 |
| |
| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
| |
| 2017年7月 |
|
| 7月2日 |
【力と恵みの神A】 詩篇62:9-12 |
「まことに、身分の低い人々は、むなしく、高い人々は、偽りだ。」身分の低い人々と高い人々とは、全ての人のことである。「はかり(神の審判)にかけると、彼らは上に上がる。彼らを合わせても、息より軽い(身分の低い人も高い人も同じだ。はかりに掛ければ、空気よりも軽い)。」神の量りにかけると、悪を行なう者には、重みや価値は何もない。人の目に重々しく見え、価値あると見えるものが、神の量りではゼロであり、むしろマイナスの応答となって示される。神を離れる人は、むなしく、偽りの存在である。「圧制にたよるな。略奪にむなしい望みをかけるな。富がふえても、それに心を留めるな。」自分の富や力や名誉に頼ることはむなしい。神の目に息のような軽く値打ちのない行為や手段に対する警告が繰り返されている。神への信頼と、神のための忠実な働きにこそ、永遠の価値がある。「神は、一度告げられた。二度、私はそれを聞いた。(救う)力は、神のものであることを(神の全能性)。」
「主よ。恵みも、あなたのものです。あなたは、そのしわざに応じて、人に報いられます(神の公平な扱い)。」悪人は必ず裁かれ、神に立ち帰って正しく生きる者は祝福される。神の公平な扱いである。詩人は自己の安全を地位や政治に期待せず、神の力と恵みに依存する。苦難の中でも、平安と守りが与えられる。「主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。」エレミヤ17:7-8
|
| メッセージのトップへ戻る |
| 7月9日 |
【神を慕い求める@】 詩篇63:1-8 |
「神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます(朝早く/夜明けを待ち望む)。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。私は、あなたの力と栄光を見るために、こうして聖所で、あなたを仰ぎ見ています(預言者的幻/見る者/先見者)。あなたの恵みは、いのちにもまさるゆえ、私のくちびるは、あなたを賛美します。」「けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。」使徒20:24
「それゆえ私は生きているかぎり、あなたをほめたたえ、あなたの御名により、両手を上げて祈ります。私のたましいが脂肪と髄に満ち足りるかのように、私のくちびるは喜びにあふれて賛美します(私の魂は、十分、満足し、あなたをほめたたえます)。ああ、私は床の上であなたを思い出し、夜ふけて私はあなたを思います(夜通し、あなたを思います/床に就くときにも御名を唱え あなたへの祈りを口ずさんで夜を過ごします)。」眠りにくい夜にも、思いを神に向けるなら、神の慰めと平安を体験することができる。「あなたは私の助けでした。御翼の陰(神の保護のもと)で、私は喜び歌います。」ひな鳥が母鳥の翼の陰にいるように、安心することができる。私のたましいは、あなたにすがり(固着し/結び合い)、あなたの右の手(力強い確かな守りを確信する表現)は、私をささえてくださいます。」 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 7月16日 |
【神を慕い求めるA】 詩篇63:9-11 |
「しかし、私のいのちを求める者らは滅んでしまい、地の深い所(陰府の深み/死の世界)に行くでしょう。彼らは、剣の力(神の裁き)に渡され、きつね(山犬/ジャッカル)のえじきとなるのです(結局、惨めな最期を遂げるようになる)。しかし王(ダビデが神によって召されていることを改めて主張し、決して無効にならない公言)は、神にあって喜び、神にかけて誓う者(ダビデに忠誠を尽くす者)は、みな誇ります(賛美します)。偽りを言う者(神に敵する者)の口は封じられるからです。」
神が詩人の敵を裁いてくださる。「イエス・キリストは私たちを愛して、その血によって私たちを罪から解き放ち、また、私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。キリストに栄光と力とが、とこしえにあるように。アーメン。」黙示録1:5-6 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 7月23日 |
【正しい者は喜び誇る@】 詩篇64:1-8 |
詩篇64篇は、悪人の手から救い出される神が書かれている。「神よ。私の嘆く(悩み訴える/つぶやく/あれこれ心配な思いの)とき、その声を聞いてください。恐るべき敵から、私のいのちを守ってください。」解放を願っている。「悪を行う者どものはかりごとから、不法を行う者らの騒ぎ(公然たる攻撃)から、私をかくまってください(主を盾として、神のもとに隠れること)。彼らは、その舌を剣のように、とぎすまし、苦いことばの矢を放っています。全き人(非難されるところのない誠実な人)に向けて、隠れた所から射掛け、不意に射て恐れません(無責任で、神を畏れない行為)。」
「彼らは悪事に凝っています。語り合ってひそかにわなをかけ、『だれに、見破ることができよう』と言っています。」神をも侮り恐れない、悪しき人々のつぶやきである。「彼らは不正をたくらみ(捜し出し)、『たくらんだ策略がうまくいった(安全だよ)』と言っています。人の内側のものと心とは、深いものです(確かに、人の思いと心は悪賢い)。」
「しかし神は、矢を彼らに射掛けられるので、彼らは、不意に傷つきましょう。」神ご自身が、私たちの敵を打ち倒される。神が働く時、正義は貫かれる。「彼らは、おのれの舌を、みずからのつまずきとしたのです(悪者の自滅の原理)。彼らを見る者はみな、頭を振ってあざけります。」頭を振るのは、嘲りの仕草、或いは、衝撃を受けた後の心配である。 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 7月30日 |
【正しい者は喜び誇るA】 詩篇64:9-10 |
「こうして、すべての人は恐れ、神のみわざを告げ知らせ、そのなさったことを悟ります(賢くなります/人は皆、恐れて神の働きを認め/御業に目覚めるでしょう)。」悟るは、巧みな歌(ヘブル語マスキール)と同語である。全ての人が、主に向かって巧みな歌をささげることができるようになるに違いないと期待している。
「私のたましいは、夜あなたを慕います。まことに、私の内なる霊はあなたを切に求めます。あなたのさばきが地に行われるとき、世界の住民は義を学んだからです。」イザヤ書26:9
「正しい者(神への敬虔な信頼心を持つ者)は主にあって喜び(祝い)、主に身を避けます(避けよ)。心の直ぐな人はみな、誇る(賛美する)ことができましょう(誇れ/主によって誇ります/主をほめたたえる)。」信仰のわざと勝利、主に信頼する者に与えられる喜びが語られている。裁きは尚未来であるが、喜びはすでに溢れ出ることができる。
|
| メッセージのトップへ戻る |
| |
 |