【以前の私】
とある駅のホームの売店の壁にもたれていた私は、電車が入ってくる度に、線路に飛び込みたい衝動にかられていました。しかし、死ぬほどの勇気はなかったのです。
1998年冬、私の心は満たされない思いでいっぱいでした。何もかもがいやになってしまい、ストレスが限界にまで達していました。
システムエンジニアの仕事でも、失敗ばかりしていました。不安とあせりが、いつも心の中を支配していました。
しかし一方では、「こんな人生はおかしい。どこかが間違っている。人生はもっと有意義で楽しくなければならないはずだ。きっとどこかにその答えはある。」という思いもありました。
【インターネットでの出会い】
耐えられなくなった私は、カウンセリングを行なっている病院を探し始めました。もはや、自分の力ではどうしようもないことは明白でした。
インターネットで、カウンセリングとは何かを調べてみようと思いつき、「癒し」というキーワードでインターネットを全検索してみました。
その中に、「プログラマの心の健康」という、クリスチャンの方がつくったホームページがあったのです。
内容は、コンピューターの技術的な話や仕事をする上での考え方、文書の書き方のコツなどでしたが、「聖書の言葉」というページがあり、そこには、次の言葉が書かれていました。
『わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。』 イザヤ書43章4節
『恐れるな。わたしはあなたとともにいる。
たじろぐな。わたしがあなたの神だから。』 イザヤ書41章10節
『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。』 マタイの福音書11章28節
すぐに、これらの言葉が私の心にどっと流れ込んで来て、涙があふれてきました。
さらに、「豊かな人生のための4つの法則」というリンクがあり、そこには、次のことが書かれていました。
第1法則
神は、あなたを愛しておられ、あなたに素晴らしい人生を与えようとしておられます。
第2法則
人は罪を犯して、神から離れてしまったので、神の愛と計画とを知ることも、体験することもできないのです。
第3法則
イエス・キリストだけが、人の罪を解決するお方です。
あなたもイエス・キリストによって、神の愛と計画とを知り体験することができます。
第4法則
私たちは、イエス・キリストを罪からの救い主、主として受け入れる必要があります。その時、神の愛と計画とを知り体験することができます。
私は、思い切って信じることにしました。
「キリストに賭けてみよう…!」
自分ではなく、イエス・キリストに自分を委ねるということは、まさしく冒険以外の何物でもなく、バンジージャンプのような心境になりました。今までの生き方を捨て、自分の全てをキリストに委ねて、飛び込んで行くのです。
私は、生まれて初めて、神様に祈りました。
「主イエス様、私はあなたを必要としています。
あなたが、私の罪のために十字架で死んでくださったことを感謝します。
私は、今、あなたを私の罪からの救い主、主としてお迎えいたします。
私の全ての罪を赦し、永遠のいのちを与えてくださり感謝します。
私の心の王座で、私の人生を導いてください。
私をあなたが望んでおられるような者に変えてください。アーメン。」
翌朝、不思議な気持ちでした。通勤するとき、確かに気のせいではなく、何かが変わったことに気がつきました。
心の中で、いつも神様に話しかけるようになったのです。本当に、細かいことまで、イエス様に話しかけるようになりました。
【不思議なこと】
ある日の明け方、ぐっすり寝ていた私は、ふと口を大きくあけたい気になりました(もちろん欠伸ではありません)。
そこで、思いのとおりに大きく口をあけたところ、「カチャッ」というカメラのシャッターのような音がしました。
実は、私は中学生くらいから口を大きくあけることができず、顎がゆがんでいたのですが、その日以来、いやされました。
うれしくて、鏡の前で、口をあけたり閉じたりしたことを覚えています。
イエス様の十字架の焼き印を、鍔関節に押された気がしました。
『あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。』 詩篇81章10節
仕事も祝福され、高評価でした。それまでは、考えられないことでした。
【教会へ】
その後、「4つの法則」の発行元である宣教団体キャンパスクルセードに紹介して頂き、近くの田園宮前チャペルという教会に導かれ、洗礼を受けました。
最初は、土曜日の礼拝から参加するようになりました。
牧師や教会員の方々との本音と愛のこもった関係により、信仰が成長していきました。
その結果、日曜日の午後の礼拝、そして午前中の礼拝や祈祷会にも集えるようになっていきました。
その教会で、妻と出会い、結婚に導かれました。
【現在の私】
現在の私は、エクレシア桜でご奉仕し、新しい賛美を制作し、社会での仕事も主への礼拝と位置付け、「仕えること」を大切にし、励んでいます。
自分の全てを通して、キリストの素晴らしさを人々に伝えていきたいと思っています。
『主の山には備えがある。』 創世記22章14節
この救いの証をお読みくださったあなたに、キリストの恵みと平安と喜びが増し加えられ、豊かな祝福がありますように、心からお祈りいたします。 |