エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2019年5月
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5月5日 【永遠の契約の成就A】 詩篇105:16-25
 「こうして主はききんを地の上に招き、パンのための棒をことごとく折られた(パンの蓄えをことごとく絶った)。主はひとりの人を彼らにさきがけて送られた。ヨセフが奴隷に売られたのだ。」 ヨセフは使命のための器として、さきがけて送られた。

 「彼らは足かせで、ヨセフの足を悩まし、ヨセフは鉄のかせの中に入った。彼のことばがそのとおりになる時まで、主のことばは彼をためした(正しいと証明した/実証された)。」 夢による約束が実現するまでのヨセフの試練――兄弟の憎しみやエジプトでの投獄や苦労のことである。

 「王は人をやってヨセフを解放し、国々の民の支配者(広範囲な領土を支配したエジプトの王)が、彼を自由にした。王はヨセフを自分の家のかしら(エジプトの大臣)とし、自分の全財産の支配者とした。これはヨセフが意のままに王の高官を縛り(矯正し)、王の長老たちに知恵を与えるためだった。」 ヨセフは、他の大臣を指導する程の権限をもっていた。

 「イスラエルもエジプトに行き、ヤコブはハムの地(エジプトはハムの子孫を見なされた)に寄留した。主はその民を大いにふやし、彼らの敵(苦しめる者たち)よりも強くされた。」 イスラエルの子孫は、エジプト寄留中にも、神の恵みを受けて増加した。

 「主は人々の心を変えて、御民を憎ませ、彼らに主のしもべたち(神の民イスラエル)を、ずるくあしらわせた(出エジプトの背景)。」神はイスラエルをエジプトの外に導く方法として、エジプト人たちの敵意を用いられた。パロの心の硬化が、かえって神の栄光を表す契機とされた。
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5月12日 【永遠の契約の成就B】 詩篇105:26-45
 「主は、そのしもべモーセと、主が選んだアロンを遣わされた(送られた)。彼らは人々の間で、主の数々のしるし(諸々のしるしの諸事実?言葉?)を行い、ハムの地で、もろもろの奇蹟を行った。」 しるしと奇蹟は、神からの通達である。

 「主はやみを送って、暗くされた。彼らは主のことばに逆らわなかった。」 エジプトの民衆が、イスラエルの出国に同意した決定的事件である。

 「主は人々の水(ナイル川とその支流)を血に変わらせ、彼らの魚を死なせた。彼らの地に、かえるが群がった。王族たちの奥の間にまで。主が命じられると、あぶの群れが来た。ぶよが彼らの国中に入った。主は雨にかえて雹を彼らに降らせ、燃える火(落雷)を彼らの地に下された。主は彼らのぶどうの木と、いちじくの木(エジプトの代表的な産物)を打ち、彼らの国の木を砕かれた。主が命じられると、いなごが来た。若いいなごで、数知れず、それが彼らの国の青物を食い尽くし、彼らの地の果実を食い尽くした。主は彼らの国の初子をことごとく打たれた。彼らのすべての力の初めを。」

 「主は銀と金とを持たせて御民を連れ出された。その部族の中でよろける者はひとりもなかった(落伍者は一人も無かった)。」 主はエジプトがイスラエルに好意をもつようにされたので、イスラエルはエジプトの高価な品物を携えて出発した。エジプトはイスラエルが求めるもの全てを与え、モーセを完全な尊敬をもって待遇した。

 「エジプトは彼らが出たときに喜んだ。エジプトに彼らへの恐れが生じたからだ。主は、雲を広げて(太陽の炎暑を防ぐ)仕切りの幕とし、夜には火を与えて照らされた。民が願い求めると、主はうずらをもたらし、また、天からのパンで彼らを満ち足らわせた。主が岩を開かれると、水がほとばしり出た。水は砂漠を川となって流れた。これは主が、そのしもべアブラハムへの聖なることばを、覚えておられたからである。主は御民を喜びのうちに連れ出された。その選ばれた民を喜びの叫びのうちに。主は、彼らに国々の地(カナンの地)を与えられた。彼らが国々の民の労苦の実を自分の所有とするために。これは、彼らが主のおきてを守り、そのみおしえを守るためである。ハレルヤ。」
 主のおきてを守り、そのみおしえを守ることこそが、救済史の目的である。悔い改めて、主に忠実に生き直すのである。

