2002年9月の日記
9月28日(土) 『中吊り広告』
近所のスーパーに買い物に行くとポッキーのコーナーがあり、
よっすぃー、ゴマキ、かおりん、矢口の4人で写っているポスターがいっぱいあり、
とってもとっても欲しくなってしまったえろじゅんなのですが、
(背景が青い方がよりベター)
そんなおり、ふと昔の出来事思い出してしまいました。
今から5年ほど前、毎日通う電車の中に、
えろじゅんの心を奪う、とある一枚の中吊り広告が貼られていたのです。
それは、防災の日のお知らせポスター(確か総務省作成)で、
そこに起用されていたのは桜井幸子でした。
ポスターの中の桜井幸子の表情は申し分なく、どうしても欲しくなってしまったのです。
防災の日は9月1日。その日が1日1日近づいてきます。
例のポスターは同じ場所に貼られ続けています。
その間えろじゅんの乗る位置はいつも同じで桜井幸子を見続けています。
でも、とうとう9月1日がやってきました。
明日になると、きっとこの中吊り広告は別の広告に変わってしまうはずです。
そう考えるとえろじゅんいてもたってもいられなくなり、ついにある作戦を決行しました。
夜10時半、おもむろに家を出て駅に向かいます。
そして電車に乗ります。
家路の方向とは逆なので、ほとんど人はいません。
そう、えろじゅんは黙って拝借するという強硬手段にでたのです。
しかし、残念ながらこの路線に例のポスターは貼られていないのです。
別の路線に乗り換えないとないのです。
心を落ち着かせ、乗り換え駅まで出て目的の電車を待ちます。
しばらく待つと目的の電車がホームにやってきました。
電車に乗るとこれも家路とは反対方向のため、乗っている人はかなり少ないです。
しかし、まばらとはいえ人の目がある以上、作戦は決行できません。
これも作戦のうちですが、終点の駅(すぐ近くだけど)までの持久戦です。
終点の駅に着く直前、ついにチャンスがやってきました。
運良くその車両の中にはえろじゅん一人。
『いまだ!!』
パチ、パチ、サッ
イメージトレーニング通り一瞬にしてポスターを抜き取り、
そして、丸めて鞄に詰め込むえろじゅん。
えろじゅんの手際は華麗にして鮮やかなのです。
そのようにして、えろじゅんは桜井幸子のポスターを無事(?)手に入れるに至ったのです。
(もう時効だよね)
で、その後ポスターは会社の机のシートの下に敷かれていたのですが、
机を移動させたときにどっかにしまって行方不明になっています。
でも、スキャナーで取り込んだのにパソコンの中には画像データとしてしっかり残っております。
今、あらためて考え直すと、ずいぶん無駄なところに労力使ってるなぁと思います。
当時はまだまだ若くてエネルギーが余ってたのかな。
そうそう、こういう話って本当は、駅とか店に頼むと使用済みポスターって、
くれたりすると言う大前提があるものなんですけど、
そういう頼み事に勇気を出せないのが、
へなちょこえろじゅんの実態なのです。
どう考えても、勇気の出しどころ間違ってるよなぁ。
9月24日(火) 『ブラウン管の中に恋していいですか?』
タイトルのまんまです。
えろじゅんは今、
とあるテレビCMにどっぷりはまってしまい、
本当に恋しそうになっています。
そのCMとは……
とは……
……
……
……ムースポッキーです。
このリンク先のページに写っている
「よっすぃー(吉澤ひとみ)」の横顔がとってもいいのです。
もともと、えろじゅんは自他共に認めるモー娘。ファンなのですが、
その中でも吉澤ひとみがお気に入り、
あんまり言いたくないですけど吉澤ひとみの写真集だけは持っております。
携帯の待ち受け画面も吉澤ひとみ。
CMの中でわずか2秒ですが、そのよっすぃーの見せるちょっと大人っぽい表情が、
えろじゅんにとってはたまらなくいいわけです。
ほっぺたの感じとか、ポッキーかじってる口元とか、
ちょっとたれ目の目元とかがとってもとってもいいのです。
TVをつけながら違う方を向いていても
ムースポッキーのCMソングがかかると、
その瞬間えろじゅんは画面に釘付けです。
2秒間のよっすぃーの表情を見るために集中です。
CMを見終わったあとのえろじゅんの表情は、
とても人様に見せられないような、にやけたものになっていると思われます。
ますます、人の道を離れてしまうような気がしますが、
しばらく、この熱は冷めそうにありません。
ブラウン管の中に恋していいですか?
