7/26 三重県
安濃川


 そう遠くない昔、この川にはアマゴが溢れていた。

誇張でもなんでもなく、川の規模に対する魚の密度はかなりのもので、サイズはともかく、1日真剣に釣れば、10匹以上は絶対釣れると確信していたほどだ。

安濃ダムから遡上する大型も、大雨の後には釣れる事があり、尺近い魚を数度釣った事もあった。


しかし、今から5〜6年前だろうか。台風の影響をもろに受け、まずは山が壊滅状態に陥った。

これは1999年の写真。風でなぎ倒された杉林。
台風から1〜2年経った後だと思うが、元々枝打ちさえろくにされない状態。荒廃した山林は数年間放置され、2003年になった今でも手が付けられていない場所もある。


倒れた木を撤去した場所もあるが、根元から倒れた木の周りからは土砂が止め処なく流れ出し、被害を受けた木があまりに多く、切断された木の多数は川へ投げ込まれた。


川は見る見る埋まり、アマゴはおろかウジャウジャいたカワムツ・アブラハヤも姿を消していった。

毎年この川の年券を買い、大学をさぼって週2回は釣りに行った『実は密かによく釣れる川』は、『死んだ川』と成り果てた。


それでも復活を信じ、年数回は通っていたが、ついに去年は1回しか足を運ばなかった。『あの川はもう終わった』フライフィッシングを教えてくれた川は、思い出となった。
解禁前にこの川の年券を買ってしまうのは、9年間の習慣なのかもしれない。
しかし、もう使われる事はないだろうと思った。


 梅雨がようやく明けたのか、天気予報は晴れマークが続いている。

朝早く目が覚めたが、今日は津の花火大会があるので、遠出はしないし、特に用事もない。晴れた空を見ていると、昔サンダルでよくアマゴを釣りに行った安濃川の事が少し気になった。

急に安濃川へ行ってみたくなった。

車を走らせれば、30分足らずでポイントへ到着する。

よく晴れた空に反し、思っていたより川は涼しかった。半そで、半ズボンには少し寒い。

1年ぶりに見た川は、相変わらず砂で埋まっていた。『やっぱりダメか』特に驚きもない。予想通りというやつだ。

適当な場所から川へ降り、#16のブラックアントを流すが、全く反応がない。カワムツさえ全く見当たらない。どうなってしまったんだ?この川は。


昔よく釣った区間へ移動する。

少し薮を抜けると、以前と変わらず抜け道が残っていた。水に入ると、驚くほど冷たい。

小場所を丹念に攻めて行くと、一匹のカワムツが飛び出した。

『とりあえず、魚はいるな』


ふと砂地を見ると、今朝入ったと思われる釣り人の足跡と、イノシシの足跡。
ウェーディングシューズなのは一目でわかる。

もう帰ろうかと思ったが、しばらく釣り上がった。


無造作に釣っていると、フライに向かって15pほどの魚影がゆっくり浮いてきた。食ったが、驚いたため早合わせしすぎ、ばれてしまった。

カワムツではない。


急にやる気がわいてきた。

フライとティペットを新しい物と交換し、ネコの額のようなポイントにも片っ端からフライを叩き込んでいく。

小さな水しぶきがあがり、フライが消えた。フッキングと同時に飛んできたのは小指ほどのアマゴだった。
写真を撮る間もなく逃亡したが、『もしかしたら』という期待が少しずつ大きくなってきた。1m四方のポイントでも、手前から順に5投ぐらいして探っていく。

間もなく、水しぶきがあがり、寄せてきた魚にはくっきりとパーマークが見えた。

しかし、またもばれる。悔しさと嬉しさが混ざった複雑な気分。

いかにも魚が居そうなポイント。手前から順にフライを落とすが、反応はない。
流れ込み付近にしつこくフライを入れる。5投目ぐらいだろうか、フライがついに消えた。


ググッとした手応えの後、近くまで寄せてきた時、一瞬黒いスジが見えた気がした。

『でかいカワムツか・・・』と思ったが、少し様子が変だ。なかなか諦めない、小刻みな振動。


足元まで寄せて、思わず『おぉっ!』と声が出た。

正真正銘、アマゴ。この川でこのサイズは一体何年ぶりだろう?

川の状態からは考えられない色艶の良さ。急いで写真を数枚とって、丁寧にリリースした。

体が軽くなったような、不思議な気分。数年間続いていた梅雨が、ようやく明けたような気持ちになった。

次のプールでも、アマゴはいた。安濃川は死んでいなかった。

さらに釣り続けようと思ったが、野暮な事はやめた。これだけ釣れたら十分じゃないかと思った。




 釣れなくなったら、別の川へ行くという人は多いだろう。自分も岐阜県や滋賀県に足を伸ばす事はある。確かに、この川より素晴らしい川はたくさんある。

しかし、釣れなくなった川を、そのまま忘れてしまうのはよくない。

三重県津市を流れる安濃川の上流には、今もアマゴが住んでいる。
この事を、覚えていて欲しい。そのために、あえて川の名前を出してホームページを公開しているのだ。


安濃川の近くに住むフライフィッシャーは、一度この川を訪れて欲しい。
貧相な流れと荒れた山林。打ち捨てられた粗大ゴミ。

それでも流れを泳いでいるアマゴ。


渓流釣り師から忘れられている、瀕死の川の現状を見て欲しいと思う。


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