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ヨナグニサン

 天然記念物の多い西表島のこと。これは困ったという事件もたまにはあります。
 例えば、写真のヨナグニサン。名前の通り、もともと与那国島に多い蛾です。雌は羽を広げれば25センチにまで達し、羽の面積では世界最大の蛾。モスラのモデルにもなりました。
 ところが与那国では開発が進み、彼らが住む森が削られて激減したのです。そうしてヨナグニサンは沖縄県の天然記念物になってしまった訳です。天然記念物に指定するのは、勿論保護の為には必要な事なのかもしれませんが(実際に保護が行き届いているかどうかはさておき)、当の動物自体にとってみれば、名誉でもなんでもなく、むしろ不本意な事かもしれません。誰が俺たちを絶滅の危機まで追いやったんだということになります。
 さて、ある朝、仕事に出ようと部屋のドアを開けてびっくり。巨大な蛾が壁に張り付いていました。初めてでしたが、見てすぐにわかりました。この大きな羽。上の二枚の羽の先端にあるヘビの顔のような模様(台湾ではこの模様から蛇頭蛾と呼ぶ)。4枚の羽にそれぞれある窓のように透明な部分。これは間違いなくヨナグニサンです。
 アパートの隣人達に話を聞いてみれば、ここ数日はアパートの二階でじっとしていたとのこと。またその時にはこんな風に羽を痛めてはいなかったということでした。知らなかった。それを知っていれば、僕も完全なヨナグニサンの写真を撮れたのに。

 さて、仕事がありますので、何枚か写真を撮って、後ろ髪を引かれながらも僕は出て行きました。ところが帰ってみるとまだ同じ場所にいます。だいぶ弱っているのか、チラチラと羽を動かすものの全体に元気がありません。こりゃあ死ぬな。可哀想に。
 そう思って迎えた次の日の朝。案の定、ヨナグニサンは死んでいました。ただし、先にいた壁のところでなく、反対に置いたアルミ缶を集めたゴミ袋の横に落ちていました。
 死んだ天然記念物は最早天然記念物ではありませんから(これ本当)、証人のいるもとで僕が死骸を引き取ります。
 ところが、それから一週間ほどした日のことでした。ゴミを捨てに行こうと僕が、彼が死んでいた傍のビニール袋に手を伸ばした時です。なんとそのビニール袋に20ほどのピンク色の卵が産みつけられていることに気付きました。しかも、中には卵を割って孵っている幼虫までいます。発見が少し遅すぎたのか、既に干からびているものもいました。驚きました。
 あのヨナグニサン、雌だったのですね。そこまで注意して見ていませんでした。しかも、このアパートに来る前に交尾をすませていたのか、はたまた2階でしばらくとまっていた時に雄が来て交尾したものなのか、卵を孕んで、しかし、森に飛んでいくだけの立派な羽は失われ、また体力もなく、ただ、一筋の可能性の光に頼ってこんな場所に卵を産みつけた。青々と茂るアカギの葉ではなく、触ればカサカサと鳴る乾いたビニール袋に。なんか涙が出そうになります。そして、彼女の思案どおり、それを僕が見つけることになった。

 しかし、それをどうしたらいいものやら、今度はこっちが思案にくれる番です。相手は天然記念物。飼育は出来ません。が、本来の目的から言えば、保護するのが妥当。こんな時に法律は厄介です。ですが、今は緊急事態。彼女の遺志を叶えてやる為にも、助けない訳にはいかない。
 僕は急いで車で近くまで走って、幼虫達の食草となるアカギの葉を採りに行きました。それから、小さな虫かごの中にその葉と卵や幼虫達をそっと移します。幼虫達は生まれてから漸く初めて見つけることの出来た食べ物に小さな噛み跡ながらも一生懸命、むしゃぶりつきます。その様子に、僕はまた大感動でした。
 結局、2,3日後には全ての幼虫が孵り、並んで元気に葉っぱを食べるようになりました。
 さて、残す問題は野に帰すタイミングですが、これも色々考えました。与那国で実際行われているように成虫にして帰すのが効率的だろうとは思いましたが、何分にも天然記念物。早く手元から離した方がやはりいいだろう、と思いなおしました。
 最終的には幼虫が大きくなって集団生活を脱し、散らばり始め、、手元にある最大の虫かごでも狭くなってきた時期に離しました。
 1匹、1匹、別れを告げながら、カラスに見つかるなよ、風に落ちるなよ、と祈りながら、最初に葉っぱを採ったアカギの木に散らばせてしがみつかせました。
 その後、そのアカギの木には行ってませんが、もし今度ヨナグニサンがやって来たら、それは僕が面倒を見たあの子たちかもしれないなあ、なんて想像しています。

アパートの住人、ほぼ全員にその美しい姿を見せつけたヨナグニサン。しかし、初めて僕のところにやって来たときにはもう草臥れ果てていた。

蛾のもつ暗いイメージを一変させる。何時間見てても飽きないだろうその緻密な羽の模様

孵ってしまった幼虫達。その付加価値に怯える僕を尻目に元気よく葉っぱを食べ、見る見る大きくなっていった。この写真ではわからないが、幼虫にはお尻に水色とオレンジ色の模様がある。

このページは天然記念物の飼育が法に反することと知っていても、敢えて飼育し、放した、そういう経験を大事と思い、掲載することに致しました。色々、御意見、お怒りもあるでしょうが、全て承知の上ですので記事の内容、意図を汲み取り、お許し下さいませ。




                          

西表島、
隣人達の事件簿

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