エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2021年2月
2月7日 【主の名によって祝福あれ@】 詩篇129:1-4
 詩篇129篇は、敵の中にあっても、主が守ってくださるという信仰の告白である。 

 「『彼ら(迫害した外国)は 私(選民イスラエル)が若いころ(出エジプトとカナン入国当初)からひどく私を苦しめた。』」 イスラエルを憎む者は、神の民を苦しめ続けた。
 「さあ イスラエルは言え。『彼らは 私が若いころからひどく私を苦しめた。しかし 彼らは私に勝てなかった。』」 イスラエルと教会は、初期の頃から迫害されてきたが、決して滅ぼされなかった。迫害者の無情な仕打ちも、神の民を完全に打ち倒すことはできなかった。

 「わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てます。よみの門もそれに打ち勝つことはできません。」マタイ16:18
 「では、これらのことについて、どのように言えるでしょうか。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。」ローマ8:31、37
 「『耕す者たちは私の背に鋤をあて 長いあぜを作ったが(彼らは私の背中をむちで切り裂いたが、私を打ちのめすことはできなかった)。』」 悪しき敵対者たちが与えた苦痛が、背中の傷跡によって代表される。背中をむちで打って傷跡をつけ、みみず腫れにした。地が耕されるように、イスラエルの民は奴隷として、背中にむちを受けて傷つけられた。

 「それでピラトは、イエスを捕らえてむちで打った。」ヨハネ19:1
 「しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。」イザヤ53:5
 「主は正しくあられ 悪しき者の綱を断ち切られた(主は正しいお方で、悪人が巻きつけた縄を引きちぎられた)。」 主に逆らう者たちは、様々な方法で神の民を攻撃し、傷つけるが、神の民は生き延びた。このことは、神が正義を確立しようとしていることを示している。激しく憎まれながらも、民が生き延びたことは、イスラエルの保護者を証した。牛のように綱に繋がれていたイスラエルを、主は解放してくださった。神は抑圧者たちの攻撃を撃退された。詩人は、神による解放を確信した。神は災いの中にある者に、救いを決して忘れない。しばらくの試練の後に、救いの約束を果たしてくださる。

 「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあって永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみの後で回復させ、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。」Tペテロ5:10
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2月14日 【主の名によって祝福あれA】 詩篇129:5-8
 「シオン(主の民/イスラエル)を憎む者はみな 恥を受けて退け。」「わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される。」創世記12:3 「彼らは 伸びないうちに枯れる屋根の草のようになれ(彼らを、抜かれる前に枯れてしまう屋根に生える草のようにしてください)。」 屋上に生えた雑草は、強い日差しによって枯れる。

 「そのようなものを刈り取る者はつかまず 束ねる者も抱えることはない(それは簡単に引き抜かれてしまいます/刈り入れる者はその手を 穂を束ねる者はその懐を満たすことがない)。」 ひ弱な一時的な成長である。雑草は収穫をもたらさない。

 「あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく朽ちない種からであり、生きた、いつまでも残る、神のことばによるのです。『人はみな草のよう。その栄えはみな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは永遠に立つ』」Tペテロ1:23-25

 「世と、世の欲は過ぎ去ります。しかし、神のみこころを行う者は永遠に生き続けます。」Tヨハネ2:17

 「通りがかりの人も 『あなたがたに主の祝福があるように。主の名によって祝福あれ』と言うことはない。」 嘲る者たちは、神から切り離されてしまったことで、既に罰せられている。「私たちは主の名によって あなたがたを祝福する」と解することもできる。

「死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。」箴言18:21
 「しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」マタイ5:44
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2月21日 【全ての不義から贖い出される@】 詩篇130:1-4
 詩篇130篇は、悔い改め(向きを変えて元いた所に帰ること)の詩篇である。

 「主よ 深い淵(苦悩と逆境のどん底/苦難と危機/絶望に近いこと)から私はあなたを呼び求めます(深い悩みの中から、私はあなたに祈り求めます)。」 淵は、滅びを表わす。

 「主よ 私の声を聞いてください。私の願いの声(嘆き祈る声)に耳を傾けてください。」 神に向かって叫ぶことは、真に助けることのできる唯一の方へと、私たちの意識を向ける。罪の告白から、神の憐み、赦し、贖いへと祈りはつながる。

 「主よ あなたがもし 不義(過ち)に目を留められるなら(あなたが私の罪を御心に留めておられるなら/見張るなら/保存するなら) 主よ だれが御前に立てるでしょう(わが主よ、誰が耐えられましょう)。しかし あなたが赦してくださるゆえに あなたは人に恐れられます(しかし、あなたは赦してくださるお方なので、畏れかしこまれるのです/しかし、赦しはあなたのもとにあります。あなたが畏れられるために)。」 崇敬と信頼の念である。主に赦しがあるからこそ、主への畏怖が生まれる。神の赦しは、人間に再起の機会を提供する。赦しは、神の本質である。

 「彼らは聞き従うことを拒み、彼らの間で行われた奇しいみわざを思い出さず、かえってうなじを固くし、かしらを立てて、逆らって奴隷の身に戻ろうとしました。それにもかかわらず、あなたは赦しの神であり、情け深く、あわれみ深く、怒るのに遅く、恵み豊かであられ、彼らをお捨てになりませんでした。」ネヘミヤ9:1

 「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」Tヨハネ1:9 神の通信回線は、完全に開かれている。  
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2月28日 【全ての不義から贖い出されるA】 詩篇130:5-8
 「私は主を待ち望みます。私のたましいは待ち望みます。主のみことばを私は待ちます(私は御言葉に望みを置いています)。私のたましいは 夜回りが夜明けを まことに 夜回りが夜明けを待つのにまさって主を待ちます。」
 主の訪れの朝は、確実に定まっている。絶えることのない希望、神への新しい感謝、献身のために待ちわびる姿が歌われている。

 「イスラエルよ 主を待て。主には恵み(慈しみ)があり 豊かな贖い(捕虜の身代金を支払うこと/賠償金を支払って解放すること)がある(イスラエルは、主に望みを置きなさい。主は愛に満ち、確実に救ってくださるからである)。」

「主、主は、あわれみ深く、情け深い神。怒るのに遅く、恵みとまことに富み、恵みを千代まで保ち、咎と背きと罪を赦す。」出エジプト34:6-7

 「主は すべての不義(過ち)から イスラエルを贖い出される。」
 主は、罪のゆえに混乱に陥ってしまったご自分の民を救ってくださる。罪を贖い、赦し、苦しみから解放してくださる神を、切に待ち望んでいる。主を待ち望む者は、神の愛と憐みと配慮と慈しみを体験する。

 「キリストは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心な選びの民をご自分のものとしてきよめるため、私たちのためにご自分を献げられたのです。」テトス2:14

 「それは、罪が死によって支配したように、恵みもまた義によって支配して、私たちの主イエス・キリストにより永遠のいのちに導くためなのです。」ローマ15:20-21

 「まことに 私のいのちの日の限り いつくしみと恵みが 私を追って来るでしょう。私はいつまでも 主の家に住まいます。」詩篇23:6 
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