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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2017年5月 |
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| 5月7日 |
【正しい者の報いA】 詩篇58:9-11 |
「おまえたちの釜(悪者の計画/悪いものが一杯入っている)が、いばらの火(計画の実行)を感じる前に、神は、生のものも、燃えているものも、ひとしくつむじ風で吹き払われる。」神の裁きの風が、悪者の計画を吹き払ってくださるという期待と祈りである。神は完全な裁きを下される。悪に憤りを覚え、神による正義を求めている。正義と公正、公平こそ、神の統治の目的である。「正しい者は、復讐を見て喜び、その足を、悪者の血で(血から)洗おう(正しい人は、彼らが裁かれるのを見て、喜び、勝利の歩みをする)。」戦いの激しさと勝利、抑圧者の敗北を表す。悪が敗北する時に、神の民が体験する喜びと満足、希望の表現である。その時、神は裁きを行なって、あらゆるものを正常化してくださる。「こうして人々は言おう。『まことに、正しい者には報いがある(神に従う人は必ず実を結ぶ/正しい者は、自分が求め行なう正義と公平の実を食べることができる)。まことに、さばく神が、地におられる。』」「ハレルヤ。救い、栄光、力は、われらの神のもの。神のさばきは真実で、正しいからである。ハレルヤ。万物の支配者である、われらの神である主は王となられた。私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。」黙示録19:1-2、6-8
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| 5月14日 |
【神は私のとりで@】 詩篇59:1-10 |
「わが神。私を敵から救い出してください。私に立ち向かう者が届かぬほど、私を高く上げてください。不法を行う者どもから、私を救い出してください。血を流す者どもから、私を救ってください。今や、彼らは私のいのちを取ろうと、待ち伏せています。力ある者ども(荒々しい者たち/自分の頑強さを誇る者たち)が、私に襲いかかろうとしています。主よ。それは私のそむきの罪のためでもなく、私の罪のためでもありません。私には、咎がないのに、彼らは走り回り、身を構えているのです。どうか目をさまして(積極的に/祈りの答が現れますように)、私を助けてください。どうか、見てください。あなたは万軍の神(全被造世界に対する神の主権を表す)、主。イスラエルの神。どうか目をさまして、すべての国々を罰してください。悪い裏切り者は、だれをもあわれまないでください。セラ」
「彼らは、夕べには帰って来て、犬のようにほえ、町をうろつき回る。見よ。彼らは自分の口で放言し(中傷し)、彼らのくちびるには、剣(破壊的な話し方)がある。そして、『だれが聞くものか(おれたちのことが、だれに分るというのだ)』と言っている。」神に対する侮りである。悪人たちは、まるで神には彼らが見えず、罰されないかのように生活する。「しかし主よ。あなたは、彼らを笑い、すべての国々を、あざけられます。」神は王として、全宇宙を治めておられる。全世界を統治する神の主権が、敵によって脅かされることはない。「私の力、あなたを私は、見守ります(待ちます)。神は私のとりで(やぐら/城壁)です。」
「私の恵みの神(私を愛してくださる神)は、私を迎えに(助けに)来てくださる(先手を打ってくださる/私の擁護者となってくださる)。神は、私の敵の敗北を見せてくださる(勝利の確信)。」他者の愛が私たちを裏切ったり、落ち込ませたりする時、神の変わらぬ愛に安きを得ることができる。 |
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| 5月21日 |
【神は私のとりでA】 詩篇59:11-17 |
「彼らを殺してしまわないでください。私の民が、忘れることのないためです(神の与える勝利に民が慢心しないように)。御力によって、彼らを放浪させてください。彼らを打ち倒してください。主よ。私たちの盾(守護者)よ。」神は盾となって、民を守られる。「彼らの口の罪は、彼らのくちびるのことばです。彼らは高慢に取りつかれるがよい。彼らの述べる、のろいとへつらい(偽り)のために。激しい憤りをもって滅ぼし尽くしてください。滅ぼし尽くして、彼らをなくしてください。そうして、神が地の果て果てまでもヤコブ(神の民全体/神の家/教会)を治められることを、彼らが知るようにしてください。セラ」神の敵の全滅は、神の栄光につながる。
「こうして、彼らは夕べには帰って来て、犬のようにほえ、町をうろつき回る。彼らは、食を求めて、うろつき回り、満ち足りなければ、うなる(宿る/つぶやく/泣きごとを言う)。しかし、この私は、あなたの力を歌います。まことに、朝明けには、あなたの恵みを喜び歌います。それは、私の苦しみの日に、あなたは私のとりで(砦の塔)、また、私の逃げ場であられたからです。私の力、あなたに、私はほめ歌を歌います。神は私のとりで、私の恵みの神であられます。」神をとりでとする者の、勝利の歌である。「神よ。私の心はゆるぎません。私の心はゆるぎません。私は歌い、ほめ歌を歌いましょう。私のたましいよ。目をさませ。十弦の琴よ。立琴よ、目をさませ。私は暁を呼びさましたい。主よ。私は国々の民の中にあって、あなたに感謝し、国民の中にあって、あなたにほめ歌を歌いましょう。あなたの恵みは大きく、天にまで及び、あなたのまことは雲にまで及ぶからです。神よ。あなたが、天であがめられ、あなたの栄光が、全世界であがめられますように。」詩篇57:7-11 |
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| 5月28日 |
【神による力ある働き@】 詩篇60:1-5 |
詩篇60篇は、神に赦しと助けを求め、神の約束に将来の望みをおく。苦戦と一時的な敗北の末の勝利を歌う、信仰の戦いの歌である。
「神よ。あなたは私たちを拒み、私たちを破り、怒って、私たちから顔をそむけられました(どうか我らを立ち帰らせてください)。」敗戦は、神の怒りの結果と見なされた。「あなたは地をゆるがせ、それを引き裂かれました。その裂け目を、いやしてください。地がぐらついているのです。あなたは、御民に苦難をなめさせられました。よろめかす酒(神の怒りと裁き、審判)を、私たちに飲ませられました。」神に頼ることも、神のご計画に従うこともできなかったために、神の民は戦いに負けた。「あなたは、あなたを恐れる者のために旗(神の臨在の象徴)を授けられました。それは、弓にかえて(真理を明らかにするために)、これをひらめかせるためです。セラ」
「あなたの愛する者(最も強い絆/最も熱い関係)が助け出されるために、あなたの右の手(力)で救ってください。そして私に(即刻で圧倒的に)答えてください。」敗北からの救いと勝利の求めは、アブラハム契約に根拠をもっている。「このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。」ガラテヤ3:14
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