9月22日(日) 『転倒 〜??編〜』



脱皮しました。

脱皮後の殻と仲良く撮影
9月20日(金) 『足と膝』
見た目重視でしか好みを言えない、まだまだ幼稚なえろじゅんです。
今日の帰り、乗換駅で向かいのホームに立っていた女子高生の足を見て
足の好みについてこんな考えが頭をよぎりました。
「えろじゅんの足の好みは?」と聞かれると、
簡単に答えると「細い足」と言うことになります。
太い足にも味わいはあるのですが、単純に比べるとやはり細い足の方が好きです。
じゃあ、細ければ細いほどいいのか?と言われると、
考え直すとどうもそうではないようなのです。
正確言うと「細めの足がいい」ということになるみたいです。
あるところまで細くなると細すぎとなって好みの枠から完全に外れてしまうんです。
そう、えろじゅんの好みの細い足には明確なNGラインがあったのです。
では、えろじゅんの中でのNGラインとは?
女の人の足を真っ正面から見ると(スカートはいてて直接足が見える場合に限る)、
細い、普通、太いって判断できるのはいいとして、
当然、太ももから足首かけてのサイドのラインが見えるわけです。
だいたいの人は足の外側、内側とも上から下へそのラインをたどっていくと、
滑らかな曲線で徐々に細くなっていきます。
ところが細すぎる足の場合、太ももとふくらはぎの肉が少なすぎて
膝の部分がそのラインから出っぱっちゃってる場合があるんです。
それがえろじゅんにとってのNGラインです。
従って、えろじゅんの足の好みをより正確に表現すると、
「細めの足を中心値とした範囲、ただし、太ももとふくらはぎのラインを繋いだときに、
膝の関節が出っぱるぐらい細い足は除く」
となります。
言葉じゃ分かりづらいので図で示してみました。(図にポインタ合わせてみて)
いかがなもんでしょう?
そんなことを考えながらの帰りの電車だったのですが、
ところで、最初にきっかけを作った女子高生の足はどうだったかというと、
NGでした……
断っておきますが、所詮はえろじゅんの戯れ言です。
同意は入りません、ほったらかしにしておいてください。
9月13日(金) 『転倒 〜えろじゅんの体は今、編』
転倒骨折から約2週間、右肘のすり傷が結構深く消毒とガーゼの交換に
時間があったら病院に通っているえろじゅんですが、
10日程経ったところでの写真を撮ってみたので体の調子と共に紹介致します。
おさらいでえろじゅんの体がどう痛んでいたのか説明しますと、
まず左手親指根本骨折、
転倒の衝撃で右肩腱を痛める。
右肘、右膝、左膝にすり傷、右肘と左膝がひどく消毒と薬にガーゼを当てて治療。
右腕打撲で至る所に内出血有り。
ざっとこんな感じです。
では写真入りで解説をしていきます。
@左手親指根本骨折(左手舟状骨骨折)

左手の手首から親指までがギプスしっかりと固定されています。
ガントレット(手甲)装着って感じでかっこいいでしょう。(違う?)
