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◇北風なんかに負けるな!(2002-11-01)
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今日は水落の滝へのシーカヤックツアーだった。
朝、アパートを出る時に、すでにきつい北風を感じていたが、ツアーは決行。
またも通りゃんせツアーになること間違いなし。
何度か経験があるというお客さんには、十分その旨伝えたが、実際に北風を経験していない人にはかえってその意味がわからない。
ちょっとしんどいぐらいじゃないの?ってな具合で軽いのりであった。

ところで、今日のツアーにはそのカップルの他に、もう一人参加者があった。お客さんではない。2年前、自然塾が男3人、女3人という大所帯であった頃のメンバー、ひかり。
昨日の昼間に自然塾にやって来た。
現在は小笠原でホエールウォッチングや、夜間のウミガメの産卵のレクチャーの仕事なんかをしている。今回は四国で行われるウミガメ会議に合わせ、島を出て、ついでに西表まで足を伸ばしたのだ。
あの頃のスタッフは色々なところで頑張っている。
前衛舞踊、精神修行の旅、アメリカ人と結婚して向こうで生活。そして小笠原で頑張るひかり。
ひかりも自然塾にいた頃は、どこか頼りない、なんか人生に悩んでいるようなところを抱えた根暗な娘であったが、久しぶりに会って驚いた。
垢抜けている。だいぶ大人になった感じがする。
こういうのは同じスタッフ仲間として嬉しいものである。

さて、このひかりが水落に同行することになった。きつい風が予測されるなか、希望は一人艇であったが、なんか今のひかりを見てると大丈夫かも知れないとも思えた。
ただ、一応「お客さんより遅かったら置いていくよ」と釘を刺しておく。

いざ、海へ。
港ではさほど風を感じなかったのだが、出てみれば、けっこうな風である。
漕がずにドンドン流されていく。あっちゃあ!
こりゃあ、帰りはきついぞ、と改めて覚悟。
「帰りに体力温存する為に、出来るだけ流されましょう!」と声をかけるが、お客さんとひかりは元気に漕いでいく。そりゃあ、せっかくのシーカヤック、漕がなきゃ勿体ないと思ってしまうのもわかる。そんな訳で僕が一番後ろで漕いでいた。

途中、近くの浜で上陸。休憩がてら、ホウビガンジュやらオオタニワタリやらの山菜を摘む。お昼ご飯にアクセントを加える為だ。こういうのは盛り上がる。やっぱりただ準備されただけのご飯より、少しでも自分が関わった方が美味いに決まっている。

再び出発。相変わらず風はキツイ。
帰りとの兼ね合いも考え、何時、どこで飯を食うかを考えるが、なかなかいいアイデアに達しない。
普段は湾の奥にある滝へ一気に行ってしまってから、引き返し、向かって左手の途中の岩場に上陸し昼食。船浮の集落まで行って戻ってくる。湾を大回りして戻るのだ。
しかし、この風では、帰りに船浮まで行くのは厳しい。それならば、船浮への途中にある岩場に上陸する必要はない。
向かって右側の海岸沿いならいくらか島影で風も遮られ、漕ぎやすいだろう。
ならば、その途中の木炭の浜で昼食をとるか?
だが、それならあまりにもコース内容に乏しくなってしまう。やはり滝への途中のどこかに上陸し、飯を食うのがいいか、などと考える。

色々悩んだ末、お客さんも別にまだおなかが空いてないということであったので、とりあえずまずは水落の滝へ行ってしまうことにした。
帰りの状況を見て判断しようと思ったのだ。
滝へ行ってもし余裕がありそうなら考えを変えて、船浮も行ってもいい。お客さんもひかりも本当は行きたいようであった。
途中雨まで降り出した。先に飯にしなくて良かった。漕いでる時の雨ならまだいいが、飯の時の雨はかなり辛いものがある。まして、この日のお昼は好きな具を挟んで食べるというサンドイッチ。塗らす訳にはいかない。

それでも、さあっと波風に押され、滝まではあっという間に到着した。滝は水量豊富であった。とりあえず、浴びてみる。そんなに冷たくはない。そして、みんなで一通りカヤックに乗ったまま滝を浴び、滝壷に上陸する事にした。

幸い、雨が上がっている。今がチャンス。この機会を逃さず、飯にしよう!
お湯を沸かし、まずはコーヒー。体を温め、残り湯で山菜を湯掻く。
その間にひかりは岩の上にお昼セットを並べ準備していた。さすが元スタッフ。言わずとも次に何が必要か考え動いている。
綺麗な色に茹で上がった山菜にたっぷりマヨネーズをかけ、熱いまま試食。「うま〜い!」の声があがる。「こんな美味しいのならもっと真剣に探せば良かった」と仰る。で、あろう。
山菜をたっぷりパンに挟んでの山菜サンドイッチも好評。そうして、昼食は無事楽しく終えることが出来た。

