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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2018年8月 |
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| 8月5日 |
【聖なる山シオンの基@】 詩篇87:1-4 |
詩篇87篇は、神の都シオンの賛歌である。神がご自分の聖都のために備えている栄光に満ちた未来が描かれている。メシヤ的希望をもちつつ、シオンが神の都として世界の中心的位置を占めていることが歌われている(イザヤ2:2-4)。シオンは神の都として、世界の首都となる。全世界が神の国に包み込まれることを預言する歌である(黙示録21章)。シオンは神に選ばれた都であり、他の全ての場所にまさって、神に愛されている。シオンをたたえることは、それを選ばれた主をたたえることである。
「主は聖なる山(複数形/神の建造物/神殿がったシオンの丘)に基を置かれる。」神はシオンの山に、世界統治の本拠地を置かれる。エルサレムから世界を統治する神をたたえている。「主は、ヤコブのすべての住まいにまさって、シオン(場所と共同体の名前)のもろもろの門(城門)を愛される(主は、ほかのどの町にも勝って、このエルサレムを愛される/イスラエルの他の町々よりも、シオンを選ばれた)。」沢山の入口から、諸国の人々が入る。そこに王なる主の御座があるからである。「神の都よ。あなたについては、すばらしいことが語られている(あなたの栄光について人々は語る)。セラ 『わたしはラハブ(エジプト/海の混沌の勢力を表す荒れ狂う怪物)とバビロンをわたしを知っている者(神の民)の数に入れよう。見よ。ペリシテとツロ(富裕な商人)、それにクシュ(現代のエチオピアとスーダンの一部を含むエジプト南部の地方)もともに。これらをもここで生まれた者(シオンの子)として。』」ここに言及されている五つの国は、異邦人全体を代表する。選ばれたイスラエルが自覚をもって、諸国の間に伝道の使命を遂行する。神は以前の敵たちを回心させ、神の都に完全に取り込まれる。通常イスラエルの敵と見なされている国々が、ここでは神の民と見なされ、神の都エルサレムで生まれたと言われる。これは、神が全ての人を治め、愛していることを意味する。全世界が神の統治下にある宣言である。
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| 8月12日 |
【聖なる山シオンの基A】 詩篇87:5-7 |
「しかし、シオンについては、こう言われる。『だれもかれもが、ここで生まれた』と(しかし、エルサレムこそは、すべての神の民の霊的母である。聖い神がこの都を据えられたからである/そしてシオンは、すべての民族の人々が生まれ出てくる母と呼ばれるであろう)。」シオンが、神の民の霊的母であるとの理解に立つ。ここには、シオンを中心にして、諸国民が主の民となっていくという展望がある。
「しかし、上にあるエルサレムは自由であり、私たちの母です。」ガラテヤ4:16 「こうして、いと高き方ご自身がシオンを堅くお建てになる(なぜなら彼自身がシオンを最高のものとして確立する)。」神ご自身が、父としての愛と力をもってなさる。
「主が国々の民を登録されるとき、『この民はここで生まれた』としるされる(主は諸国の民を数え、書き記される/主の民は皆、ここに霊的故郷を持っている/シオンの民、神の都の住人として登録される)。セラ 踊りながら歌う者は、『私の泉はことごとく、あなたにある(私の命の源は、すべてあなたにある)』と言おう。」ここに、喜びと祝福の源泉が、神の都にあることを表す賛美、シオンと神に、喜びを見出す者の告白の言葉、一切の祝福と喜びは、神から出ると信じる人々の歓喜の姿がある。シオンの神に対する信仰の中に、父なる神の大きな一つの家族として結ぶ根源がある。シオンは、堅固で栄光のある場所として示されているだけでなく、喜びと爽快感の溢れる場所として示されている。
「あなたがたは喜びながら救いの泉から水を汲む。」イザヤ12:3
「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。」ピリピ3:20 |
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| 8月19日 |
【朝明けに届く祈り@】 詩篇88:1-12 |
詩篇88篇は、詩篇の中で、最も悲哀に満ちた詩である。
「主、私の救いの神。私は昼は、叫び、夜は、あなたの御前にいます。私の祈りがあなたの御前に届きますように。どうか、あなたの耳を私の叫びに傾けてください。私のたましいは、悩みに満ち、私のいのちは、よみ(死者の世界)に触れています(死の淵にいます)から。私は穴(墓/よみ)に下る者とともに数えられ、力のない者(助けがない者)のようになっています(よみの住人たちの姿)。死人の中でも見放され(神との生命的関係の切断)、墓の中に横たわる殺された者のようになっています。あなたは彼らをもはや覚えてはおられません。彼らはあなたの御手から断ち切られています。あなたは私を最も深い穴(よみ)に置いておられます。そこは暗い所、深い淵です。あなたの激しい憤りが私の上にとどまり、あなたのすべての波であなたは私を悩ましておられます。セラ あなたは私の親友を私から遠ざけ、私を彼らの忌みきらう者とされました。私は閉じ込められて、出て行くことができません(らい病人は、人々に忌みきらわれて、共同社会から隔離された)。私の目は悩みによって衰えています。主よ。私は日ごとにあなたを呼び求めています。あなたに向かって私の両手を差し伸ばしています(手を広げています/祈りの姿勢/あわれみを請う姿)。あなたは死人のために奇しいわざを行われるでしょうか。亡霊が起き上がって、あなたをほめたたえるでしょうか。セラ あなたの恵みが墓の中で宣べられましょうか、あなたの真実が滅びの中で。あなたの奇しいわざが、やみの中で知られるでしょうか、あなたの義が忘却の地で。」死者の世界は、神と断絶しており、救済の業も賛美もない。死の性質全体が、否定的(無活動/沈黙/絆の切断/腐敗)である。
「そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」へブル2:14-15 |
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| 8月26日 |
【朝明けに届く祈りA】 詩篇88:13-18 |
「しかし、主よ。この私は、あなたに叫んでいます。朝明け(神の助けの与えられる時)に、私の祈りはあなたのところに届きます(朝ごとに私は祈りをささげます)。」神が祈りを聞かれることが、ただ一つの希望の糸口である。頼るべきは、神以外にない。神への信頼の告白である。
「主よ。なぜ、私のたましいを拒み、私に御顔を隠されるのですか。」神の赦しと助けを求めている。
「私は若いころから悩み、そして死にひんしています。私はあなたの恐ろしさ(苦痛と恐怖)に耐えてきて、心が乱れています。あなたの燃える怒りが私の上を越え、あなたからの恐怖が私を滅ぼし尽くしました(圧倒しました)。これらが日夜、大水のように私を囲み、私を全く取り巻いてしまいました。」「あなたは私から愛する者や友を遠ざけてしまわれました。私の知人たちは暗い所にいます(あなたは、愛する者や友達を私から取り去り、私の親友は暗闇だけです/周囲は暗闇のようである)。」すでに死んだ友人たちの仲間入りするようになることへの、絶望感を表す。他と全く断絶させられている絶望的な姿である。
「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。」ヨハネ1:4-5 「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」ローマ8:37 「起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。」イザヤ60:1 「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」黙示録21:3-4
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