エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2020年3月
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3月1日 【御心に留め祝福される主A】 詩篇115:14-18
 「主があなたがたを増やしてくださるように。あなたがたと あなたがたの子孫とを。」 子孫の数的繁栄は、大きな恵みのしるしである。「あなたがたが祝福されるように。天と地を造られた方 主によって。」 主は地を支配し、祝福してくだる。バビロン解放は、更に大きな祝福へのしるしである。

 「天は 主の天。地は 主が人の子らに与えられた(地は人にゆだねられた)。」 神は天で治めておられるが、地上の人間に権威を委ねられ、その人々とともに、またその人々を通して働かれる。神は、王としての栄光と威光と全地を治める力を人類に授けられた。神は自らに似せて人を造り、被造世界を治めるように命じられた。人間は地上における神の代行者、主の実質的な相続人、財産受託者である。

 「神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。『生めよ。増えよ。地に満ちよ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地の上を這うすべての生き物を支配せよ。』」創世記1:28
 「あなたの御手のわざを人に治めさせ 万物を彼の足の下に置かれました。」詩篇8:6 

 「死人は主をほめたたえることがない。沈黙へ下る者たちも(主を賛美するのは 死者ではなく 沈黙の国に下った人々でもない)。しかし 私たちは主をほめたたえる。今よりとこしえに至るまで。ハレルヤ。」 主への賛美は、生ける者の特権であり、人生の最高目的である。賛美には、神の永遠性と神とのいのちの交わりがある。
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3月8日 【全きいこいに戻れ@】 詩篇116:1-4
 詩篇116篇は、死からの救いの感謝が記されている。

 「私は主を愛している(私は主を愛した)。主は私の声 私の願いを聞いてくださる(嘆き祈る私の声を聞き/聞かれたから)。主が私に耳を傾けてくださる(傾けた)ので 私は生きているかぎり主を呼び求める。」 もっぱら神に信頼し、神を明白に礼拝する決意が記されている。主への祈祷は、主への愛の行為である。絶えざる祈祷の生活は、聞かれた祈祷の喜びから生まれる。

 「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。」Tヨハネ4:19 
 「死の綱(危険)が私を取り巻き よみの恐怖(締めつけ/苦境)が私を襲い(よみが私をしっかり握っていた) 私は苦しみと悲しみの中にあった(悩みと悲しみが私を襲った)。」 旧約聖書の詩歌では、死とよみは攻撃的で、生きている者を鷲づかみにして病気で衰弱させるか、意気消沈によって押しつぶす。絶望的な病気や、傷つけられ、幻滅させられる経験を表わす。

 「そのとき 私は主の御名を呼び求めた(呼び続けた)。『主よ どうか私のいのちを助け出してください。』」 サタンの猛攻撃に対する唯一の避難所は、主の御名である。祈りの緊急性が記されている。

 「主の御名を呼び求める者はみな救われる」ローマ10:13
 「わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、あなたが知らない理解を超えた大いなることを、あなたに告げよう。 」エレミヤ33:3
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3月15日 【全きいこいに戻れA】 詩篇116:5-9
 「主は情け深く 正しい。まことに 私たちの神はあわれみ深い。」 神の愛と義が語られ、祈りが応えられ、場面が変転したことに気づいた喜びが歌われている。

 「主、主は、あわれみ深く、情け深い神。怒るのに遅く、恵みとまことに富み、恵みを千代まで保ち、咎と背きと罪を赦す。」出エジプト34:6-7
 「私たちの主イエス・キリストを通して、神に感謝します。」ローマ7:25
 「こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。」ローマ8:1-2

 「主は浅はかな者(純真な人/未熟な者/単純素直な者)をも守られる。私がおとしめられた(低くなる/薄くなる/弱くなる)とき 私を救ってくださった。」 神の謙虚さゆえである。

 「私のたましいよ おまえの全きいこい(休息の完全性)に戻れ(私の魂は、安心していなさい/休息の場に帰れ)。主が おまえに良くしてくださったのだから。」

 「まことに あなたは 私のたましいを死から 私の目を涙から 私の足をつまずきから救い出してくださいました。私は生ける者の地で 主の御前を歩みます。」 死者の世界である陰府と対比され、瀕死の状態から解放されたことを示す。

