男を泣かせる男の小説(その1)

今年、初めてT.ジェファーソン・パーカーの「ブラックウォーター」という小説を読んでその出来栄えに驚かされた。主人公のマーシー・レイボーンの存在感にはただならぬものを感じたが、案の定これがシリーズ化されていた事が解った。そのシリーズを探しまわったのは勿論だが、同時に彼の名を知らしめた傑作がある事もわかった。それが「サイレント・ジョー」という2002年に発表されたMWA最優秀長編賞を獲得した作品だった。主人公のジョー・トローナは赤ん坊の時に父親の虐待で顔に硫酸をかけられ醜い容姿で生きて行かねばならぬ運命を背負わされた24歳の保安官補。今の彼があるのは子供時代に自分を養子として引き取り育ててくれたウィル・トローナのおかげ。政界への道を歩む恩あるその養父が犯罪がらみで殺されてしまう。当然ながらその真相を追う事になるわけだが、一方でジョー本人の生い立ちの謎の探求も同時進行的に描かれる。
読み進むうちに犯人探しのサスペンス小説のはずがいつの間にかジョーを取り巻く人々の愛憎入り乱れたヒューマン・ドラマへと変貌して行く。そして最後に感動の波が静かに押し寄せてくるのだ。
「サイレント・ジョー」
  ( SILENT JOE )

ハヤカワ文庫刊
ISBN978-4-15-175851-5
T.ジェファーソン・パーカー

以前にこのアーカイブにも載せた素晴らしい作家ディーン・R・クーンツの新たなシリーズが発表されている。現世を彷徨う幽霊が見えてしまうというシックスセンスを持つ好青年オッド・トーマスを主人公にしたシリーズで、本国ではすでに4作目が刊行されている様だ。
日本では2009年5月現在第一作「オッド・トーマスの霊感」が評判を呼んでいる。確かにサスペンス・フィクションのやや無理の多い設定ではあるものの、クーンツ独特の世界に引きずり込まれてしまえば科学的・物理的理屈なんて不要であり、とことん楽しめる。
記念すべきシリーズ第一作はホットな8月上旬の一週間の話である。カリフォルニア州ピコ・ムンドの町のダイナーでコックをしているオッドは悪霊に付きまとわれた不審な男を目撃して不吉な予感をおぼえる。彼には好むと好まざるに関わらず成仏できない霊が見えてしまう。「死」を餌に動き回るボダッハという悪霊がこの世に何と多い事かと嘆く日々が続く。一方で友達になった幽霊も多く、その中にはエルヴィス・プレスリーも含まれる。オッドは独自にその男の周りを調べはじめ、8月15日にとんでもない事件が起きると確信する。彼のその特異な能力の存在を知るのは数人だけ。その知人らの助けを借りながら事件を何とか阻止するべく奮闘するストーリー展開。ハラハラ・ドキドキしながらも散りばめられたユーモアや恋人とのラブ・アフェア等最後まで飽きさせない。そして英国のミステリー女王アガサ・クリスティーへのオマージュのつもりなのかあの「アクロイド殺し」を思い出さずにはいられない策略が最終章に待っている。
読書好きな御同輩ならば共感していただけると思うが、多くの場合その時に読んでいる本が最高に感じられ、これを凌駕する本に果たして今後出会えるだろうか、と要らぬ不安を覚える事がある。今回取り上げた2冊もまさにそれに他ならない秀作だった。両者共にサスペンスものであり、求めるはドキドキ感や胸の空く正義の勝利といったものだった筈が、最後にどうしようもなく泣かされてしまった。それが思いがけなさに因るところが大きいとは思うが、よくよく振り返るとそこには必ず「愛」があった。やっぱりそれなんだ。
人は皆「愛」を求める。そのためには「愛」を与える必要がある。その当たり前の摂理が崩壊してしまっている現代社会だからこそ余計に泣けたのかも知れない。
「オッド・トーマスの霊感」
  ( ODD THOMAS )

ハヤカワ文庫刊
ISBN978-4-15-041195-4
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