|
| |
| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
| |
| 2020年11月 |
|
| 11月1日 |
【エルサレムの(主の家)の平和A】 詩篇122:5-9 |
「そこには さばきの座(法廷) ダビデの家の王座があるからだ。」 王座は、さばきの座である。エルサレムの慕わしさの理由の一つは、そこで、ダビデ王朝が統治していたことである。エルサレムは、イスラエルの礼拝と立法・行政・司法の中心地である。公正なさばきは、支配者の第一の義務である。公正から、平和と繁栄が実る。
「エルサレムの平和(完全性/健康/義/繁栄/守り)のために祈れ。『あなたを愛する人々が安らかであるように(栄えるように)。あなたの城壁の内に 平和があるように。あなたの宮殿(エルサレム全都)の内が 平穏(幸せな平穏さと繁栄/平安/一致)であるように。』」 エルサレムは、神殿だけでなく、城壁も宮殿(邸宅)も建っている。真の平和は、神との平和から来る。正義が平和をもたらす。聖都エルサレムの平和は、神の民全体の平和と繁栄の基礎である。エルサレム(平和の基礎)がその名のごとく、真の平和の町、平和の都となり、平和の源となるようにとの祈りである。「私の兄弟 友のために さあ私は言おう。『あなたのうちに 平和があるように。』」 エルサレムに住んでいる兄弟と友のための、平和と祝福の祈りである。「あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。」エペソ6:18
「私たちの神 主の家のために(最大の理由) 私はあなたの幸い(繁栄)を祈り求めよう。」 イスラエルの中心であるエルサレムの神の家の繁栄が、国に真の敬虔をもたらす。「民は、自分から進んでエルサレムに住もうとする人々をみな祝福した。」ネヘミヤ11:2
「神の家とは、真理の柱と土台である、生ける神の教会のことです。」Tテモテ3:15
「しかし、あなたがたが近づいているのは、シオンの山、生ける神の都である天上のエルサレム、無数の御使いたちの喜びの集い、天に登録されている長子たちの教会、すべての人のさばき主である神、完全な者とされた義人たちの霊、さらに、新しい契約の仲介者イエス、それに、アベルの血よりもすぐれたことを語る、注ぎかけられたイエスの血です。」へブル12:22-24 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 11月7日 |
【天の御座に着いておられる方に@】 詩篇123:1-2 |
詩篇123篇は、この世界で体験している憎しみと嘲りを神が終わらせてくださることを期待しながら、助けと慰めを求めて神を見続けている、神に従う謙遜な人々のことを描いている。嘲りと蔑みの中にある教会が、神に目を向けて信仰と忍耐を続ける姿である。神の守り以外に救いはない。裕福な人々が蔑む者を、神は保護してくださる。神に目を向け、祈り続けるようにということである。
「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。」へブル12:2
「こういうわけで、あなたがたはキリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。」コロサイ3:1
「あなたに向かって 私は目を上げます。」 信仰をもって、神に心を向ける姿を示す。目を上げるといる表現は、助けと指示を求める信頼の姿である。
「天の御座に着いておられる方(世界の王/支配者)よ。」 神の超越性と普遍性を表わす。神は天の御座に座すが、契約の箱も、地上における神の御座、天地が出会う天の御座の象徴と見なされた。
「まことに しもべたちの目が主人の手に向けられ 仕える女の目が女主人の手に向けられるように 私たちの目は私たちの神 主に向けられています。主が私たちをあわれんでくださるまで(あわれみが注がれるのを待っています)。」 良き物を享受するのに、もっぱら主人の手に期待した。神のあわれみの御手が伸ばされるのを待望した。主の来臨を注意深く待つ忠実で従順なしもべが、力の象徴である御手による守りと保護を求める姿である。自分の状況の上方へ目を向け、飛翔している受難者の祈りである。神の誠実な愛と知恵は、私たちの算定を超える。
「どうか、私たちのうちに働く御力によって、私たちが願うところ、思うところのすべてをはるかに超えて行うことのできる方に、教会において、またキリスト・イエスにあって、栄光が、世々限りなく、とこしえまでもありますように。アーメン。」エペソ3:20-21 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 11月15日 |
【天の御座に着いておられる方にA】 詩篇123:3-4 |
「あわれんでください 主よ あわれんでください。私たちは蔑みでいっぱいです(私たちは、ひどい侮辱に耐えています/蔑みは飽きるほど受けました)。」 蔑み(軽蔑)と嘲り(嘲弄)を詰め込まれた状態である。蔑みは人を傷つける。
「それゆえ主は、あなたがたに恵みを与えようとして待ち、それゆえ、あわれみを与えようと立ち上がられる。主が義の神であるからだ。幸いなことよ、主を待ち望むすべての者は。」イザヤ30:18
「私たちのたましいは 安逸を貪る者たち(平然と生きる者)の嘲りと 高ぶる者たち(高慢な圧迫者たち)の蔑みでいっぱい(沢山、満ちている)です(私たちの魂は飽きるほど受けました 高ぶる者らの嘲りを 傲慢な者らの蔑みを/私たちは、おごり高ぶる者たちの侮蔑に耐えています)。」
「しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に対して怒る者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に『ばか者』と言う者は最高法院でさばかれます。『愚か者』と言う者は火の燃えるゲヘナに投げ込まれます。」マタイ5:22
「主は、いつまでも見放してはおられない。主は、たとえ悲しみを与えたとしても、その豊かな恵みによって、人をあわれまれる。主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。」哀歌3:31-33
「あなたの重荷(将来/あなたに与えられているもの)を主にゆだねよ。主があなたを支えてくださる。主は決して 正しい者が揺るがされるようにはなさらない。」詩篇55:22
「まことに 御怒りは束の間 いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても 朝明けには喜びの叫びがある。」詩篇30:5 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 11月22日 |
【天地を造られた主の御名@】 詩篇124:1-5 |
詩篇124篇は、苦境からの救出を感謝する歌である。救済者なる神が誉めたたえられている。
「『もしも主が私たちの味方でなかったなら。」 さあ イスラエルは言え。」 神の民全体に、救いの御業への感謝を勧める。
「『もしも主が私たちの味方でなかったなら 人々が敵対してきたとき そのとき 彼らは私たちを生きたまま 丸呑みにしていたであろう。」
「主は私の味方。私は恐れない。人は私に何ができよう。」詩篇118:6
「では、これらのことについて、どのように言えるでしょうか。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の御子さえも惜しむことなく死に渡された神が、どうして、御子とともにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがあるでしょうか。」ローマ:31-32
「彼らの怒りが私たちに向かって燃え上がったとき そのとき 大水は私たちを押し流し 濁流は私たちを越えて行ったであろう。そのとき 荒れ狂う(不遜/高慢)水(高ぶった敵たちの態度)は 私たちを越えて行ったであろう(怒りの洪水が私たちを飲み込み、憎しみの激流が私たちを押し流し、逆巻く水が、私たちを押し流して行ったことだろう)。』」
敵を、破壊的な激流に見立てている。「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。ご存じのように、世界中で、あなたがたの兄弟たちが同じ苦難を通ってきているのです。あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあって永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみの後で回復させ、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。」Tペテロ5:8-10
「兄弟たちは、子羊の血と、自分たちの証しのことばのゆえに竜に打ち勝った。彼らは死に至るまでも自分のいのちを惜しまなかった。」黙示録12:11 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 11月29日 |
【天地を造られた主の御名A】 詩篇124:6-8 |
「ほむべきかな 主。主は私たちを 彼らの歯の餌食にされなかった。(主は彼らが私たちを傷つけることを許されず、) 鳥のように 私たちのたましいは 仕掛けられた罠から助け出された。罠は破られ 私たちは助け出された(私たちの魂は小鳥のように救い出された 仕掛けた者の網から。網は破れ、私たちは救い出された)。私たちの助けは 天地を造られた主の御名にある。」 網の支柱が倒れて、鳥を網に丸々包み込んでしまう罠。小鳥は、自分の力でかごや網から逃れることはできない。もっと大きな力が罠を破り、かごを壊すことによってのみ、逃れ得る。敵の攻撃からの救出を描く。同様に、イスラエルの解放と救いは、天地の主から来る。神の一方的な助けによる救いである。自らの骨折りは、更なる混乱を増すだけだったに違いない、囚われ人の解放の賛美である。この上なく恐ろしい攻撃と、この上なく無慈悲な束縛の下に置かれた神の民が、生き延びたことのゆえに、神を崇めている。
「あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。」Tコリント10:13
「ダビデはペリシテ人に言った。『おまえは、剣と槍と投げ槍を持って私に向かって来るが、私は、おまえがそしったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かう。』」
「主は私のたましいを生き返らせ 御名のゆえに 私を義の道に導かれます。」詩篇23:3
「皆さんも、またイスラエルのすべての民も、知っていただきたい。この人が治ってあなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの名によることです。この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」使徒4:10、12
「わたしが来たのは、羊たちがいのちを得るため、それも豊かに得るためです。」ヨハネ10:10
|
| メッセージのトップへ戻る |
 |