探偵マット・スカダーを生み出したローレンス・ブロックが新しく裏世界のヒーローをこの世に送りだした。彼は殺しを生業に生きるジョン・ケラー。   依頼された仕事はしっかりと成し遂げる実直さ。その彼を主人公に描くこの新シリーズは、まず「殺し屋」(原題:HITMAN/二見書房)のタイトルで刊行される。この作品は短編集であり、各エピソードにはそれなりの面白さはあるのだが、実は作者の描かんとするポイントは決して「殺し」ではない。一作目を読み終わると主人公ケラーの人となりが読者には何とも言えない「味」として印象深く残る。もちろん彼の仕事の現場での描写には冷徹・非合法に対する我々一般常識人にとっては不合理性を感ずるものの、なぜかケラーには愛情すら感じてしまう。スカダー同様ローレンス・ブロックという作家は孤独な男のロマンを書かせたら本当に巧い。陰の世界を描きつつも決して読者に同情を求めないスタンスはハードボイルトの王道をゆく彼ならではの才能だろう。そして昨年発表された第2作は早川書房の「ミステリー・マガジン」で年間ベストにノミネートされたほどの秀作。この作品では、ケラーに降り掛かる様々な罠や疑念を彼が持って生まれた本能と機知を使って打破してゆく過程がスリリングに描写されている。所々に描かれている彼の感性と彼を取り巻く人間関係の温かさ・卒直さ、そして何よりも一人の人間として決して疎かにできない信念などが交錯してストーリーは盛り上がってゆく。  作者自身が既に初老の年代に差し掛かっている点からも彼が生み出す主人公は知ってか知らずかおのずと同世代の哀愁を常に心に抱えている様で、それだけに余計に想いが伝わるといったところだろう。個人的にはマット・スカダーが気に入っている自分ではあるものの、このジョン・ケラーにもどこか救われる部分も多々あり、決して「女」には理解不能の領域を描き続ける文字通りハードボイルドなブロックの世界にある種の逃避をしている自分が見えてくる時に、複雑な気持ちを禁じ得ない事も事実である。         所詮、小説であるという事でその気持ちがある種のファンタジーだと納得して現実と折り合いをつけて生きてゆくことで読者はまんまと作家の意図にはまってゆくんだろうなぁ。でも、本当に面白い作品でした。
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