エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2021年11月
11月7日 【王たちに救いを与える神A】 詩篇144:12-15
 「私たちの息子らが 若いうちから よく育てられた植木のようになりますように。私たちの娘らが 宮殿にふさわしく刻まれた隅の柱のようになりますように。」

 「そういうわけで、私はこう願っています。男たちは怒ったり言い争ったりせずに、どこででも、きよい手を上げて祈りなさい。同じように女たちも、つつましい身なりで、控えめに慎み深く身を飾り、はでな髪型や、金や真珠や高価な衣服ではなく、神を敬うと言っている女たちにふさわしく、良い行いで自分を飾りなさい。」Tテモテ2:8-10

 「私たちの倉は もろもろの産物で満ちますように。私たちの羊の群れは 私たちの野で幾千幾万となりますように。私たちの牛が子牛をよくはらみ(私たちの牛には荷が重く置かれ) 早産(死産)も流産もなく 哀れな叫び声が 私たちの町にありませんように(私たちの牛は労役をし、侵入する敵はなく、連行される者もいない。町には苦しみの叫びはない)。」
 指導者が固く立てられて、国は安全であるという解釈も可能である。主の民の平和と繁栄が描写されている。

 「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」マタイ6:33
 「幸いなことよ このようになる民は。幸いなことよ 主を自らの神とする民は。」 主を自らの神とし、敵の手から解放され、家庭と国に幸いがもたらされるように祈っている。

 「もし、あなたが、あなたの神、主の御声に確かに聞き従い、私が今日あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、主は、地のすべての国々の上にあなたを高く上げられる。あなたが、あなたの神、主の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたについて行く。」申命記28:1-2
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11月14日 【永遠にわたる王国@】 詩篇145:1-13
 詩篇145篇は、神の世界統治をたたえる歌である。
 「私の神 王よ」 たといダビデ自身が王であっても、まことの王は神おひとりである。神は全地の王であり、永遠の統治者である。神の王国の民も永遠である。

 「私はあなたをあがめます。あなたの御名を 世々限りなくほめたたえます(祝福します)。日ごとにあなたをほめたたえ あなたの御名を世々限りなく賛美します。主は大いなる方。大いに賛美されるべき方。その偉大さは 測り知ることもできません。代(世代)は代(世代)へと(後の時代においても) あなたのみわざをほめ歌い あなたの大能のわざを告げ知らせます。」 神の創造と救済の御業が、賛美とともに、子孫へ伝承される。

 「私は あなたの主権(威光)の栄光の輝き あなたの奇しいみわざを語り伝えます。人々はあなたの恐ろしいみわざ(敵に対する裁き)の力を告げ 私はあなたの偉大さを語ります。人々はあなたの豊かないつくしみの思い出をあふれるばかりに語り あなたの義(救いの御業)を高らかに歌います。」

 「主は情け深く あわれみ深く 怒るのに遅く 恵みに富んでおられます。主はすべてのものにいつくしみ深く そのあわれみは 造られたすべてのものの上にあります。」 神の王権は、愛とあわれみによる統治である。神は王として、公正に治めておられる。

 「主よ あなたが造られたすべてのものは あなたに感謝し(あなたを宣言し) あなたにある敬虔な者たち(聖徒)は あなたをほめたたえます。彼らはあなたの王国の栄光を告げ あなたの大能のわざを語ります。こうして人の子らに 主の大能のわざと 主の王国の輝かしい栄光を知らせます(知らせるために)。あなたの王国は 永遠にわたる王国。あなたの統治は 代々限りなく続きます。」 ダビデ王国は、主の王国の中に支えられていた。贖いよりも、統治が前面に出ている。
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11月21日 【永遠にわたる王国A】 詩篇145:14-21
 「主は倒れる者をみな支え かがんでいる者をみな起こされます。」 主は私たちを持ち上げ、重荷を担ってくださる。

 「あなたの重荷を主にゆだねよ。主があなたを支えてくださる。主は決して 正しい者が揺るがされるようにはなさらない。」詩篇55:22
 「ほむべきかな 主。日々 私たちの重荷を担われる方。この神こそ 私たちの救い。セラ」詩篇68:19
 「すべての目はあなたを待ち望んでいます。あなたは 時にかなって 彼らに食物を与えられます(あなたはその必要を時にかなって満たされます)。あなたは御手を開き 生けるものすべての願い(恵み)を満たされます。」 人間を含む全ての被造物に対する、神の摂理的配慮を描く。

 「主はご自分のすべての道(行動)において正しく そのすべてのみわざにおいて恵み深い(誠実な/不変な)方(全被造物を愛しておられます)。主を呼び求める者すべて まことをもって主を呼び求める者すべてに 主は近くあられます。」 神の人格的応答が記されている。

 「わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、あなたが知らない理解を超えた大いなることを、あなたに告げよう。」エレミヤ33:3
 「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪人たち、手をきよめなさい。二心の者たち、心を清めなさい。」ヤコブ4:8
 「主を求めよ、お会いできる間に。呼び求めよ、近くにおられるうちに。悪しき者は自分の道を、不法者は自分のはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。」イザヤ55:6-7
 「主は ご自分を恐れる者と親しく交わり その契約を彼らにお知らせになる。」詩篇25:14
 「また 主を恐れる者の願いをかなえ 彼らの叫びを聞いて 救われます。すべて主を愛する者は主が守られます(世話をする)。しかし 悪しき者はみな滅ぼされます。私の口が主の誉れを語り すべて肉なる者(全人類)が聖なる御名を 世々限りなくほめたたえますように(代々とこしえに聖なる御名をたたえます)。」
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11月28日 【主に望みを置く@】 詩篇146:1-7
 詩篇146篇から150篇は、冒頭と末尾から、ハレル(ヤ)詩篇と呼ばれる。

 「ハレルヤ。わがたましいよ 主をほめたたえよ。私は生きているかぎり 主をほめたたえる。いのちのあるかぎり 私の神にほめ歌を歌う。」

 「あなたがたは君主(高貴な者)を頼みとしてはならない。救いのない人間の子を。霊が出て行くと 人は自分の土に帰り その日のうちに彼の計画は滅び失せる(権力者や人間に信頼を置いてはならない。彼らは救うことができない。死んでしまえば土に帰り、それですべての計画はおしまいだ)。」 人を究極的な拠り所とする生き方への警告である。地位の高い君主たちも人間にすぎず、真の救済力をもっていない。真に頼るべきは、神である。

 「土のちりは元あったように地に帰り、霊はこれを与えた神に帰る。」伝道者12:7

 「主はこう言われる。『人間に信頼する者はのろわれよ。肉なる者を自分の腕とし、心が主から離れている者は。そのような者は荒れ地の灌木。幸せが訪れても出会うことはなく、焼けついた荒野、住む者のいない塩地に住む。主に信頼する者に祝福があるように。その人は主を頼みとする。その人は、水のほとりに植えられた木。流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、実を結ぶことをやめない。」エレミヤ17:5-8

 「幸いなことよ ヤコブの神を助けとし その神 主に望みを置く人。」 神との新しい契約の中にある人のことである。

 「主は 天と地と海 またそれらの中のすべてのものを造られた方。とこしえまでも真実を守り 虐げられている者のためにさばきを行い(保護し) 飢えている者にパンを与える方。主は捕らわれ人を解放される。」 
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