「主よ。義はあなたにありますが、顔をおおう恥(神の裁き)は私たちにあります。今日あるとおり、それはユダの人々、エルサレムの住民にあり、また、近くであれ遠くであれ、あなたが追い散らされた先のあらゆる国々にいる、すべてのイスラエルにあります。」 エルサレムが破壊され、神の民がバビロン捕囚になっていることである。
「彼らがあなたの信頼を裏切ったためです。主よ。顔をおおう恥は私たちにあり、私たちの王たち、首長たち、および先祖たちにあります。私たちはあなたに対して罪を犯してきました。あわれみと赦しは、私たちの神、主にあります。まことに、私たちは神に逆らいました。私たちは、私たちの神、主の御声に聞き従わず、しもべである預言者たちによって神が私たちに下さったみおしえにも、従って歩むことをしませんでした。イスラエルはみな、あなたの律法を犯して離れ去り、御声に聞き従いませんでした。そのため、神のしもべモーセの律法に書かれているのろいの誓いが、私たちの上に降りかかりました。私たちが神の前に罪ある者であったからです。神は、大きなわざわいを私たちにもたらすことで、かつて私たちと、私たちを治めた指導者たちに対して告げられたみことばを成就されたのです。エルサレムの上に下ったほどのわざわいは、今まで天下になかったことです。このわざわいはすべて、モーセの律法に書かれているとおりに、私たちの上に下りました。しかし私たちは、不義から立ち返って、あなたの真理によってさとくなれるように、自分たちの神、主に願う(御顔を宥める)こともありませんでした。主はそのわざわいを下そうと待ち構えていて、それを私たちの上にもたらされました。私たちの神、主のなさったみわざはすべて正しく、私たちが御声に聞き従わなかったからです。しかし今、私たちの神、主よ。ご自分の民を力強い御手をもってエジプトの地から導き出し、今日あるとおりに名を成された神よ。私たちは罪を犯して、悪を行いました。主よ。あなたのすべての義のわざにしたがって、どうか御怒りと憤りを、あなたの都エルサレムから、あなたの聖なる山から去らせてください。私たちの罪と私たちの先祖たちの咎のゆえに、エルサレムとあなたの民が、私たちの周囲のすべての者にとってそしりの的となっているからです。私たちの神よ。今、あなたのしもべの祈りと願いを聞き入れ、主ご自身のために、あなたの荒れ果てた聖所に御顔の光を照り輝かせてください(神の祝福と顧みを与えてください)。私の神よ。耳を傾けて聞いてください。目を開いて私たちの荒れすさんださまと、あなたの御名がつけられている都をご覧ください。私たちが御前に伏して願いをささげるのは、私たちの正しい行いによるのではなく、あなたの大いなるあわれみによるのです。主よ、聞いてください。主よ、お赦しください。主よ、心に留めて事を行ってください。私の神よ、あなたご自身のために、遅らせないでください。あなたの都と民には、あなたの名がつけられているのですから。』 私がまだ語り、祈り、自分の罪と自分の民イスラエルの罪を告白し、私の神の聖なる山のために、私の神、主の前に伏して願いをささげていたとき、すなわち、私がまだ祈りの中で語っていたとき、私が初めに幻の中で見たあの人ガブリエルが、すばやく飛んで来て私に近づいた。それは夕方のささげ物を献げるころであった。彼は私に悟らせようとしてこう告げた。『ダニエルよ。私は今、悟りによってあなたを賢明にさせようとして出て来た。あなたが願いの祈りを始めたとき、一つのみことばが出されたので、私はそれを伝えに来た。あなたが特別に愛されている者だからだ。そのみことばを聞き分けて、その幻を理解せよ。あなたの民とあなたの聖なる都について、七十週(一週は7年なので、490年/神が定めた期間)が定められている。それは、背きをやめさせ、罪を終わらせ、咎の宥めを行い(咎を贖い)、永遠の義をもたらし、幻と預言を確証し、至聖所に油注ぎを行うためである。」 これらのことは、キリストの贖罪から、千年王国と新しいエルサレム時代に成就する。
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