土
現在用いている陶土は
筑北村 本城(田土) 10数年前、近所の農業用水路工事中、地下約3mから採掘したもの
灰黒色、礫、砂分が多いが、粒子は極めて細かい。
上田市 染屋(田土) 2,3,4層で異なるが、鉄分が極めて多く、収縮率が高い。
備前 平池(田土) 緋色がきれい。
土はブレンドせず、それぞれの持ち味を生かすため、基本的に単身で使います。
土作りは、十分乾燥させた原土を、木槌で細かく叩き、水を張った素焼き鉢に戻し、粘土化します。
さらに手で小石や礫などを取り除き、用います。作品の厚みや形状により、取り除く礫の大きさを変えたり、水簸した土を用いることもあります。



上田市染屋土
筑北村本城土
器肌の色は、酸化、還元という焼成方法に影響される一方、土に含まれる鉄分の量によっても、大きく左右されます。
下の写真は、村の公民館の作陶場にある電気窯で、試験的に焼いてもらったサンプルです。

完全酸化焼成ですが、その肌色は、上田染屋>備前平池>筑北本城の順に赤みが強く、その鉄分の量はおおざっぱですが推測できます。
このことから、酸化焼成では、緋色については、上田染屋は、しぶく濃い緋色、備前平池は、さわやかな明るい緋色が期待でき、また、還元焼成では、筑北本城は、須恵器風の灰黒色の器肌が期待できます。
現実の焼成では、種々な条件が加わり、またその時々で変化しますので、一概には言えませんが、一般的にはそのよう期待ができるといえそうです。また、この期待が、私から見た土の特性になるのかもしれません。
窯
1号窯
1994年に、家族総出で3ヶ月かけて、古い窯の廃材(日干し煉瓦)を用い築きました。もう15年以上、30数回焚いていますが、まだまだ元気、大好きな窯です。
構造は、半地下式穴窯で、窯本体が全長12m、煙道部分6m、焼成部分高さ1.7m、幅2.5m、 作品を入れる部分高さ1.5m、幅1.5mです。傾斜は18度、煙道はそれより多少きつくなっています。
酸化焼成をねらって、引きを強くするために、傾斜度、煙道の工夫や窯床を無段にするなどして、なるべく明るい色がとれるよう心がけ、築きました。
以前は、備前の土を用いていましたが、最近は、主に上田染屋土を用いて、10日間、最初から最後まで、松割木のみで焼成しています。また、火盾に使うサヤに中には、白い器肌に緋襷がかかることをねらって、耐火度の強い本城土を使うこともよくあります。
2号窯
1998年に、地元筑北村の本城土を焼くために、還元用の窯を築きました。 2基目ということもあり、3週間ぐらいで完成しました。天日干し煉瓦を使いたかったのですが、手に入らず、一般に普及している耐火煉瓦のB級品を用いました。
全体的には、1号窯と基本構造は同じですが、傾斜を10度ほどに抑えたり、窯後部を絞り込むなどの工夫をして、還元焼成に、より適したものとしました。窯本体長さ6m、煙道部分6m。
主に、本城土を用い、須恵器風の焼きを求めて、約1週間かけて焼成しています。まだまだ焼成方法の工夫が必要と、研究中です。



江間 廣の焼締め陶
土と窯
やきものは、一に土、二に焼き、三に細工と言われていますが、時代の流れ、社会の変化と共に、それぞれの段階において、その技術、方法も変化していました。そのような中で、「やきものの原点」とは何かを問いつつ、特に土と焼成に関して、古来の方法で取り組んでいます。
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