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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2017年3月 |
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| 3月5日 |
【神の民の救いと繁栄A】 詩篇53:4-6 |
「不法を行う者らは知らないのか。」神の救いや信仰の業に心を向けようとしない、自己中心的態度の告発である。「彼らはパンを食らうように、わたしの民を食らい、神を呼び求めようとはしない(悪を行なう者たちは、神の民を食いものにし、神に祈ろうとはしない)。」彼らは神の民を苦しめることを当たり前のこととし、神を無視する。堕落した祭司に対する、預言の叱責と見ることもできる。「見よ。彼らが恐れのないところで(恐れる理由がなかったところで/人間的には優勢であるのに)、いかに恐れたかを(それゆえにこそ、大いに恐れるがよい かつて、恐れたこともなかった者よ)。」愚か者の自信や安心が、いかに頼りにならないかの例証である。敵が突然パニックに襲われたことによる、奇跡的な解放を祝っている。敵の狼狽と敗退を描く。神に対する拒絶は、神への恐怖に変わることになる。「それは神が、あなたに対して陣を張る者(イスラエルを攻撃する敵の兵卒)の骨をまき散らされたからだ。」イスラエルの敵の骨は、手厚く葬られずに、戦場にまき散らされた。「あなたは彼らをはずかしめた。それは神が彼らを捨てられたからだ。」神に頼らない者の末路は恥である。「ああ、イスラエルの救いがシオン(天/神の家)から来るように。神が御民の繁栄を元どおりにされるとき、ヤコブは楽しめ(喜び躍り)。イスラエルは喜べ(喜び祝うであろう/どんなに嬉しいことでしょう)。」
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| 3月12日 |
【神は私の助け主】 詩篇54:1-7 |
「神よ。御名によって、私をお救いください。あなたの権威によって、私を弁護してください(正当性を立証してください)。神よ。私の祈りを聞いてください。私の口のことば(祈り)に、耳を傾けてください。見知らぬ者たち(異邦の者/高ぶる者)が、私に立ち向かい、横暴な者たちが私のいのちを求めます。彼らは自分の前に神を置いていないからです。セラ」彼らは、神を否定し、信仰者を迫害する人々、敵のことである。
「まことに、神は私を助ける方、主は私のいのちをささえる方(最高の支え主)です。」人の助けの背後に、神の御手を見る。「神は、私を待ち伏せている者どもにわざわいを報いられます。あなたの真実をもって、彼らを滅ぼしてください。」「悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」ローマ12:21 「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」エペソ6:12 「私は、進んで(自由意志によって/喜んで)ささげるささげ物をもって、あなたにいけにえ(神を敬う、神に感謝する、神に赦しを請うためにささげられた)をささげます。」規定の犠牲以上の感謝の供え物が考えられる。「主よ。いつくしみ深いあなたの御名に、感謝します。神は、すべての苦難から私を救い出し、私の目が私の敵をながめるようになった(敵に打ち勝つのを見せてくださった/敵を見極めさせ、勝利を見させてくださる)からです。」「それは、私たちにキリストの苦難があふれているように、慰めもまたキリストによってあふれているからです。」Uコリント1:5 |
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| 3月19日 |
【あなたの重荷を主に@】 詩篇55:1-15 |
詩篇55篇は、ダビデが信頼していたアヒトフェルが裏切り、アブシャロムが反逆した時に書かれたと推察される。
「神よ。私の祈りを耳に入れ、私の切なる願いから、身を隠さないでください(その責任から身を引いてしまわないでください)。私に御心を留め、私に答えてください。私は苦しんで、心にうめき、泣きわめいています。それは敵の叫びと、悪者の迫害のためです。彼らは私にわざわいを投げかけ、激しい怒りをもって私に恨みをいだいています。」
「私の心は、うちにもだえ、死の恐怖が、私を襲っています。恐れとおののきが私に臨み、戦慄が私を包みました。そこで私は言いました。『ああ、私に鳩(安全と平和のシンボル)のように翼があったなら。そうしたら、飛び去って、休むものを。ああ、私は遠くの方へのがれ去り、荒野(神との交わりの場)の中に宿りたい。セラ あらしとはやて(詩人を襲う敵の憎しみ)を避けて、私ののがれ場に急ぎたい。』」本当の解決は、神を避け所にすることによって得られる。
「主よ。どうか、彼らのことばを混乱させ、分裂させてください(悪人のたくらみを打ち壊し、彼らを絶やしてください)。私はこの町の中に暴虐(不法)と争いを見ています。彼らは昼も夜も、町の城壁の上を歩き回り、町の真ん中には、罪悪と害毒(災いと労苦)があります。破滅(滅び)は町の真ん中にあり、虐待(搾取)と詐欺とは、その市場から離れません。」
「まことに、私をそしる者が敵ではありません。それなら私は忍べたでしょう。私に向かって高ぶる者が私を憎む者ではありません。それなら私は、彼から身を隠したでしょう。そうではなくて、おまえが。私の同輩(評価する者)、私の友、私の親友のおまえが。私たちは、いっしょに仲良く語り合い、神の家に群れといっしょに歩いて行ったのに。」信仰の友として、礼拝をささげた者同士の争い、共同体の一致の破壊であった。「死が、彼らをつかめばよい。彼らが生きたまま、よみに下るがよい。悪が、彼らの住まいの中、彼らのただ中にあるから。」 |
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| 3月26日 |
【あなたの重荷を主にA】 詩篇55:16-23 |
「私が、神に呼ばわると、主は私を救ってくださる。夕、朝、真昼(絶え間なく)、私は嘆き(思い巡らし)、うめく。すると、主は私の声を聞いてくださる。主は、私のたましいを、敵の挑戦から、平和のうちに贖い出してくださる。私と争う者が多いから。神は聞き、彼らを悩まされる。昔から王座に着いている者をも。セラ (神はいにしえからいまし 変わることはない)」
「彼らは改めず、彼らは神を恐れない。」彼らは自らに何の変化もない者たちであり、生活のあり方を変えず、自己満足している。「彼は、自分の親しい者(平和を共有する者)にまで手を伸ばし、自分の誓約(契約/約束)を破った(私の友は、私を裏切った)。彼の口は、バタよりもなめらかだが、その心には、戦いがある(心が戦いに満ちている)。彼のことばは、油よりも柔らかいが、それは抜き身の剣(悪意を含んだ敵の言葉)である(その口は実にうまいが、心には殺意が隠されている)。」
「あなたの重荷(与えられたもの/課せられたもの/割り当てられた定め/苦悩)を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる(支えてくださる/保持してくださる/励ましてくださる)。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。」神の時と方法に委ねるなら、神によって守られる。「しかし、神よ。あなたは彼らを、滅びの穴に落とされましょう。血を流す者と欺く者どもは、おのれの日数の半ばも生きながらえないでしょう。けれども、私は、あなたに拠り頼みます。」人々は不真実かもしれないが、神はいつも真実である。 |
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