ところが、その後、僕的には出来るだけ滝壷でゆっくり休憩を取りたかったのだが、お客さんは、もうすぐに出発したいらしい。
曰く「こんなに簡単に来れるとは思いませんでした」と。他にも色々周ってみたいのだろう。なんだか皮肉な気持ちになる。僕が見て漕げる人達ではない。ここまでは風に乗ってやって来ただけだ。
僕は帰りの心配をしているのに、それがわからないから、もう終わり?後は帰るだけなの?となってしまう。早く出発してどこか寄ろうよ、となる。
この仕事で難しいのは、「あなたは漕げないのだから、無理ですよ」とはっきり言えないところ。

しょうがないので、「わかりました。じゃあ、行きましょう」と準備して再出発。
そうして風のないマングローブの水路を抜けた途端、キツイ風と波が襲ってきた。
お客さんの2人艇もひかりも翻弄されている。なかなか前に進まない。これでは船浮はやっぱり無理だ。
「右岸に向かいましょう!あっちなら少しは風がマシですから!」
大声で叫んでそちらへ向かう。なかなか着いてこれないので僕は、漕いでは待って、漕いでは待ってしなければならない。待ってる間は流されてしまうので二度手間になるのだが、しょうがない。置いていく訳にはいかない。一人艇のひかりは一番ビリにいる。やっぱ二人艇が良かったかな。
励まし励まし、なんとか頑張って木炭の浜へ到着。みんな、かなり疲れた顔。
もっと何処かへ行きたいなどという愚痴はさすがに出なかった。一時間ほどの休憩を挟む。
ビーチコーミングなどをしてたっぷり休養してもらい、再出発。
島影の右岸を進んでいる今はいいが、内離れ島と西表島の間の細い海峡を漕ぐ時がもっとも辛いのが分かっている。その場所では風と波が集中して襲ってくる。
そこまで来て、やはり三人は全く焦げなくなった。襲いかかる波は舳先で砕けて、顔に弾け飛んでくる。すっかりびちょびちょだ。強い北風にパドルをどれだけ掻いても、前に進まない。ヘリコプターのホバーリング状態である。

「引っ張りましょう!みんなで連結すれば危険が減りますから!」
これは無理だと判断して、ついに僕は2艇を自分のカヤックの後ろに繋いだ。
こういう言い方をしたのは、彼らの自尊心を傷つけない為である。
あくまで漕げそうにないから、とは言わない。
だが、ここからが長い。
自分との戦い。僕が力を込めて漕ぐ度に、結びつけた後ろのカヤックからの引き戻しの衝撃がガクンと来る。
無論、後ろの3人も漕いではいる。が、力が足らないのだ。僕の推進力で僕を含めた4人分の重さを少しづつ少しづつ、前に出させる。

腕がパンパンに張ってくる。だが、先頭の僕が休む訳にはいかない。思い出すのは、かっての体育会系フットボール部で過ごした日々。腕立て2000回。腹筋6000回。朝から日が落ちてもまだ続いたブロックの当り練習。倒れる度に年も変わらぬコーチらにどつかれ、悔し涙も出ないぐらい消耗してグランドでぶっ倒れた記憶。
根性だ!なんだこれぐらい!ふざけるな!
横をダイビング船が通り抜けていく。励まし手を振るその笑顔に笑顔を返す。無理矢理に。

辿り着いた。

終わった。
ちょっとした充実感。なんだ、こんなもの。軽い軽い。
お客さんは消耗しきっている。普通はみんなで後片付けをするものなのだが、手伝おうという気にもならないのか、二人でさっさと車の中に引き上げてしまった。別にいいけど、「引っ張ってもらってありがとう」の言葉もない。
「なんでお金払ってこんなしんどい思いしなきゃならないの」
代わりのそんな愚痴ももう気にはならない。
バカンスのように楽しいツアーもあれば、今日のようなツアーもある。それが自然の中での遊びだ。
どんなに辛くとも、ゲームセットにはそのゲームを楽しむ余裕がなければ。僕の体験した青春は確実に僕を代えた。悪い事ばかりではなかったのだ。

僕の母校は僕が4回生だった時から優勝していない。今年もすでに一敗している。辛いだろうなあ。
だけど、無駄じゃないぞ、と後輩に伝えたい。

北風如きに負けるな!
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