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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2021年1月 |
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| 1月3日 |
【主は愛する者に@】 詩篇127:1-2 |
詩篇127篇は、人間の努力に勝る神の配慮が歌われている。神への依存と神からの祝福が、全生活の基盤であることを教える。神の祝福に万事が依存している。
「主が家(神の家/エルサレム/イスラエル)を建てるのでなければ 建てる者の働きはむなしい(建てる者たちが働いても、無駄である/それを建てる人々は 空しく労苦することになる)。」
家屋の建設とともに、家庭生活を築き上げること(家庭形成)も意味する。
「主が町(聖都エルサレム)を守るのでなければ 守る者の見張りはむなしい(見張り番が立っていても、無駄である/守る人は空しく見張ることになる)。」 神への信仰の一致が必要である。
「あなたがたが早く起き 遅く休み 労苦(辛苦/苦痛/重労働)の糧を食べたとしても それはむなしい(労苦を重ねても、無駄である)。実に(本当に) 主は愛する者に眠りを与えてくださる(主は、その愛する者には、眠っている時でも、必要なものを備えてくださるからである/眠っている間に このように備えてくださる)。」 神の祝福なしには、人間的労苦はむなしい。主は、労働と信仰の従順に伴う平安と憩いを十分に与えてくださる。人々が安心して眠り、不安や心配から解放されて生活することを、神は願っておられる。主に信頼して眠る者に、主は生活に必要なものを与えてくださる。
「人を富ませるのは主の祝福。人の苦労は何も増し加えない。」箴言10:22 |
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| 1月10日 |
【主は愛する者にA】 詩篇127:1-2 |
「主が家を建てるのでなければ 建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ 守る者の見張りはむなしい。あなたがたが早く起き 遅く休み 労苦の糧を食べたとしても それはむなしい。実に 主は愛する者に眠りを与えてくださる。」 敬虔な人々のくつろぎと、怠惰ではない実り豊かさが歌われている。神を愛し、神から愛される生活の充実感と祝福である。
「それゆえ主は、あなたがたに恵みを与えようとして待ち、それゆえ、あわれみを与えようと立ち上がられる。主が義の神であるからだ。幸いなことよ、主を待ち望むすべての者は。」イザヤ30:18
「その夜、主の使いが出て行き、アッシリアの陣営で十八万五千人を打ち殺した。人々が翌朝早く起きて見ると、なんと、彼らはみな死体となっていた。」U列王記19:35
「こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。」Tコリント13:13
「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」ピリピ4:6-7 「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」マタイ6:33 |
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| 1月17日 |
【主は愛する者にB】 詩篇127:3-5 |
「見よ 子どもたちは主の賜物(ゆずり/相続地) 胎の実は報酬。若いときの子どもたちは 実に勇士の手にある矢のようだ。幸いなことよ 矢筒をその矢で満たしている人は。彼らは門で敵と論じるとき 恥を見ることがない(子供たちは、主から授かったもので、主から恵みとして与えられたものである。若い時に与えられた子供は、父親と一緒に、戦うことができる。ああ、なんと幸いなことだろう、多くの子供が与えられている人たち。彼らは、敵に対して負けることがない)。」 出産は、時別な恵みの賜物であり、子供は、神からの一方的な恵みである。若い時のこどもたちは、両親が老いた時には、成人として力を発揮し、両親に代わって働き、両親を守る。早く成人して、父と並んで敵に立ち向かえる。勇士の手にある矢のように役に立つ。子が多ければ、日々の仕事を手伝わせ、老後の面倒も見てもらえた。多くの力強い子供を持つ親は、討論や商取引や裁判の場である町の門で、成長した子供たちが父を支援して、家族の利益を守り、有利に立った。主からの賜物としての子供は、祝福のしるしであり、明らかな資産となる。しっかり据えられた家族は、十分な富であり、栄誉である。神の家であるイスラエルに多くの子供が与えられることによって、戦いを有利に進めることができ、降伏を勧める敵の脅しに屈する必要がない。攻め寄せる敵への防備と勝利となる。