ケガ的には一番ひどいんですけど、しっかり固定されちゃってますので
今現在、痛みはほとんどないです。
ちなみに4指は動かせるので軽めのものならつまめます。
あと、ギプスの固い部分を支えにして物を乗っけたりして、右手のサポートも可能です。
A右膝内側擦り傷

これは軽傷だったので、医者での治療も無し、自分でメンソレ塗ってただけです。
10日も経っちゃったのですっかりキレイになってますけど、
(毛が濃いっていうのはここでいうキレイさとは関係ないです)
膝のまわりがちょっと黄色く変色してるんですけど、
実はこの部分押さえると結構痛いんですよ。
B左膝外側擦り傷

こっちは結構傷が深く、写真を撮る前日までは消毒と塗り薬の治療受けてました。
ケガの次の日でも血が滲んでましたからね。
だから、消毒の際も痛かったです。
あと、ふくらはぎの部分にも擦り傷があったんですけど、
そっちはごく軽傷だったんでもうほとんど目立ちません。右端にちょこっと映ってますけどね。
C右肩打撲による腱痛

右肩の動きは6割ぐらいで、筋が痛くて上に上がらない状態です。
と言っても、腱の部分なんで外からの見た目じゃ全然分かりません。
ただ痛み的にいうと、脱臼リハビリ中のような状態で現在一番痛いかもしれません。
それと、これも見た目では分からないのですが、
二の腕の裏側、肘のちょっと上あたりの筋肉を痛めています。
これは左手と右肩が思い通りに使えないので、
その分使える部分を無理に使った結果、あとから痛めちゃったものです。
しかたないかなぁと思います。
ああ、あと腕の真ん中らへんが、バナナか桃が傷んだような色してますが、
これは見た目に比べてあんまり痛くないので、ご心配なく。
D右肘擦り傷および右腕打撲による内出血
見た目がひどいので写真はこちら。
かなりいっちゃっています。
右肘の部分の擦り傷が今回の擦り傷の中では一番ひどくて、
2週間経った今でも、消毒と薬を塗ってもらってんですけど、
消毒のときに相当しみります。
治療中に自分でも傷口見たんですけど結構えぐれておりました(傷口の写真は無いです)。
それから腕の裏側ですが、相当いい感じで変色しちゃってます。
さっきも書きましたけど、これは見た目ほど痛くはないので心配はいりません。
多分転んで滑ったときに、右手でかなり体重を支えていたんだと思います。
肘は服が破れちゃったのすりむいてますけど、
腕は服は破れてないけど滑っちゃったせいで内出血になっちゃったのではないかと思います。
青いところと黄色いところがあるんですけど、
色の変化的には青→黄→正常か黄→正常という変化をたどるんですが、
どちらか言えば痛いのは黄色の時です。
でも押さえたりしない限り痛くないので、ほっとけばそのうち治ると思います。
そんな感じで結構ひどい転倒をしたんだなと伝わると思いますが、
えろじゅんは至って元気にしております。
ケガを除けば逆にいつもより調子がいいぐらいです。
あっちこっちいっちゃってますが、
ちゃんと回復方向にあるので時間かければ治ると思います。
それではまた続きのネタができたら報告します。
9月11日(水) 『あれから1年』
今日9月11日と言えば、さんざんニュースで言っているように
米国での同時多発テロから1年です。
えろじゅんは1年前、テレビでその光景をずっと見ていました。
見始めたのは2機目の飛行機が世界貿易センタービルに突っ込んだ直後から、
その後ペンタゴンにも墜落した様子や、世界貿易センタービルが崩れていく様子。
そしてVTRで何度も流されるビルに飛行機が衝突する瞬間を夜遅くまで見ていました。
事実はあまりにも淡々と過ぎていました。
衝突するシーン、崩れ落ちるシーン共に映画と比べると、
不必要な派手さもなく、とてもあっさりと起こっており、
「本当に衝突した時ってこんなにサクッって感じぶつかるんや、
崩れるのも前触れもなく突然起こるんや」
などという不謹慎な関心を抱いていました。
阪神大震災のときといい、この米国でのテロといい、
映し出されてる映像が脚色も何にもない事実であることは認識できますが、
あまりにも日常とかけ離れているために、その感度がえろじゅんには理解できませんでした。
それから1年たって世界が変わったかと言えば
大きくは変わってないとしか言いようがありません。
アルカイダは壊滅状態になったかもしれませんが、
テロはなくならないし、アメリカは今度はイラクに対して武力行使するとか言っている次第です。
