エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2017年10月
10月1日 【雲に乗って来られる方の道をB】 詩篇68:24-35
 「神よ。人々は、あなたの行列を見ました。聖所でわが王わが神の行列を。歌う者が先に立ち、楽人があとになり、その間にタンバリンを鳴らしておとめらが行く。」シオンに神の契約の箱を迎えた喜びと、シオンの繁栄の期待、諸国を招く信仰の歌である。神は全世界の王、統治者であり、全宇宙と諸々の国を治める。

 「『相つどうて、神をほめたたえよ。イスラエルの泉から出た者(生粋のイスラエル人、ヤコブの子孫)よ。主をほめたたえよ。』そこには、彼らを導く末子(小部族)のベニヤミンがおり、その群れの中にはユダの君主たち、ゼブルンの君主たち、ナフタリの君主たちもいる。」南王国と北王国の代表であり、全体を代表している。

 「神よ。御力を奮い起こしてください。私たちのために、事を行われた神よ。御力を示してください。エルサレムにあるあなたの宮のために、王たちは、あなたに贈り物を持って来ましょう。葦の中の獣(わに:エジプト)、それに、国々の民の子牛とともにいる雄牛の群れ(イスラエルを悩ます神の敵対者)を、叱ってください。銀の品々を踏み汚す(破壊的行為)(葦の中に住む獣のような敵をしかり付けへりくだって、貢物を持って来させ、)戦いを喜ぶ、国々の民を散らしてください。使節らはエジプトから来、クシュはその手を神に向かって急いで差し伸ばす(神の主権に屈する。神の敵さえイスラエルの神を認める)。」

 「この世の王国よ(地上の全ての国々よ)。神に向かって歌え。主に、ほめ歌を歌え。セラ 昔から、いと高き天に乗っておられる方に向かい、ほめ歌を歌え。聞け。神は御声を発せられる。力強い声を。神の力を認めよ(帰せよ)。みいつ(特別な神の栄光)はイスラエル(神の民)の上に、御力は雲の上にある。」神の統治を祝う。

 「神よ。あなたはご自身の聖なる所におられ、恐れられる方です。イスラエルの神こそ力と勢いとを御民にお与えになる方です。ほむべきかな。神。」

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10月8日 【神への祈りと賛美@】 詩篇69:1-21
 「神よ。私を救ってください。水(死の力をもつ者)が、私ののどにまで、入って来ましたから。私は深い泥沼に沈み、足がかりもありません。私は大水の底に陥り奔流が私を押し流しています。」危険が生命をも脅かしている。死を非常に身近に自覚した。「私は呼ばわって疲れ果て、のどが渇き、私の目は、わが神を待ちわびて、衰え果てました。ゆえなく私を憎む者は私の髪の毛よりも多く、私を滅ぼそうとする者、偽り者の私の敵は強いのです。それで、私は盗まなかった物をも返さなければならないのですか。」

 「神よ。あなたは私の愚かしさをご存じです。私の数々の罪過は、あなたに隠されてはいません。万軍の神(全被造世界に対する神の主権を表す/神の守りを願っている)、主よ。あなたを待ち望む者たちが、私のために恥を見ないようにしてください。イスラエルの神よ。あなたを慕い求める者たちが、私のために卑しめられないようにしてください。私は、あなたのためにそしりを負い、侮辱が私の顔をおおっていますから。私は自分の兄弟からは、のけ者にされ、私の母の子らにはよそ者となりました。それは、あなたの家を思う熱心(神への熱情のしるし/罪に反対して、神の民の中に霊的刷新、きよめ、変化が起きることを嘆願している)が私を食い尽くし、あなたをそしる人々のそしりが、私に降りかかったからです。私が、断食して、わが身を泣き悲しむと、それが私へのそしりとなりました。私が荒布(悲しみ嘆く者が着用した)を自分の着物とすると、私は彼らの物笑いの種となりました。門にすわる者たちは私のうわさ話をしています。私は酔いどれの歌になりました。」

