エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2020年10月
10月4日 【平和を語るA】 詩篇120:5-7
 「ああ 嘆かわしいこの身よ。メシェクに寄留し ケダルの天幕に身を寄せるとは(私は、主を憎む者たちの所にいるようだ)。」 メシェクは、イスラエルの北方にある国、黒海とカスピ海の間に住むヤペテの子孫、ケダルの天幕は、イスラエルの南東にある国、イシュマエルの第二子で、アラビヤ(シリア)砂漠に住む部族。アラビヤ人に属し、黒い天幕に住んでいた。詩人は、敵対する異邦人に囲まれ、故郷から離れている生活を嘆いた。現在の状態は、神礼拝の場から遠く離れ、異質で、和解しにくい者とともに住んでいた。

 「この身は 平和を憎む者とともにあって久しい(耐えがたい程に長い同居)。私が 平和を──と語りかければ(こちらから声をかけて、仲良くしようと努力して平和を語ると) 彼らは戦い(偽りの唇 欺きの舌)を求めるのだ(彼らはただ戦いを好む)。」 信仰者は、争いを好む者とともに生活している。信仰者の願い、言葉、思いは、平和そのものである。平和を願い、つくり出す者として、神との具体的な交わりを求め、エルサレム礼拝への旅を決意し、準備する。正義がなされる時、平和が生まれる。正義なくして、平和はない。

 「あなたがたを迫害する者たちを祝福しなさい。祝福すべきであって、呪ってはいけません。自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい。悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」ローマ12:14、18、21

 「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。」マタイ5:9
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10月11日 【とこしえまでの守り@】 詩篇121:1-5
 詩篇121篇は、神の助けを仰ぐ詩篇である。 

 「私は山(かの山々/シオンの山)に向かって目を上げる。」 エルサレムへの巡礼者が、シオンの山を目にした地点での歌である。「天地を造られた主が シオンからあなたを祝福されるように。」詩篇134:3 主はシオンにおられ、そこから祝福を送られる。

 「私の助けは どこから来るのか。私の助けは主から来る。天地を造られたお方から。」 人生の助けは、神から来る。私たちは、神以外のものに決して信頼するべきではない。神の不屈の見守りを超えるものはない。

 「人間に頼るな。鼻で息をする者に。そんな者に、何の値打ちがあるか。」イザヤ2:22
 「主は あなたの足をよろけさせず(主は、あなたの足が滑らないようにし) あなたを守る方は まどろむこともない。見よ イスラエルを守る方は まどろむこともなく 眠ることもない。主はあなたを守る方。」 神に終日に従う人は、いつも主に守られ、防御され、注意深く配慮されている。

 「主はあなたの右手をおおう陰(保護/守護)(あなたのそばにいて、守ってくださる方である)。」 人里離れた地域を通って、厳しい旅行をしている巡礼者にとって、保護は差し迫った必要である。利き腕の右の手を保護される、主なる神の恵みに信頼する。神は常に身近にいて、その民一人一人を助けられる。

 「あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりの時に現されるように用意されている救いをいただくのです。」Tペテロ1:5
10月18日 【とこしえまでの守りA】 詩篇121:6-8
 「昼も 日があなたを打つことはなく 夜も 月があなたを打つことはない(昼も夜も、あなたを損なうことがない)。」

 「しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」ローマ8:37-39

 「主は すべてのわざわいからあなたを守り あなたのたましいを守られる(主は、あらゆる危険からあなたを守り、あなたの命を見守っておられる)。」

 「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。」エペソ6:10-11 完全武装した生活である。

 「あなたがたは、忍耐することによって自分のいのちを勝ち取りなさい。」ルカ21:19
 「主はあなたを 行くにも帰るにも(あなたがどこへ行っても) 今よりとこしえまでも守られる。」
 「あなたを 行くにも帰るにも」とは、あなたの出るのと入るのと、外出から帰宅まで、全生活、出エジプトの救いから約束の地(御国)に入るまで、という意味である。神は巡礼の旅程に常に伴い、行きも帰りも守ってくださる。遠いエルサレムへの礼拝の旅にかかわる一切の不安を取り去る、神の約束と祝福が喜びを与えた。断固とした確信である。イスラエルの特権が、一イスラエル人にも確かなものとされた。約束は、巡礼者のさしあたっての関心事から、生活全体を保護することへと移行する。
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10月25日 【エルサレムの(主の家)の平和@】 詩篇122:1-4
 詩篇122篇は、エルサレムの平和と繁栄を求める祈りである。 

 「『さあ主の家(天幕/エルサレム神殿)に行こう。』 人々が私にそう言ったとき 私は喜んだ。」 主の家は、神の臨在を間近に覚える場所である。礼拝と聖霊の働きを通して、主と深く親しく交わり、主に頼る人々と神の愛を分かち合う場所である。真の礼拝のためのどのような集会にも、この喜びの縮図がある。

 「エルサレムよ 私たちの足は あなたの門の内に立っている(立っていた)。」 エルサレムに到着して、ついにそこに立った者の興奮した喜びの声である。エルサレムは、全ての国民にとって、礼拝と統治の中心地である。

 「あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びとともに栄光の御前に立たせることができる方、私たちの救い主である唯一の神に、私たちの主イエス・キリストを通して、栄光、威厳、支配、権威が、永遠の昔も今も、世々限りなくありますように。アーメン。」ユダ4-25

 「エルサレム それは 一つによくまとまった都(天幕をつなぎ合わせて一つとする礼拝の天幕作成)として建てられている(共に結合?統合/共有?されたところの町のように建てられているエルサレム!/諸部族、兄弟がともに統合するところの町として建てられたエルサレム/都として建てられ 家々の連なるエルサレムよ)。」 城壁内の町並みから、共同体の一体性を確認して喜んでいる。正しい秩序と、それを支配する聖なる統治がある。

 「そこには 多くの部族 主の部族が上って来る(上った)。イスラエルである証しとして(ヤハウェの御名をたたえるのは、イスラエルのおきて) 主の御名に感謝するために。」
 「あなたのうちの男子はみな、年に三度、種なしパンの祭り、七週の祭り、仮庵の祭りのときに、あなたの神、主が選ばれる場所で御前に出なければならない。主の前には何も持たずに出てはならない。」申命記16:16

 律法に従って、三大祭りには、盛大な巡礼がなされる。主の御名に感謝すると、統一と繁栄が与えられる。
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