Feb. 22, 2009

昔、手塚アニメに「三つ目が通る」というなかなか面白い作品があった。主人公は写楽保介 (しゃらく ほうすけ) というくりくり坊主の少年で、おでこに眼が一つ余計に付いている三つ目種族という設定だった。彼の名前から想像がつく様に作品は事件を推理して解決するあのシャーロック・ホームズを基にしていた。東洋では第3の眼という存在を説く教えもある。つまりは「心の眼」に他ならず、その考え方が東洋の、更には日本の文化や価値観にも大きな意味を持っている。
残念な事に近代の欧米文化や覇権主義にねじ伏せられたわが国では、見た目や数字が巾を効かせるようになって久しい。ブランドもの、高額所得、高学歴、すべて数字でしか考えられない人種がトップの座をつかみ挙げ句の果てがこの大恐慌。更に困った事にその後のケアなどはまったく意に介さず保身に奔走するリーダーたち。俺は、そういう人種をIQ主義者と考えている。IQとはインテリジェンス・クォーシェントという人間の中での知能比率をさす言葉だが、とりもなおさずそれは金融経済界の人間にとって最も大切な「数字」そのものであり、考える器官も頭のみというおおよそ人間的ではない人種だろう。そんな連中ばかりだからこその派遣切りや雇用調整がまかり通る寒い世の中になってしまったんだろうな。
子どもの教育環境にもこのIQ主義が蔓延している。偏差値、得点といった数字社会を容認し、素晴らしい個性や興味を持つ子どもたちを落ちこぼれにする結果にもなっているんだ。IQに対してEQというものがある。エモーショナル・クォーシェントと言い
人間に占める心や感情の比率の事だ。旧き良き時代には隣近所は言うまでもなく他人同士が争いも無く社会が温かみに満ちていた。ここでくどくど言うつもりもないが、俺が何を言いたいかはEQの高い御同輩ならお判りかと思う。
さて話は最初に戻るが、この第3の眼を持つ人口がどれほど居るかでその社会の姿が見えて来る。あるいは温かく強い心を持つリーダー達がトップにいられる社会というべきか。下世話な話だが、時の総理が漢字を間違えただけで世の中は大騒ぎした。これこそIQ主義者の捉え方だ。そんな事より総理の心根に目を向ければ決して憎めない人物だと思う。学力も大切だが、もっと人間の持つ優しさや勇気といったEQにシフトする時期が来ているんじゃないだろうか。頭で見るのではなく心で見る様に心がけたいよね。

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