エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2022年5月
5月1日 【七つの燭台の真ん中におられる方C】 黙示録1:20
 「あなたがわたしの右手に見た七つの星と、七つの金の燭台の、秘められた意味について。七つの星は七つの教会の御使いたち、七つの燭台は七つの教会である。」 教会は、キリストの光を世に輝かす。
 「このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」マタイ5:16
 「このように、主よ、あなたの敵がみな滅び、主を愛する者が、力強く昇る太陽のようになりますように。」士師記5:31
 「賢明な者たちは大空の輝きのように輝き、多くの者を義に導いた者は、世々限りなく、星のようになる。」ダニエル12:3
 「正しい人の進む道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。」箴言4:18
 「そのとき、正しい人たちは彼らの父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい。」マタイ13:43
 「知恵のある者とされるにふさわしいのはだれか。物事の解釈を知っているのはだれか。人の知恵は、その人の顔を輝かせ、その顔の固さを和らげる。」伝道者8:1
 「それから彼女は帰って食事をした。その顔は、もはや以前のようではなかった。」Tサムエル1:18
 「最高法院で席についていた人々が、みなステパノに目を注ぐと、彼の顔は御使いの顔のように見えた。」使徒6:15
 「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」ピリピ4:6-7 
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5月8日 【エペソの教会への手紙@】 黙示録2:1-3
 「エペソにある教会の御使い(奉仕者/使徒)に書き送れ。」 エペソは、アジア州の中では、最も重要で最大な都市であった。また、宗教の中心地であり、その中心は、アルテミス信仰であった。アルテミス神殿はエペソにあり、主要な産業は、この女神の像を生産することであった。パウロはエペソに滞在し、教会を建て上げた。

 「ですから、私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがた一人ひとりを訓戒し続けてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。」使徒20:31 ヨハネは、長期間にわたって、エペソで奉仕した。

 「“右手に七つの星を握る方、七つの金の燭台の間を歩く方が、こう言われる──。」 イエスのご自分の教会と指導者たちを統治する力と権威を示す。イエスは、全教会の間を歩まれ、常に見守っておられる。
 「そよ風の吹くころ、彼らは、神である主が園を歩き回られる音を聞いた。」創世記3:8
 「わたしはあなたがたの間を歩み、あなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる。」レビ記26:12

 「わたしは、あなたの行い、あなたの労苦と忍耐を知っている。また、あなたが悪者たちに我慢がならず(偽りの教えを説く者たちをそのままにせず)、使徒と自称しているが実はそうでない者たちを試して、彼らを偽り者だと見抜いたことも知っている。」 エペソの教会は、神の言葉を善悪を判断する基準とし、偽の使徒たちを調べ、拒絶した。
 「あなたはよく忍耐して、わたしの名のために耐え忍び、疲れ果てなかった(くじけることがなかった)。」
 「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。」イザヤ40:31 
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5月15日 【エペソの教会への手紙A】 黙示録2:4-6
 「けれども、あなたには責めるべきことがある(しかし、あなたに言うべきことがある)。あなたは初めの愛から離れてしまった(今では、初めに愛していたようには愛していない/初めの愛を捨ててしまった)。」 エペソの教会は、かつては愛のある教会として称賛された。

 「こういうわけで私も、主イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対する愛を聞いているので、祈るときには、あなたがたのことを思い、絶えず感謝しています。」エペソ1:15-16 愛を弱めるものから、信仰を守る必要がある。
 「この命令が目指す目標は、きよい心と健全な良心と偽りのない信仰から生まれる愛です。」Tテモテ1:5
 「こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。」Tコリント13:13

 「だから、どこから落ちたのか思い起こし、悔い改めて初めの行いをしなさい。そうせず、悔い改めないなら、わたしはあなたのところに行って、あなたの燭台をその場所から取り除く(世の光としての働きができないようにしてしまう)。」 もはや教会が、世の光としての機能を果たしえなくなる。教会は、愛のない道をたどっていくなら、消滅する。

「しかし、あなたにはこのことがある。あなたはニコライ派の人々の行いを憎んでいる(偶像崇拝と不道徳を行う、あのニコライ派を拒絶している)。わたしもそれを憎んでいる。」 神は、人々ではなく、人々の行いを憎んでおられる。ニコライには、民に勝つという意味がある。そこから、聖職者による階級組織を促進させる分派という説もある。全ての人々を愛し、受け入れるべきだが、どんな悪も大目に見てはならない。神は罪を許容せず、私たちがそれに対抗することを期待しておられる。 
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5月22日 【エペソの教会への手紙B】 黙示録2:7
 「耳のある者は、御霊が諸教会(ギリシャ語 エクレーシアス)に告げることを聞きなさい(御霊の神が諸教会に言っておられることが何を意味しているのか、よく考えてみなさい)。」 耳をもつ全ての者、地理的にも、時代的にも、世々の全ての教会に対して、語られている。

 「勝利を得る者(ギリシャ語 二コーン/信仰を貫き通した者)には、わたしはいのちの木から食べることを許す(命の木の実を食べさせよう)。それは神のパラダイス(庭園/楽園/天国/神の支配されている領域)にある。”」 アダムの堕落以後、いのちの木は、ケルビムと炎の剣によって、人間が近づけないようにされた。

 「こうして神は人を追放し、いのちの木への道を守るために、ケルビムと、輪を描いて回る炎の剣をエデンの園の東に置かれた。」創世記3:24
 「知恵は、これを握りしめる者にはいのちの木。これをつかんでいる者は幸いである。」箴言3:18
 「正しい人の結ぶ実はいのちの木。知恵のある者は人の心をとらえる。」箴言11:30
 「御使いはまた、水晶のように輝く、いのちの水の川を私に見せた。川は神と子羊の御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。こちら側にも、あちら側にも、十二の実をならせるいのちの木があって、毎月一つの実を結んでいた。その木の葉は諸国の民を癒やした。」黙示録22:1-2
 「自分の衣を洗う者たちは幸いである。彼らはいのちの木の実を食べる特権が与えられ、門を通って都に入れるようになる。」黙示録22:14
 「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。…あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになります。」ヨハネ15:5、8
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