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日本が変わった。これまで50年以上も続いた自民党政権が没落した。このことにより、民主党が諸手を挙げて承認された、という事ではなく自民党に対する失望がもたらした変化であるという事実を新政権は肝に命ずるべきだ。願わくは新たな政権が国民の、特に勤勉な大多数の人々に認められる政治を築いて欲しいものだ。
昨日の紙面でその民主党党首の鳩山氏による論文が公開された。早速、その内容からマスコミはこぞって「反米的」だと指摘した。しかし、文脈を読み解くかぎり決してそんな内容じゃない。早くも個人バッシングが始まったわけだ。これまで野党だった民主党は政府にあれこれと注文をつけ、反対を続けた。それは一つの国家の政治構造での当たり前の手段である。与党と野党がそれぞれの存在を主張する権利であり、常套手段だ。「反民主主義」、「反社会主義」などというイデオロギーの価値観の違いを争う事は、時として重要な事もある。しかし、日本という一国家が事もあろうに「反米」という訳の解らない価値観を平然と公言しているこの状況は何なのだろうか?
アメリカの傀儡振りが50年という時間をかけて大勢の権力者たちに浸透してしまっている証拠だろう。その自民党を頭にする世界がこれからは野党として政治のみならず攻勢を仕掛けて来るのだが、間違いなく凄まじいものになるだろう。
そこで心配なのがマスメディアの立ち位置だ。先日、国営ラジオ放送を聴いていて、身の程知らずの高飛車なコメンテーターの質問に絶句させられた。まるでマスコミが社会を自在に操れんばかりの傲りに危機感さえ募った。4年前の小泉劇場をプロデュースした自信でもあるのかどうかはどうでも良いけど、少なくとも偏った報道は謹んでもらいたい。多数が少数を追いつめる。大多数の悪が善を潰しにかかる。力によって価値観さえもねじ曲げられる。それらは社会問題である子どものいじめの構造とまったくと同じだ。近代のアメリカによる様々な軍事介入も然り。良いものは認め、そうでないものにははっきりとノーと言う当たり前の行動が大切だ。政治の世界でよく言う「是々非々」は決して卑怯でもなければ曖昧でもない。それを「ブレ」という偏った見方をするマスコミと、それに乗せられる一部の国民にも不満がある。本来ならば中立公正の王道にあるべき公明党が今回自民党のもとで惨敗した事がその点で何とも皮肉だ。
近々、民主党中心の内閣が創られる。一部連立も伝えられるが、是は是・否は否の確固たる意志を持って取り組んで欲しい。そこで壊れる様な連立など不要だ。党首の唱える「友愛」が譲歩を意味するものではないことを信じたい。
これまでの宰相には素晴らしい人達もいたが、結局内部の権力闘争に潰されつづけてきた。民主党も同じ事をすれば、いずれ鉄槌がくだる結果になるだろう。マスコミも国民もこれまでになく冷静に見守ることが肝要だ。より良い社会を期待したいね。
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