アメリカのテロに対して絶対屈服しない、徹底抗戦すると言う姿勢は
アメリカの歴史的背景などもあるのでしょうが、
結局、力で解決しようとしても別の憎しみを生むだけで同じ事が繰り返されるだけです。
テロの犠牲者の家族で
「憎しみや報復でなく、本当の平和のための教訓にして欲しい」
そんな感じのことを言っている人がいましたが、
全くその通りだと思いますが、
そう簡単に変われないのも人です。
冷静に判断すると、えろじゅんが生きている間に
テロや戦争のない世界はやってこないと思います。
戦争は有史以来ずっと行われてることですし、
人類みんなが争わないと言う意識を持たない限りなくならないだろうし、
ちょっとでも好転すればそれでいいのではないかと思います。
そんなことをいろいろ言っても、所詮は戦争も知らないし、
平和ボケしちゃってるえろじゅんが言ったところで説得力も何にもないんですけどね。
でもよく平和ボケしちゃってる日本のことを危機意識がないと非難されますけど、
平和ボケしちゃう日本の国民性、
世界平和から見たらそれも一つの形じゃないかと思う、えろじゅんです。
(そんな単純な問題でもないけどね)
9月3日(火) 『転倒 〜骨折判明編〜』
日曜の夜、相模原から電車で家に帰り着いたのは11:30頃だった。
当初、右肩の痛みが一番大きかったのだが、
バイク屋に着いた頃には、既に左手首が腫れ痛みもかなり出ていた。
電車で帰ってる間に、その痛みはどんどん増し、
帰り着いた時点ではほとんど使い物にならなかった。
晩飯を食べていなかったので、コンビニに買い物に行ったのだが、
おにぎりを持つだけで激痛が走るような状態であった。
とりあえず自分の部屋にたどり着き、あらためて格好を見直すと、
Tシャツ、デニムの厚手のシャツ、Gジャン、下はジーパンという出で立ちだったのだが、
右肘部分はGジャンもデニムのシャツも破れてしまい、肌に直接触ることができ、
ジーパンもスネの部分などが破れていた。
もちろん運転していたときにはめていたグローブも破れてしまっている。
これでもジーンズは普段着ている服の中では、かなり丈夫な生地である。
それでもこんなにぼろぼろになっているのだから、
転倒したときの勢いはかなりのものだったと簡単に想像がつく。
明らかに肘や膝が服の中でケガしているのが感触で分かる。
『とにかく服を脱がなくては』と思い脱ごうとするが、
『ん? んん? んんん? どうやったら脱げるんや』、
この時のえろじゅんの体の状況は、
@左手首役立たずの上に、腕を上げたりするだけでも激痛が走る。
A右肩動かすと痛くていつもの30%ぐらいの限定可動(上や後ろへの動きは不可)。
右も左も動かんかったら、一人で脱げるわけないやん。
出っぱっているところに引っかけてみたりといろいろ試してみるがいまいち思い通りにならない。
服と格闘すること15分、どうにもならないので意を決して限界一杯まで動かしてみる。
なんとかGジャンとデニムのシャツは脱げたが、『痛いー』、脂汗が出てくる。
まだ、その下にTシャツがあるのだが、これはどうにもならないので諦めることにした。
次にズボンに移ったが、こっちは比較的簡単に脱げた。
それでも腕をある程度使うので痛いものは痛かった。
とりあえず、自分でケガのチェックをしてみたところ。
左手首、腫れて動かすと激痛有り。
右肩、筋を痛めたのかなんかであんまり動かない。これもかなり痛い。
右肘、右膝、左膝、左スネにはすり傷がある。
右肘と左膝のすりむけ方が特に激しく見えるが、
実際には皮一枚むけてるだけなので消毒して薬を塗っておけば大丈夫そうである。
まさにジーンズ様々である。
他にも軽い打ち身はあっちこっちにあったが、転倒すればこれぐらいは仕方のないところである。
問題は左手首と右肩。
これはほっといてどうこうなるものでもない。
何か手を打たなければひどくなるのは明白であった。
かといって今更、救急病院とか探して行くほどの気力もない。
応急処置さえしておけば、朝まではなんとかなるだろう。
両方とも転倒の衝撃で炎症を起こしているわけだから、
とにかく冷やすことが大事。
幸い、1月の脱臼の時の薬や湿布が残っている。
それらを使って左手首の処置は簡単に終わったが、右肩が何ともならない。
やっぱりTシャツを脱がなきゃいけない様である。
しばらく奮闘していたがうまくいかなかったので、ちょっと無理をして脱ぐことにした。
