|
「私の心はわななきにわななき(心は動転し)、私の力は私を見捨て(体力は消耗し)、目の光さえも、私にはなくなりました。」
私の力、目の光は、生命力である。
「私の愛する者や私の友も、私のえやみ(打ち傷/懲らしめ/疫病/神によって打たれた印/罪の罰)を避けて立ち、私の近親の者も遠く離れて立っています。私のいのちを求める者はわなを仕掛け、私を痛めつけようとする者は私の破滅(死の宣告)を告げ、一日中、欺きを語っています。」
「しかし私には聞こえません。私は耳の聞こえない者のよう。口を開かず、話せない者のよう。まことに私は、耳が聞こえず、口で言い争わない(弁解しない/非難がない)人のようです。」
「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。」
Tペテロ2:22-23 「それは、主よ、私があなたを待ち望んでいるからです。」
詩人には、神への信仰と希望と期待があった。
「わが神、主よ。あなたが答えてくださいますように。私は申しました。『私の足がよろけるとき、彼らが私のことで喜ばず、私に対して高ぶらないようにしてください。』」
「私はつまずき倒れそうであり(死の苦しみ)、私の痛みはいつも私の前にあります。私は自分の咎を言い表し、私の罪で私は不安になっています(悲しんでいます)。」
私たちが自分の罪を言い表すなら、その罪は赦され、御子イエスの血によって、全ての罪と悪からきよめられる。
「しかし私の敵は、活気に満ちて、強く、私を憎む偽り者(裏切り者)が多くいます。また、善にかえて悪を報いる者どもは、私が善を追い求めるからといって、私をなじっています(わたしは彼らの幸いを願うのに彼らは敵対するのです)。私を見捨てないでください。主よ。わが神よ。私から遠く離れないでください。急いで私を助けてください。主よ、私の救いよ。」
信仰を告白している。
|