 「まことに あなたは救い出してくださいました。私のいのちを死から。私の足をつまずきから。私が いのちの光のうちに 神の御前に歩むために。」詩篇56:13
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3月22日 【全きいこいに戻れB】 詩篇116:10-19
 「私は信じています。まことに私は語ります。」 神への信頼を表わす。「彼は望み得ない時に望みを抱いて信じ、『あなたの子孫は、このようになる』と言われていたとおり、多くの国民の父となりました。」ローマ4:18

 「私は大いに苦しんでいました。この私は恐れうろたえて言いました。『人はだれでも偽りを言う』と。」 誤れる人間依存心を捨てた。

 「主が私に良くしてくださったすべてに対し 私は主に何と応えたらよいのでしょう。私は救いの杯(神から人への賜物)を掲げ 主の御名を呼び求めます。私は自分の誓い(感謝のささげ物:願いが成就した時にささげられる)を主に果たします。御民すべての目の前で。主の聖徒たちの死は 主の目に尊い(重い/高く評価されている)。」 信仰者の生死を、神は重大事と見ておられる。主は忠実な人々の生涯を、注意深く見守っておられる。その人々の死は、神にとって大変価値がある。それは、天に入れられ、イエスと会うことができる時である。

 「わたしの父がわたしに与えてくださった者は、すべてにまさって大切です。だれも彼らを、父の手から奪い去ることはできません。」ヨハネ10:29 「ああ 主よ 私はまことにあなたのしもべです(あなたに仕える者です)。あなたのしもべ あなたのはしための子です。」 強力な1自発的な絆を表わす。

 「あなたは私のかせを解いてくださいました(あなたによって私の鎖は解かれ、あなたは私を自由にしてくださいました)。」 死の不安と悩みからの解放が語られている。

 「私はあなたに感謝のいけにえを献げ 主の御名を呼び求めます。私は自分の誓いを主に果たします。御民すべての目の前で。主の家の大庭で(あなたのおられる主の神殿で)。エルサレムよ あなたのただ中で。ハレルヤ。」 神殿での公的礼拝における表明、証言である。愛と信仰の炎が、神殿の真ん中に置かれて、他のものに火をつけ、いよいよ長く、より良く輝く。

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3月29日 【神礼拝への招き】 詩篇117:1-2
 詩篇117篇は、聖書のちょうど真ん中にある聖書で一番短い章であるが、その内容は、全世界的規模であり、最も影響力があり、最も生産的な詩篇の一つである。イスラエルの使命は、全世界を神礼拝へ招くことである。 

 「すべての国々よ 主をほめたたえよ。すべての国民よ 主をほめ歌え。」 異邦人も、主への賛美に招かれている。

 「私は言います。キリストは、神の真理を現すために、割礼のある者たちのしもべとなられました。父祖たちに与えられた約束を確証するためであり、また異邦人もあわれみのゆえに、神をあがめるようになるためです。『それゆえ、私は異邦人の間であなたをほめたたえます。あなたの御名をほめ歌います』と書いてあるとおりです。また、こう言われています。『異邦人よ、主の民とともに喜べ。』 さらに、こうあります。『すべての異邦人よ、主をほめよ。すべての国民が、主をたたえるように。』 さらにまたイザヤは、『エッサイの根が起こる。異邦人を治めるために立ち上がる方が。異邦人はこの方に望みを置く』と言っています。」ローマ15:8-12

 「その後、私は見た。すると見よ。すべての国民、部族、民族、言語から、だれも数えきれないほどの大勢の群衆が御座の前と子羊の前に立ち、白い衣を身にまとい、手になつめ椰子の枝を持っていた。彼らは大声で叫んだ。『救いは、御座に着いておられる私たちの神と、子羊にある。』」黙示録7:9-10

 「主の恵み(契約に基づく恵み/契約を持続させる愛)は私たちに大きい(優勢である)(その慈しみは私たちに力強く)。主のまことはとこしえまで。ハレルヤ。」 契約に明示された神の恩恵を歌っている。

 「主はこう言われる。『剣を免れて生き残った民は 荒野で恵みを見出す。イスラエルよ、出て行って休みを得よ。』 主は遠くから私に現れた。『永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに真実の愛を尽くし続けた。』」エレミヤ31:2-3 「まことに 私のいのちの日の限り いつくしみと恵みが 私を追って来るでしょう。私はいつまでも 主の家に住まいます。」詩篇23:6
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