結構辛かったが、やっと脱げた。
これで右肩に湿布が貼れると思ったが、左手に力が入らないため意外と苦労した。
両方の処置が終わるとかなり落ち着いた。
とりあえず、軽くご飯を食べて寝ることにした。
右肩は湿布の効果で楽になったが、左手首の熱の持ち方はかなりのもので、
しばらくすると湿布の上から触ってもでも熱が伝わってくるほどであり、
夜中に2回湿布を取り替えた。
月曜の朝起きると、左手首が動かせなかった。
どうもかなりの重傷な感じである。
朝イチで病院に行くことにする。
近くの通い慣れた整形外科に行った。
受付で診察券を出すと、「どうしたん」と目を丸くして言われた。
えろじゅんすっかり顔なじみになっているので、
診察券を出すまでもなく誰だかバレている。
しかも、来るときは決まって大ケガしたときなので、そんな驚いた感じの対応をとられた。
「バイクで転んじゃって、左手首と右肩がかなり痛いんです」
「右肘もひどいね」
「あと、両膝も結構すりむいているんですけど」
「じゃあ、バイクで転んだって書いとくね」
そんなやりとりをしたあと、じきに診察室に呼ばれた。
先生に「どこが痛いと聞かれ」
「左手首が一番痛くて、あと右肩が」と言うと、
左手を掴まれ、「ここは痛い?」と聞かれて手の甲の部分を押される。
「うっ、痛いです」
「じゃあ、ここは?」と言って別の部分を押さえる。
「そこも痛いです」
「それじゃあ、こっちは?」と言って、今度は手の平のふくらんだトコを押さえる。
「い、痛いです」
「ふーん、そっか。肩はどう、これは痛い?」と言って肩を動かす。
「いや、痛くないです」
「こっちは?」、別の方向に動かす。
「それも痛くないです」
「よし、じゃあレントゲン撮ろう」
そういわれて、えろじゅんは撮影室に行ってレントゲンを撮ることになった。
まずは右肩から。これはあんまり痛くないので問題なし。
次に、左手首。これはかなり痛い。
「手を広げて」と言われても、そう簡単広げられる状態じゃない。
それでもなんとか広げて、我慢して、撮影してもらう。
もう勘弁してって感じである。
そうやって、レントゲンの撮影が終わり、
現像が終わるまで、隣の部屋の椅子に座って待つ。
再び呼ばれて、診察室に入る。
「右肩は異常ありません。ちょっと強く打ってるだけです。
左手は折れてますね。」
「折れてますか。」
「親指の付け根のこの部分が折れてます。」
レントゲン写真の先生の指す部分を見ると、親指の付け根の骨に一本の黒い筋が入っていた。
確かに骨折してる。
「この部分って引っ付くのに時間がかかるんですよ。
それでこのへんからずっと添え木を当てて親指を固定します。」
と言って肘のちょっと先ぐらいから親指までを示した。
さらに先生は続けて、「2,3日はまだ腫れてくるので、仮留めをして患部を冷やしておきます。
それで……木曜日にギブスをしましょう。ギブスも仮留めもしている間は親指は使えません」
そう言うと、肘と膝のすり傷の手当、そして左親指の固定作業をし始めた。
程なく治療が終わると、えろじゅんの左腕にはこうきざえもんのドラグバイザーにも
負けないような立派な防具が装備されていた。
こうしてえろじゅんの左手は再び封印される運命になった。
9月1日(日) 『転倒 〜事故発生編〜』
「こける!!」、そう思った瞬間にえろじゅんの身体は空中に投げ出されていた。
バイクより前方に放り出されたため、うつぶせの状態で投げ出されていた。
視界の中に手が入っていたので、多分、手から道路に突っ込んだと思われる。
グローブ越し、Gジャン越しに手の平と腕にアスファルトのこすれる感覚が伝わる。
勢いがついているため簡単には止まらない。
ズザザザ、ザー
いつまでも、いつまでも滑り続けているような感覚であった。
そんな状況の中でも、バイクが自分の後ろを滑っているのは感じ取れた。
自分がどんな体勢で滑っているかは分からなかったが、
ただ、後ろから自分のバイクに突っ込まれるのだけは、とても怖かった。
当たらないでくれと心の中で祈った。
見えていたのかどうか良く覚えていないが、
えろじゅんの体はセンターライン方向に流れているのが分かった。
バイクが路肩寄りを火花を散らしながら滑っていくのが、えろじゅんの視界の中を横切った。
バイクには当たらない。
そう悟ったとき、決して喜べるような状況ではないにもかかわらず一安心した。
4,5m位滑ったのだろうか?