 「しかし主よ。この私は、あなたに祈ります。神よ。みこころの時に。あなたの豊かな恵みにより、御救いのまことをもって、私に答えてください。私を泥沼から救い出し、私が沈まないようにしてください。私を憎む者ども、また大水の底から、私が救い出されるようにしてください。大水の流れが私を押し流さず、深い淵は私をのみこまず、穴(墓)がその口を私の上で閉じないようにしてください。主よ。私に答えてください。あなたの恵みはまことに深いのです。あなたの豊かなあわれみにしたがって私に御顔を向けてください。あなたのしもべに御顔を隠さないでください。私は苦しんでいます。早く私に答えてください。どうか、私のたましいに近づき、贖ってください(自由にしてください)。私の敵のゆえに、私を贖ってください。あなたは私へのそしりと、私の恥と私への侮辱とをご存じです。私に敵対する者はみな、あなたの御前にいます(神がよくご存知です)。そしりが私の心を打ち砕き、私は、ひどく病んでいます。」孤独と心労のために、病人のようになった。「私は同情者を待ち望みましたが、ひとりもいません。慰める者を待ち望みましたが、見つけることはできませんでした。彼らは私の食物の代わりに、苦味を与え、私が渇いたときには酢を飲ませました。」神のみが頼りであるところに、強い祈りが生み出された。
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10月15日 【神への祈りと賛美A】 詩篇69:22-31
 「彼らの前の食卓はわなとなれ。彼らが栄えるときには、それが落とし穴となれ。彼らの目は暗くなって、見えなくなれ。彼らの腰(力の源)をいつもよろけさせてください。あなたの憤りを彼らの上に注いでください。あなたの燃える怒りが、彼らに追いつくようにしてください。彼らの陣営を荒れ果てさせ、彼らの宿営にはだれも住む者がないようにしてください(子孫が絶えること)。彼らはあなたが打った者を迫害し、あなたに傷つけられた者の痛みを数え上げるからです(話の種にします/さらに苦しめるからです/不信仰な敵は、悩める者の苦悩を更に増し加える)。どうか、彼らの咎に咎を加え、彼らをあなたの義(救い/勝利)の中に入れないでください。彼らがいのちの書(永遠の神の御国に入る人々の名が記された天の書物)から消し去られ、正しい者と並べて、書きしるされることがありませんように。」「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」ルカ23:34 というキリストのとりなしの祈りとは異なる。「ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」ルカ10:20

 「しかし私は悩み、痛んでいます。神よ。御救いが私を高く上げてくださるように。私は神の御名を歌をもってほめたたえ、神を感謝をもってあがめます。それは雄牛、角と割れたひづめのある若い雄牛(よく成長し、しかも欠陥のない完全ないけにえの動物)にまさって主に喜ばれるでしょう。」個人によるはっきりした賛美と感謝による礼拝は、最も高価な犠牲よりも神に喜ばれるいけにえであり、より人の助けになるものである。真の賛美こそ、真の犠牲なのである。
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10月22日 【神への祈りと賛美B】 詩篇69:32-36
 「心の貧しい人たち(心砕かれ、へりくだりをもって、神に仕え、従う人たち)は、見て、喜べ。神を尋ね求める者たちよ。あなたがたの心を生かせ(勇気を出せ)(神を求める人々には健やかな命が与えられますように)。 主は、貧しい者に耳を傾け、その捕らわれ人(主に捕えられ、主のために苦しむ信仰者/主の囚人)らをさげすみなさらないのだから。」神の公正な統治が語られている。

 「天と地は、主をほめたたえよ。海とその中に動くすべてのものも。」神の家に与えられる祝福が全世界に及ぶ。全地が神の家、神の都となる。賛美は没落と不安の日の彼方に、神の支配の大いなる拡がりと、神の民の嗣業が完成されることを望み見る。「まことに神がシオンを救い、ユダの町々を建てられる。こうして彼らはそこに住み、そこを自分たちの所有とする。主のしもべの子孫はその地を受け継ぎ、御名を愛する者たちはそこに住みつこう(再建と定住)。」神を愛し、神に従順な人々の祝福された姿である。土地は生活の基盤であり、生活全般を表している。地を継ぐ約束は、いのちの約束である。
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10月29日 【神をあがめよう@】 詩篇70:1-3
 「神よ。私を救い出してください。主よ。急いで(状況が逼迫している)私を助けてください。(神よ、私を救い出すために、主よ、私を助けるために、急いでください!)私のいのちを求める者どもが、恥を見、はずかしめを受けますように。私のわざわいを喜ぶ者どもが退き卑しめられますように。 『あはは』とあざ笑う者どもが、おのれの恥のためにうしろに退きますように。あなたを慕い求める人がみな、あなたにあって楽しみ、喜びますように。あなたの救いを愛する人たちが、『神をあがめよう』と、いつも言いますように。私は、悩む者、貧しい者です。神よ。私のところに急いでください。あなたは私の助け、私を救う方。主よ。遅れないでください。」敵とは、人々ではなく、悪魔と悪霊どもである。イエスは十字架上で、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」と祈られた。迫害される時、天では報いが大きいので、躍り上がって喜ぶように、敵を愛し、善を行ない、祝福し、祈るように、天の父があわれみ深いので、いと高き方の子供としてあわれみ深く、復讐は神の怒りに任せ、裁かず、人を罪に定めず、赦し、与えるように、命じられている。「あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。 悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」ローマ12:18、21
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