アスニー」

4.新しい信仰―御霊会          京都生涯学習センター「アスニー」

 

アスニー・ゴールデンエイジ・アカデミー「平安時代の三月三日」     京都生涯学習センター「アスニー」

学校歴史博物館古文書講座 古文書を読む―京都の町の歴史を古文書で読み解く(13

 

 

 

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