ようやく、止まった。
体は?
動く。
痛みは?
右肩が結構痛む。でも動かせる。
今いる位置は?
センターライン付近。
とりあえず身の安全を確保しなくては。
えろじゅんは路肩へ向かってかけだした。
道の外の斜面部分に体を預けて、一呼吸した。
「転倒してもた……」
そんなことが、金曜日の日記『梨』、
土曜の日記『やっぱり小林麻央ちゃんはいい』、
あと北海道ツーリング日記も書かなくてはと思っていた
日曜日の夕暮れ時に起こった。
この日の時間をさかのぼってみると、
はじまりはごく普通のツーリングだった。
午前9時前に藤野PAにどひゃりんことつかちゃん(仮称)とえろじゅんが集合。
今回の富士山ツーリングのはじまりである。
今日の目的はつかちゃんがNewマシーン、ZZ-R1100に慣れるためのツーリングである。
まずどこへ行こうかということで、「富士すばるライン」で五合目まで行こうと決定!
今日の天気は快晴、ということで絶好のツーリング日和。
雪がないので赤っぽい富士山の姿もくっきりと見える。
すばるラインを上りはじめ、一合目、二合目と登っていくと、
グッと気温が下がってくるのが感じられた。
三合目まで来ると、雲がとっても近くに見える。
手を伸ばせば届きそうだった。
そして四合目、富士山中腹に見えていた雲を突き抜け、青空の富士山頂が見えた。
五合目まで行くと雲がまたでてきて眺望はイマイチであったが、
かなりの人でにぎわっており、日本人だけでなくいろいろな国の人がいた。
五合目でしばらく時間をすごしたあと、
道の駅なるさわに併設されている温泉「ゆらり」に向かった。
夏休み最後の日のためか「ゆらり」は結構混んでいた。
本来なら湯船につかりながら、富士山の姿がドドンと見えるはずなのだが、
残念ながら富士山のとこだけ雲がでており姿をはっきり見ることができなかった。
風呂を出たあとに昼飯を食うことにしたが、
ここでえろじゅんに異変があった。
飯を食い始めると極度の胸やけに襲われ、
食事もそこそこで、トイレで吐くことになった。
原因は寝不足? 五合目で食ったトウモロコシ? 風呂上がりの牛乳? 湯あたり?
