エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2021年9月
9月5日 【御前への香A】 詩篇141:5
 「正しい人が真実の愛をもって私を打ち 頭に注ぐ油で私を戒めてくれますように。私の頭がそれを拒まないようにしてください。」 神の警告と訓練、懲らしめと矯正は、時として一時的な苦痛を伴うが、究極的には益となる。批判と破壊的なものではなく、生産的なものとしよう。

 「むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において、かしらであるキリストに向かって成長するのです。」エペソ4:15

 「聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。神の人がすべての良い働きにふさわしく、十分に整えられた者となるためです。」Uテモテ3:16-17

 「すべての訓練は、そのときは喜ばしいものではなく、かえって苦しく思われるものですが、後になると、これによって鍛えられた人々に、義という平安の実を結ばせます。」へブル12:11

 「主は私のたましいを生き返らせ 御名のゆえに 私を義の道に導かれます。たとえ 死の陰の谷を歩むとしても 私はわざわいを恐れません。あなたが ともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖 それが私の慰めです。私の敵をよそに あなたは私の前に食卓を整え 頭に香油を注いでくださいます。私の杯は あふれています。」詩篇23:3-5

 「彼らが悪行を重ねても なおも私は祈ります。」 祈りのうちに、忍耐することが記されている。

 「しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」マタイ5:44

 「しかし、これを聞いているあなたがたに、わたしは言います。あなたがたの敵を愛しなさい。あなたがたを憎む者たちに善を行いなさい。あなたがたを呪う者たちを祝福しなさい。あなたがたを侮辱する者たちのために祈りなさい。」ルカ6:27-28 
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9月12日 【御前への香B】 詩篇141:6-10
 「彼らのさばき人たちが 岩の傍らに投げ落とされるとき(古代の死刑法) 彼らは私のことばが どんなに優しいものだったかを知るでしょう(彼らの指導者たちが崖から突き落とされる時、彼らは初めて私の語った言葉に気付きます/彼らは私のことばを聞くだろう。なぜなら私のことばは心地よいからである)。」 悪者たちの指導者たちに、突然、裁きが降りかかる時、その指導者たちに従っていた者たちは、喜んで詩人に聞き従うだろう。悪しき者たちの失脚は、神の訓練の時が終わったことを示す。悪人が正しい者の叱責によって、悪い行ないを改めるように祈っている。

 「人が地を掘り起こして砕くときのように 私たちの骨はよみ(死者の世界/顧みられない物)の入り口にまき散らされました。」 主に従う者たちが受ける、迫害の激しさの表現である。

 「私の主 神よ まことに 私の目はあなたに向いています。」 神に優先権を与えている。神への信頼と待望である。

 「私はあなたに身を避けています。私のたましい(命)を危険にさらさないでください(放り出さないでください)。どうか 彼らが私に仕掛けた罠から 不法を行う者の落とし穴から 私を守ってください。私が無事に通り過ぎるとき 悪者が自分の網に陥りますように(悪しき者がこぞって自らの網に落ちますように。私はその間に逃れ去ります)。」 動物を捕らえるために仕掛ける網は、敵が神の民を陥れるために使う策略の象徴である。神の助けによって、多くの網をくぐり抜ける。人々の策略からの救出と、悪者の自業自得を祈っている。

 「主はご自身を知らしめさばきを行われた。悪しき者は自分の手で作った罠にかかった。」詩篇9:16

 「これを聞くと、会堂にいた人たちはみな憤りに満たされ、立ち上がってイエスを町の外に追い出した。そして町が建っていた丘の崖の縁まで連れて行き、そこから突き落とそうとした。しかし、イエスは彼らのただ中を通り抜けて、去って行かれた。」ルカ4:28-30
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9月19日 【御名に感謝する祈り@】 詩篇142:1-4
 詩篇142篇は、ダビデが洞窟にいた時に、嘆きと苦しみの中で、ささげられた祈りである。ダビデは敵から逃れるために、洞窟に隠れた。困難な状況の中で、主に希望を託し、救いを待ち望む祈りがささげられた。祈りは、神との人格的対話である。 

 「声をあげて 私は主に叫びます。声をあげて 私は主にあわれみを乞います。」 激しい祈願である。

 「私は御前に自分の嘆きを注ぎ出し 私の苦しみ(悩み)を御前に言い表します。私の霊が私のうちで衰え果てたときにも あなたは(あなたこそ) 私の道(小道/生活)をよく知っておられます。」「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広く、そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門はなんと狭く、その道もなんと細いことでしょう。そして、それを見出す者はわずかです。」マタイ7:13-14

 「私が歩くその道に 彼らは罠(詩人を陥れる策略)を仕掛けています。ご覧ください 私の右(保護者、弁護者、守護者が立つ位置)に目を注いでください。私には 顧みてくれる人がいません。私は逃げ場(避け所)さえも失って 私のいのちを気にかける(魂のために求める)人もいないのです。」 詩人は孤独であり、孤立した状態にあった。

 「同じように御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、何をどう祈ったらよいか分からないのですが、御霊ご自身が、ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださるのです。人間の心を探る方は、御霊の思いが何であるかを知っておられます。なぜなら、御霊は神のみこころにしたがって、聖徒たちのためにとりなしてくださるからです。神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。」ローマ8:26-28
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9月26日 【御名に感謝する祈りA】 詩篇142:5-7
 「主よ 私はあなたに叫びます。『あなたこそ私の避け所(逃れ場) 生ける者の地での(この世においての) 私の受ける分(私が必要としているすべてです/あなたは私の求めているすべてです)。」 詩人は、神に祭司的献身をしている。

 「割り当ての地は定まりました。私の好む所に。実にすばらしい 私へのゆずりの地です。」詩篇16:6

 「しかし 私にとって 神のみそばにいることが 幸せです。私は 神である主を私の避け所とし あなたのすべてのみわざを語り告げます。」詩篇73:28

 「どうか 私の叫びに耳を傾けてください。私はひどくおとしめられていますから。私を迫害する者(追跡者)から救い出してください。彼らは私よりも強いのです。」

 「子どもたち。あなたがたは神から出た者であり、彼らに勝ちました。あなたがたのうちにおられる方は、この世にいる者よりも偉大だ(力がある)からです。」Tヨハネ4:4

 「私のたましいを牢獄(非常に困難な状況/挫折した状況/霊魂の苦しみ)から助け出し 私があなたの御名に感謝するようにしてください。」 詩人は、たましいの解放を祈っている。それは、希望と結びついた信仰の将来の告白である。

 「そしてわたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。」ヨハネ14:16

 「私たちの主イエス・キリストの父である神、あわれみ深い父、あらゆる慰めに満ちた神がほめたたえられますように。神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。それで私たちも、自分たちが神から受ける慰めによって、あらゆる苦しみの中にある人たちを慰めることができます。私たちにキリストの苦難があふれているように、キリストによって私たちの慰めもあふれているからです。」Uコリント1:3-5
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