エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2018年5月
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5月6日 【祭りの日の祝福@】 詩篇81:1-7
 「われらの力(とりで)であられる神に喜び歌え。ヤコブ(イスラエル)の神に喜び叫べ。声高らかにほめ歌(音楽/弦楽器)を歌え。タンバリンを打ち鳴らせ。六弦の琴に合わせて、良い音の立琴をかき鳴らせ。われらの(喜びの)祭り(礼拝)の日の、新月(ラッパの祭り)と満月(仮庵の祭り/その年の祭りの頂点)に、角笛を吹き鳴らせ。それは、イスラエルのためのおきて、ヤコブの神の定めである。」ダビデは礼拝のために音楽を制定した。音楽と礼拝には、親密な関係がある。神はいつでも賛美できるが、私たちがお互いに会い、一緒に神を賛美するために、決められた時がある。

 「また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。」ヘブル10:24-25 神が、エジプトの地に出て(対抗して)行かれたとき、ヨセフ(全イスラエル)の中に、それをあかしとして授けられた。」エジプト脱出以後の数十年間は、ヨセフ部族(マナセとエフライム)が、イスラエルの中で主導権をもっていた。

 「私は、まだ知らなかったことばを聞いた。『わたしは、彼の肩から重荷を取り除き、彼の手を荷かごから離してやった(重労働から彼らを解放した/エジプトでの奴隷労働の苦役から救った)。』重荷と荷かごは、奴隷として粘土や資材を運んだ状態を指す。「『あなたは苦しみのときに、呼び求め、わたしは、あなたを助け出した。わたしは、雷の隠れ場(雲の中/シナイ山の情景/天/ヤハウェのいます場)から、あなたに答え、メリバ(不平/争い/論争)の水のほとりで、あなたをためした。セラ』」
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5月13日 【祭りの日の祝福A】 詩篇81:8-16
 「『聞け。わが民よ。わたしは、あなたをたしなめよう(あなたに警告を与えよう/勧告する)。イスラエルよ。よくわたしの言うことを聞け。あなたのうちに、ほかの神があってはならない。あなたは、外国の神を拝んではならない。わたしが、あなたの神、主である。わたしはあなたをエジプトの地から連れ上った。あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう(心を大きく開きなさい。わたしは恵みを満たしてあげよう)。』」神の祝福により、霊肉ともに養われる。

 「『しかしわが民は、わたしの声を聞かず、イスラエルは、わたしに従わなかった。それでわたしは、彼らをかたくなな心のままに任せ、自分たちのおもんぱかりのままに歩かせた。ああ、ただ、わが民がわたしに聞き従い、イスラエルが、わたしの道を歩いたのだったら。わたしはただちに、彼らの敵を征服し、彼らの仇に、わたしの手を向けたのに(仇を打ちのめしていただろう/敵を撃退したのに)。』」イスラエルは神に対してのみ耳を傾け、忠実でなければならなかった。イスラエルが神に従うなら、神が敵を制圧し、祝福を豊かに与えてくださる。

 「主を憎む者どもは、主にへつらっているが(主に屈服するようになり)、彼らの刑罰の時は永遠に続く。」イスラエルが神に従う時、異教の民たちさえも、ヤハウェにへつらうようになる。

 「しかし主は、最良の小麦(最上の食べ物)をイスラエルに食べさせる。『わたしは岩の上にできる蜜で、あなたを満ち足らせよう(神の民の受ける祝福と繁栄)。』」神は最良のものを与えてくださり、喜びを味わうことができる。ききんの際にも、神は食物を供給される。過酷な環境からも、神は甘美なものを引き出してくだる。神に対する信頼と服従の更新の勧めが記されている。
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5月20日 【天と地の法廷@】 詩篇82:1-4
 詩篇82篇は、地上で不正を行なっている権威者、指導者たちに対して、真の裁判官であられる神が裁きを行なう内容である。

 「神は神の会衆(会議/集まり)の中に立つ。神は神々(人間の支配者)の真ん中で、さばきを下す。」天と地の法廷が描かれている。神は、裁判官を裁かれる。その国の裁判制度は、その社会の健全性を明らかに示す。全ての指導者と同じように、裁判官はその権威を神から受け、自らの評決に対して神の前に責任をもつ。

 「いつまでおまえたちは、不正なさばきを行い、悪者どもの顔を立てるのか。セラ 弱い者とみなしごとのためにさばき、悩む者と乏しい者の権利を認めよ(義とせよ/顧み、助けよ)。弱い者と貧しい者とを助け出し、悪者どもの手から救い出せ。」弱い者、みなしご、悩む者、乏しい者とは、本当の意味の助けを必要とする者たちである。イスラエルの神は、苦しむ人を助け、常に正義を求める。不正の犠牲になっている者のために、公平な裁きを行なうことが、特に重要であった。

「そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。」 いかなる種類の裁判官のためにも、覚えて祈るべきである。なぜなら、彼らの忠実さによって、私たちは直接利益を得るからである。ソロモンは神に、神の民を裁く知恵と知識を求めて与えられ、その上、富と財宝と誉れも与えられた。
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5月27日 【天と地の法廷A】 詩篇82:5-8
 「彼らは、知らない。また、悟らない。彼らは、暗やみの中を歩き回る(神の律法が与える光に従おうとしない/道徳的、知的不健全さ)。地の基(山々/社会の倫理秩序)は、ことごとく揺らいでいる(社会の土台も根本から揺らいでいる/不正な権力行使によって、社会の道徳的秩序の基盤が不安定になり、動揺し、全世界が危機に陥る)。」支配者の腐敗と社会的不安に対する警告である。

 「わたしは言った。『おまえたちは神々(イスラエルの権威者、指導者、支配者、裁判官を指している)だ。おまえたちはみな、いと高き方の子らだ。」彼らは裁きを実施する上で、神を象徴しているゆえに、神々と呼ばれた。地上での神の代行者として、父なる神の御旨を行なうべき者たちのことである。神の代理人として正義を行ない、弱い人々を守り、自分で身を守れない人々の自由を守るために、その役職に任じられた。これは人間を神にしているのではなく、正義を行なうために、地上の力と権威をもった神の代理人になっているという意味である。

 「にもかかわらず、おまえたちは、人のように死に、君主たちのひとりのように倒れよう(人を裁くお前たちは、神のようだ。しかしながら、お前たちは、他の人と同じように、死んで行く)。』」その特権と使命を忘れてしまっている者たちへの、神の裁きの言葉である。イエスはヨハネ10:34-36で、神が単なる人を神々と呼ばれたなら、なぜ真の神の子であるご自身を神と等しい者として宣言するのが、神への冒?となるのかと言われた。

 「神よ。立ち上がって、地をさばいてください。まことに、すべての国々はあなたが、ご自分のものとしておられます。」全世界を支配される神に、正しい裁きを求めている。神は天地における真の裁判官である。
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