「確かにわたしは、あなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように大いに増やす。あなたの子孫は敵の門を勝ち取る。」創世記22:17 |
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| 1月24日 |
【主を恐れる人の祝福@】 詩篇128:1-3 |
「幸いなことよ 主を恐れ 主の道を歩む(生活と行動を表わす)すべての人は。」 真の幸福と繁栄を手にするのは、神を恐れ尊んで生きる敬虔な人である。そこには、神との正しい関係と、神から学んだ習慣の服従がある。
「あなたがその手で労した実り(疲れる程、働いて生じた生産物)を食べること それはあなたの幸い(神を恐れ、律法に従う者が、神から祝福されている状況) あなたへの恵み(あなたの両手の産物をあなたは確実に食することができ、幸いと良いことがあなたに来る/あなたの手が労苦して得た実は 必ずあなたが食べる/祝福され、繁栄する)。」 勤労の実を楽しむことは、神からの賜物である。そこに、幸福で幸せな実感をもつ。勤労の実が無駄になることはないという、労働の祝福である。
「主は右の手と力強い腕によって誓われた。『わたしはあなたの穀物を再び敵に食物として与えはしない。あなたが労して作った新しいぶどう酒を、異国の民が飲むことはない。取り入れをした者が、それを食べて主をほめたたえ、ぶどうを取り集めた者が、わたしの聖所の庭でそれを飲む。』」イザヤ62:8-9
「あなたの妻(神からの賜物)は 家の奥(中心)で たわわに実るぶどうの木(豊かな実りと神の祝福の象徴)のようだ。」 妻の信仰深さをたたえている。
「あなたの子どもたち(将来の希望と祝福)は 食卓を囲むとき まるでオリーブの若木(諸々の若枝)のようだ。」 オリーブの木は、命と力の象徴である。オリーブの若木は、養育されるべき柔軟な成長を表わす。 |
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| 1月31日 |
【主を恐れる人の祝福A】 詩篇128:4-6 |
「見よ 主を恐れる人は 確かに このように祝福を受ける。」 神の祝福は、豊かな収穫、健康な子供に多く恵まれるという形で現われる。神の召命と祝福への感謝である。
「主がシオン(神を礼拝する天地のエルサレム/主が臨在の場として選ばれ、王として座しておられる所/忠実な者たちの集会)からあなたを祝福されるように。あなたは いのちの日の限りエルサレムへのいつくしみ(エルサレムの繁栄/幸い)を見よ。」 エルサレムの繁栄は、神の民全体の繁栄につながっている。個人的な祝福が、共同体であるキリストの教会の祝福と切り離せないことを教える。祝福の目的は、祝福を与えることである。家族の将来は、シオンとイスラエルの繁栄と堅く結びつけられている。神の祝福は、神の家があるシオンから来る。
「あなたの子らの子たちを見よ。イスラエルの上に平和があるように。」 長寿と平和を祈っている。エルサレムの再建と繁栄の基盤が、家庭の祝福にあり、家庭の祝福の基盤は、主を恐れ、主の道に歩むことにある。勤労の祝福と家庭の平和は、神への恐れと信頼から与えられ、神の民全体の平和を生み出す基盤となる。良い家庭生活は、神に従うことの報酬である。神を礼拝し、神の言葉に従うことは、家族をあるべき形とする基礎である。秩序づけられた生活の平穏な祝福は、敬虔な人物から家族へ、エルサレムとイスラエルと世界へと拡がる。そこには、安定と平和という、ふさわしい実を結ぶ敬虔がある。
「ハレルヤ。幸いなことよ。主を恐れ その仰せを大いに喜ぶ人は。その子孫は地の上で勇士となり 直ぐな人たちの世代は祝福される。繁栄と富はその家にあり 彼の義は永遠に堅く立つ。」詩篇112:1-3
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