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2軒下の家主、Oさんは現在、内地で暮らしている。が、諸事情により、先頃、急遽西表に戻ってきていた。
Oさん一家はもともと台湾で暮らしていたらしいのだが、戦後家族ともども西表に引き揚げ、この地に屋敷を構えた。多い兄弟の中、Oさんのみがこの屋敷で生まれたのだという。
しかし、兄弟はみな内地へ移り、やがて土地は忘れられた。
ただここで生まれたOさんのみが、この地に未練を持ち、いつか定年後に妻と戻ってこようと思っていたという。
彼は10年ほど前、荒れ果てた屋敷跡に掘建て小屋を作り、そこに住み込みながら、ブロックの母屋を建設した。
住むことはなかったが、その屋敷は内地で働く彼にとっての心の拠り所ともなっていた。
が、彼が留守にしていたその間、屋敷は適切に管理されることもなく、再び荒れ果てた。
今回、彼は戻ってきて、まず屋敷の復旧に没頭した。雨漏りする箇所をシリコンで埋め、また部屋中の長年の汚れを取り除いた。
Oさんはここに戻ってきて住むのであろうと僕は思っていたのだが、しかし実際はそうではなく、彼はこの屋敷の復旧が終われば、また仕事の為に内地に戻ると言う。
せっかくの郷里への里帰りながら、彼は休むことなく動いていた。
さて、大方の作業も終わった。しかし、最後に大きな仕事が残っている。それが井戸の清掃であった。
Oさんの屋敷には立派な井戸があり、それはOさんが生まれる前からあったものだという。記憶では非常によい水源で、干ばつでも枯れることなく、甘い清水が溢れていたという。
が、そう聞いて僕が井戸を覗いてみれば、いやいや、とんでもなく汚れている。
水は黒く澱み、かすかに匂いすらした。
「だからよ。この井戸をきれいにするまでは帰れんわけさ。先祖の供養の一つだ」
Oさんは言った。
話の流れで井戸掃除に付き合わされることになってしまった僕であったが、これまでにしたことのない経験は金を払ってでもしておきたいものである。
ましてや労働ぐらい。喜んで朝から付き合った。
まず、給油所から借りてきたポンプでひたすら水を汲み上げる。
水はそのまま前泊の浜へ流していたが、これが結構な水量である。まさかかように深いとも思いもせず、ただどんどん下がっていく水面を見つめていた。
ホ−スを通り、白砂の上へと落とされた井戸水はやがて黒いヘドロの混ざったものへと変わっていた。
水位が下がり、剥き出しになった井戸の側面にも汚い土砂がこびりついている。
「昔は家族で井戸を掃除したもんだけどな、20年も何もしていないとこうなるんだな」
Oさんもあまりの汚れに驚いている。水道につないだ別のホースから水を出し、井戸の壁面を丹念に洗い流しながら、作業は続けられたが、その間、井戸からは様々なゴミが上がってきた。
古いブルーシートやビニールゴミ。木材などである。まったく酷いものである。もし、井戸の神様が実際にいるのであれば、これは怒る。
やがて水は底を尽き、勢いよく井戸水を吐き出していたポンプのホースはブブブッと汚い音を立てて、急速に縮んだ。
底にはヘドロがヌラヌラと光を反射している。これを取り除かないことには井戸を清掃したとは言えない。
水を少し貯めては、ポンプでヘドロごと汲み出すなどということをしていたが、そのたびにポンプに小石などが詰まって動かなくなる。
こんなことの繰り返しで埒があかないのだ。
しょうがないので、ここからは、底に溜まったヘドロを掻き出す作業である。Oさんが脚立を井戸の中に下ろして井戸に入り、バケツに汲んだヘドロを紐を引き上げて僕が捨てる。
この同じ作業を何度も何度も繰り返す。
ヘドロは相当深く、Oさんは膝上まで埋まりながらの必死の奮闘であった。
臭いのみならず、井戸の底には相当蚊が溜まっていたようで、時折、Oさんの怒鳴り声とも悲鳴とも付かない叫び声が聞こえる。
しかし、どうみても狭い井戸の底で、脚立が邪魔となって作業しにくそうなので、「脚立上げますか」と何度か訊ねたのだが、この質問には決まって押し黙る。
その理由こそ口にはしないが、どうも僕が脚立を上げたまま立ち去るののではないかと心配でもしていたのだろう。なかなかに複雑な人である。
が、考えてみれば、あのような地の底では誰でも疑心暗鬼になるのであろう。僕だってまさか井戸の中の作業まで手伝いしたくはないもんなあ。
果たして、Oさんの健闘で、ヘドロの底は更に下まで下がり、小石混じりの井戸の底が見えてきた。地上にはくみ出したヘドロが山となって異臭を放っている。
「よおし、これまでにしよう!」
Oさんはそう言って、作業を切り上げた。まだヘドロは残ってはいるが、二人とも疲れ果てていたし、第一、これ以上掘っては、脚立が井戸の上まで届かなくなるところであった。
上がってきたOさんは勿論、真っ黒。気付けば僕も真っ黒である。
「これだけやれば、母ちゃんたちも喜んでくれるだろうさ」
Oさんはそう言ってまた僕にも感謝の言葉を述べた。
おもしろいなあ。うまそうに煙草をくゆらす彼を見ていてそう思う。
先祖を敬う気持ちは島も内地も同じ。若干今は日本人のそういった信仰が薄れてはいるが、基本は変わらないだろう。
が、島の人々の信仰は即物的なお墓やトートーメーだけでなく、先祖=家でもある。家は家名というより、実際の屋敷である。
この部落では屋号が今も強く意識されているが、実際に今僕が借りている屋敷を今の家主から買い戻そうとしているのは、さらにその前の持ち主であったりする。
こういう意識は、島だからこそのものだろう。
田舎から都会に移り住み、自分の先祖が暮らした土地すら見たこともない大多数の人々にとって、屋号だの、屋敷だのといったものは、さほど執着するほどのものでもあるまい。
家は自分の根っこであることを島の人たちは無意識で知っている。
また、Oさんのように島を離れて数十年経つ人でも、強く根っこを意識している人は屋敷を大事にする。彼は荒地に家を建てたし、家の急を聞いて島に飛んで来た。
ついでに屋敷を清めて帰ることが先祖供養とも思っている。
近代に名を成した多くの日本人の偉人はいるけれど、それが自分のアイデンティティに繋がるとは思えない。が、もし、それが近い親族ならどうか。それは充分アイデンティティになりうる。
近しい人ならば別に偉人でなくてもいい。この僻地と呼ばれる島に住み、マラリヤと闘いながら、田畑を営み、家族を作り、そして名を成さないでも自分という種を残してこの世から去っていた先祖の存在は、その屋敷跡、毎日使った井戸、もっと言えば、茶碗一つからでも子孫は感じ取る。
名もなき人々にも近しいというだけで、人は優しさを暖かさを思い出せる、いや想像できるのである。
これは全て結局は本人自身の家族体験にあるのだろうなあ。先祖をアイデンティティとして意識できる人は結局幸せなのだ。
故郷があるというのは、いいものである。
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