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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2016年10月 |
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| 10月2日 |
【神の家での礼拝を求める@】 詩篇42:1-8 |
「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。私のたましいは、神を、生ける神(命の神)を求めて渇いています。」神への渇きが止まることは、霊的に死ぬことである。いのちの源である神礼拝を慕い求めている。「いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか(あなたにお会いできるのでしょう/神の御顔を仰ぐことができるのか)。私の涙は、昼も夜も、私の食べ物でした(食事もできない程の悲しみ)。人が一日中『おまえの神はどこにいるのか』と私に言う間。私はあの事(神の家での祭り)などを思い起こし、私の前で心を注ぎ出しています。私があの群れといっしょに行き巡り、喜びと感謝の声をあげて、祭りを祝う群集とともに神の家へとゆっくり歩いて行ったことなどを。」
「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め(神に望みを置きなさい)。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」
「私の神よ。私のたましいは私の前でうなだれています。それゆえ、ヨルダンとヘルモンの地から、またミツァルの山から私はあなたを思い起こします。」詩人はイスラエル北方の地に捕らわれの身であり、エルサレムの神の家での公的共同体の礼拝に参加したいと切望している。「あなたの大滝のとどろきに、淵が淵を呼び起こし、あなたの波、あなたの大波(神からの懲らしめ、試練、裁き)は、みな私の上を越えて行きました。」激しい水流や海水は、混沌、危険、死を表している。「昼には、主が恵みを施し、夜には、その歌が私とともにあります。私のいのち、神への、祈りが。」いかなる状況の中でも、主の恵みは十分であり、主の歌がともにあることを知って、感謝しよう。 |
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| 10月9日 |
【神の家での礼拝を求めるA】 詩篇42:9-43:5 |
「私は、わが巌(安全と防御の象徴)の神(岩のように確かな神様)に申し上げます。『なぜ、あなたは私をお忘れになったのですか。なぜ私は敵のしいたげに、嘆いて歩くのですか。』私に敵対する者どもは、私の骨々が打ち砕かれるほど、私をそしり(打ちのめそうとして私をののしり)、一日中、『おまえの神はどこにいるのか』と私に言っています。」
「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。なぜ、私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の顔の救い、私の神を。」
「神よ。私のためにさばいてください(私の正当性を明らかにしてください)。私の訴えを取り上げ、神を恐れない民(情しらぬ民/あなたの慈しみを知らぬ民)の言い分を退けてください。欺きと不正の人から私を助け出してください。」神を恐れない民は、神との契約関係にないため、詩人の神への信頼を中傷し、妨げる。「あなたは私の力の神(寄り頼む神様/避け所の神/神、わたしの砦)であられるからです。なぜあなたは私を拒まれたのですか。なぜ私は敵のしいたげに、嘆いて歩き回るのですか。どうか、あなたの光とまこと(恵みとあわれみ)を送り、私を導いてください。あなたの聖なる山、あなたのお住まいに向かってそれらが、私を連れて行きますように。こうして、私は神の祭壇、私の最も喜びとする神のみもとに行き、立琴に合わせて、あなたをほめたたえましょう。神よ。私の神よ。」シオン山にある、神の家での公的礼拝を慕い求める祈りである。神ご自身を礼拝することこそ至上の喜びであり、今の欠落を真に充足させると告白している。
「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。なぜ、私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の顔の救い(御顔こそ、わたしの救い)、私の神を(救い主の神を)。」 |
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| 10月16日 |
【神よ あなたこそは王@】 詩篇44:1-8 |
詩篇44篇は、国家の救いのための祈りである。