どれもが原因であるようなないような感じであったが、
とにかく胃の中のものを全部吐いたあと、駐車場の木陰で横になることにした。
とても心地よい風が吹いていたので、
3人とも熟睡の昼寝モードに入ってしまった。
しばらく寝ていると、大地からの精気を受けたためか、えろじゅんはかなり回復した。
そろそろ家路に帰らなくてはならない時間になっていたので、
帰りのルートを考えたところ、山中湖から道志村を抜け相模湖にいたり、
そこから中央道で帰ることにした。
途中一部渋滞もあれば、
山中湖畔から傾きかけた太陽を背にした絶景の富士山が見えたりなどということもありつつ、
道志村の道の駅に着いた。
ちょっと休憩したあと、中央道までのラスト区間ということでスタートした。
その直後に冒頭の転倒事故が起こった。
転倒直前のえろじゅんの精神状態は、胸やけもすっかり収まりノリノリの状態であった。
また、道も適度に曲がっており、走り込むのにはちょうどいい感じであった。
リアのタイヤを替えたばっかりでグリップ力が良かったのと、
前方に車の列が見えていたことで、
えろじゅんはいいライン取りをすることよりも、
コーナーでどのくらいまで倒し込めるか練習をしながら走っていた。
右−左の連続コーナーが見えた。
一つ目のコーナーに対して大きめに回り込んだ、
イメージしたよりちょっとながれてしまったが、回りきるのには問題はなかった。
すぐに二つ目のコーナーがくる。
あまり減速をせずに、強引に切り返して車体をコーナー出口の方に向けた。
タイヤを過信しすぎていた。
大きくスリップした感覚があった後、フロントが激しく沈み込み、
コントロールを完全に失い、ハイサイドという状態に陥ってあとは投げ出されるしかなかった。
転倒したときのライン取りを極端にイメージした図

斜面にもたれかかって、一息つくことでまわりの状況を確認した。
バイクが道に転がったまんまである。
幸い、今回の場合は対向車もなく単独の転倒事故で済んだ。
後ろを走っていたどひゃりんこが近くにバイクを止め、
転がっていたバックをすみによけた後、バイクを起こして路肩に寄せようとしていた。
その様子は見えていたが、それらの作業はどひゃりんことつかちゃんにまかせた。
それは、事故った本人は気が動転して邪魔なだけかもと思えたし、
それに気付いてないだけで大けがしている可能性も捨てれなかったからである。
だから、最初に自分の体を確かめてみた。
痛いところは? 右肩。
脱臼にまでは至っていないようだし、上には上げられないものの
強く打ちつけただけで、大事ではなさそうである。
他に痛いところは? アスファルトにこすりつけられたためヒリヒリする箇所があるが、
すり傷、打ち身程度で特に問題なし。
血が流れ出ている様子もないので、これもよし。
そこまで確認した後で、立ち上がり二人の手伝いに行った。
一通り端に寄せ終わった後、改めてバイクを見たが、
右グリップ周辺がかなり破損している。
破損状況と体の調子から言って、ちょっと乗って帰るのは無理な状況である。
どうしよう?と思っていたときに、
一台の車が路肩に止まった。
スキンヘッドの見た目ちょっといかつい人が降りてきて、
「転んだん?」と尋ねてきた。
「ええ」と答えると。
「動かせる?」と聞かれた。
「無理そう」と言うと、
相模原のバイク屋の店長さん知り合いやから、
連絡して引き取りにきてもらおうということになり、
携帯で連絡をしてくれてしばらく待つことになった。
そのスキンヘッドの方はFさんという名前で、
自分もバイクを乗っており、たまたま通りかかったら事故ってるみたいなんで
声をかけてみたという、とっても親切な人であった。
最も、過去にFさん自身が転んで助けられたことがあるみたいで、
ほっとけなかったらしい。
そんなこんなで、星がとってもきれいに見える中、
一時間ちょっとその場所で待っているとバイク屋さんのトラックが到着した。
積み込み作業が行われ、バイクがトラックにのっけられる。
それから、相模原のバイク屋さんまでFさんの車にのっけてもらい向かうことになった。
このへんから、左手首に痛みが走るようになり、少し腫れてきた。
小一時間走ると相模原のバイク屋につき、預け入れの手続きをした。
バイクに関しては一通りのことを済ませたので、
後は自分が家に帰ることだけである。
タンデムできれば、自分たちで帰れるのだが、
左手首の痛みがかなり増していたので、
運転することはもちろん、後ろに座ってしがみつくこともできそうになっかたので、
最後までFさんのお世話になって相模原の駅まで送ってもらった。
左手首が一番重傷かもと思いながらも、
電車に乗って、ようやく千葉への家路につくことになった。
事故ってしまったことは今更どうしようもないし、
ちゃんと動けてるだけでも良かったと思わなければならない。
どひゃりんこ、つかちゃん、Fさんにはかなり迷惑をかけてしまった。
素直に感謝するしかない。
今後は、事故らないようにすることはもちろん大事だが、
Fさんの様に他人の困った現場に出くわしたときに
助けられるようになれることが大切だと思った。