 「それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求が全うされるためなのです。」ローマ8:4
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5月19日 【主のいつくしみと恵み@】 詩篇106:1-18
 詩篇106篇は、イスラエルの不従順の罪の告白が記されている。

 「ハレルヤ。主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い(良いので)。その恵みはとこしえまで(その愛は永遠に続く)。だれが主の大能のわざを語り、そのすべての誉れをふれ知らせることができよう。幸いなことよ。さばきを守り、正義を常に行う人々は。」

 「主よ。あなたが御民を愛されるとき、私を心に留め、あなたの御救いのとき、私を顧みてください。そうすれば、私はあなたに選ばれた者たちのしあわせを見、あなたの国民の喜びを喜びとし、あなたのものである民とともに、誇ることができるでしょう。」

 「私たちは先祖と同じように罪を犯し(的を外し)、不義をなし(道からそれ/迷い出し)、悪を行った。私たちの先祖はエジプトにおいて、あなたの奇しいわざを悟らず、あなたの豊かな恵みを思い出さず、かえって、海のほとり、葦の海(紅海)で、逆らった。しかし主は、御名のために(神ご自身の契約への真実さによって)彼らを救われた。それは、ご自分の力を知らせるためだった。主が葦の海を叱ると、海は干上がった。主は、彼らを行かせた。深みの底を。さながら荒野を行くように。主は、憎む者の手から彼らを救い、敵の手から彼らを贖われた(子羊の血によって、救い出された)。水は彼らの仇をおおい、そのひとりさえも残らなかった。そこで、彼らはみことばを信じ、主への賛美を歌った。」

 「しかし、彼らはすぐに、みわざを忘れ、そのさとしを待ち望まなかった。彼らは、荒野で激しい欲望にかられ、荒れ地で神を試みた。そこで、主は彼らにその願うところを与え、また彼らに病を送ってやせ衰えさせた。」 荒野で食べ物(肉)を求めた罪が記されている。神のご計画に入っていないものを願い、追い求めることについては、注意しなければならない。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」マタイ4:4

 「彼らが宿営でモーセをねたみ、主の聖徒、アロンをねたんだとき、地は開き(地震による地割れ)、ダタンをのみこみ、アビラムの仲間を包んでしまった。その仲間の間で火が燃え上がり、炎が悪者どもを焼き尽くした。」 権威に対する反抗の罪と罰が記されている。 
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5月26日 【主のいつくしみと恵みA】 詩篇106:19-31
 「彼らはホレブ(シナイ山の別名)で子牛を造り、鋳物の像を拝んだ。こうして彼らは彼らの栄光(神)を、草を食らう雄牛の像(偶像)に取り替えた。彼らは自分たちの救い主である神を忘れた。エジプトで大いなることをなさった方を。ハムの地では奇しいわざを、葦の海のほとりでは恐ろしいわざを、行われた方を。それゆえ、神は、『彼らを滅ぼす』と言われた。もし、神に選ばれた人モーセが、滅ぼそうとする激しい憤りを避けるために、御前の破れに立たなかったなら、どうなっていたことか。」 モーセによる執り成しが記されている。御前の破れに立つとは、城壁の破れ口に立って、命がけで敵軍を撃退する勇士の比喩である。

 「しかも彼らは麗しい地(約束の地カナン)をさげすみ、神のみことばを信ぜず、自分たちの天幕でつぶやき、主の御声を聞かなかった。それゆえ、主は(手を上げ)彼らにこう誓われた。彼らを荒野で打ち倒し、その子孫を国々の中に投げ散らし、彼らをもろもろの地にまき散らそうと。」

 「彼らはまた、バアル・ペオルにつき従い、死者(死せる神)へのいけにえを食べた。こうして、その行いによって御怒りを引き起こし、彼らの間に神罰(打撃)が下った。そのとき、ピネハスが立ち、なかだちのわざをしたので、その神罰はやんだ(ピネハスが立って執り成すと疫病は収まった)。このことは、代々永遠に、彼の義と認められた。」 モアブ人の礼拝に加わり、偶像礼拝と不信仰に陥った罪と罰と執り成しによる赦しが記されている。

 「わたしがこの国を滅ぼさないように、わたしは、この国のために、わたしの前で石垣を築き、破れ口を修理する者を彼らの間に捜し求めたが、見つからなかった。」エゼキエル22:30 主は破れ口に立つ者を捜し求めておられる。この国が滅びないために、執り成す者となろう。
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