「神よ。私たちはこの耳で、先祖たちが語ってくれたことを聞きました。あなたが昔、彼らの時代になさったみわざを。あなたは御手をもって、国々を追い払い、そこに彼らを植え(入植させ)、国民にわざわいを与え、そこに彼らを送り込まれました(先祖の民を増え広がらせました)。」カナンの地の先住民が排除され、エジプトを脱出して来たイスラエル人が定着した。「彼らは、自分の剣によって地を得たのでもなく(自分の力でそこを獲得したのではなく)、自分の腕が彼らを救ったのでもありません。ただあなたの右の手(権力と能力)、あなたの腕(神の戦いにおける守りと力、特別な配慮)、あなたの御顔の光(神の救い、助け、慈しみ、恵み、特別な祝福)が、そうしたのです。あなたが彼らを愛された(喜ばれた/恵みをもって顧み受け入れられた)からです。」謙虚な神への信頼の自覚、過去とのつながりが語られている。
「神よ。あなたこそ私の王です。」イスラエルの統治者は、国王ではなく、神ご自身である。神は王として、自ら創造した宇宙を治め、地上では諸々の国を治められる。「ヤコブの勝利を命じてください(イスラエルのために勝利を命じられる方です)。あなたによって私たちは、敵を押し返し、御名によって私たちに立ち向かう者どもを踏みつけましょう。私は私の弓にたよりません。私の剣も私を救いません。」勝利は武力や人間の能力によらず、神の助けによる。民が信頼するのは、神ご自身である。「しかしあなたは、敵から私たちを救い、私たちを憎む者らをはずかしめなさいました。私たちはいつも神によって誇りました。また、あなたの御名をとこしえにほめたたえます(我らは絶えることなく神を賛美し、とこしえに、御名に感謝をささげます)。セラ」 |
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| 10月23日 |
【神よ あなたこそは王A】 詩篇44:9-19 |
「それなのに、あなたは私たちを拒み、卑しめました。あなたはもはや、私たちの軍勢とともに出陣なさいません。あなたは私たちを敵から退かせ(我らが敵から敗走するままになさったので)、私たちを憎む者らは思うままにかすめ奪いました。あなたは私たちを食用の羊(屠殺場の羊/食い尽くされる羊)のようにし、国々の中に私たちを散らされました。あなたはご自分の民を安値で売り、その代価で何の得もなさいませんでした。」捕虜や奴隷の状態になって、異邦の地に散らされた。 「あなたは私たちを、隣人のそしりとし、回りの者のあざけりとし、笑いぐさとされます。あなたは私たちを国々の中で物笑いの種とし、民の中で笑い者とされるのです。私の前には、一日中、はずかしめがあって、私の顔の恥(恥より強調された表現)が私をおおってしまいました(私はそれに耐えられぬほどでした)。それはそしる者とののしる者の声のため、敵と復讐者のためでした。」
「これらのことすべてが私たちを襲いました。しかし私たちはあなたを忘れませんでした。また、あなたの契約を無にしませんでした(あなたの約束に背くことはありませんでした)。」敗戦と苦境に直面しても、神との契約を遵守した。「私たちの心はたじろがず(我らの心はあなたを裏切らず)、私たちの歩みはあなたの道からそれませんでした。」忠実に神の律法に従い、心をきよく保っていた。神に対する服従と契約に対する忠誠を貫いた。「しかも、あなたはジャッカルの住む所で私たちを砕き、死の陰で私たちをおおわれたのです。」「その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。」ヤコブ1:4 「死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。」黙示録2:10
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| 10月30日 |
【神よ あなたこそは王B】 詩篇44:20-26 |
「もし、私たちが私たちの神の名を忘れ、ほかの神に私たちの手を差し伸ばしたなら(祈りの姿勢)、神はこれを探り出されないでしょうか。神は心の秘密を知っておられるからです。だが、あなたのために、私たちは一日中(絶えることなく)、殺されています。私たちは、ほふられる羊とみなされています(ところが、私たちはあなたを信じていたために、屠殺場の羊のように、死の恐れがいつもあります)。」神に忠実であることの代価が記されている。神に忠実な人々が苦しむ理由の一つは、神に敵対する世界に生きているからである。信仰ゆえの苦難、殉教、迫害と死がある。「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」ローマ8:37 「起きてください。主よ。なぜ眠っておられるのですか。目をさましてください。いつまでも拒まないでください。」神に行動の開始を求めている。「なぜ御顔をお隠しになるのですか。私たちの悩みとしいたげをお忘れになるのですか。私たちのたましいはちりに伏し、私たちの腹は地にへばりついています(敵の前に立ち上がれない低くされた状態)。立ち上がって私たちをお助けください。あなたの恵みのために(恵みにゆえに)私たちを贖い出してください(あなたの慈しみを表してください)。」救いの根拠は、ただ神の恩恵である。「主に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、悲しみと嘆きとは逃げ去る。」イザヤ35:10
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