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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2016年5月 |
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| 5月1日 |
【わが霊を御手にB】 詩篇31:20-24 |
「あなたは彼らを人のそしりから、あなたのおられるひそかな所に(あなたの御顔のひそやかさに/仮庵の中に)かくまい、舌の争いから、隠れ場に隠されます。」主の御顔を慕い求めるダビデの幕屋のことが語られている。「いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る。主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける。主の真実は、大盾であり、とりでである。」詩篇91:1、4 「ほむべきかな。主。主は包囲された町の中で私に奇しい恵みを施されました(主は敵の包囲の中で、堅固な要塞のように、素晴らしい恵みを示してくださいました)。」天の神の御住まいからの慈しみが証されている。「私はあわてて(パニックになって)言いました。『私はあなたの目の前から断たれたのだ』と。しかし、あなたは私の願いの声を聞かれました。私があなたに叫び求めたときに。」
「すべて、主の聖徒(主に愛され、主に忠誠を尽くす信仰者/主との契約の中にあり、契約に対して真実である者)たちよ。主を愛しまつれ。主は誠実な者を保たれるが、高ぶる者には、きびしく報いをされる。雄々しくあれ。心を強くせよ(主があなたの心を強めてくださる)。すべて主を待ち望む者よ。」問題に対処する力を約束している。 |
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| 5月8日 |
【救いの歓声@】 詩篇32:1-5 |
詩篇32篇は悔い改めの詩篇であり、罪を赦された者の幸いが記されている。
「幸いなことよ(祝福のさま)。そのそむきを赦され、罪(神及び神の道を見失うことから来る)をおおわれた人は。」赦すには、取り除く、持ち上げるという意味がある。赦しは、神の愛の性質の一部である。「幸いなことよ。主が、咎(不義)をお認めにならない人、その霊に欺きのない人(心にごまかしの無い人たち)は。」心から悔い改める人、義とみなされて、真理を実践する人は、原罪を赦され、神との交わりに生きる。
「私は黙っていたときには、一日中、うめいて、私の骨々(身も心も/自分自身、特にその支えとなる中心)は疲れ果てました(骨まで朽ち果てました)。」罪を告白しないなら、苦痛の種となる。罪が苦しみの原因であった。「それは、御手(神の刑罰の手/主からの圧力)が昼も夜も私の上(心)に重くのしかかり、私の骨髄は、夏のひでりでかわききったからです(わたしの力は夏の日照りにあって衰え果てました)。セラ」神の刑罰によって、生命力が失われたのである。
「私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。私は申しました。『私のそむきの罪を主に告白しよう。』」告白は、神に同意して、罪を認め、捨てることである。「すると(直ちに)、あなたは私の罪のとがめを赦されました。セラ」「自分のそむきの罪を隠す者は成功しない。それを告白して、それを捨てる者はあわれみを受ける。」箴言28:13 「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」Tヨハネ1:9
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| 5月15日 |
【救いの歓声A】 詩篇32:6-11 |
「それゆえ、聖徒(あなたの慈しみに生きる人/恵みによってたてられている信仰者たち)は、みな、あなたに祈ります。あなたにお会いできる間に。」機会が残っている間に、罪を離れて神に立ち返り、神の業を行なわなければならない。「まことに、大水の濁流(絶望的な苦難)も(悩みが洪水のように押し寄せてきても)、彼の所に届きません。あなたは私の隠れ場。あなたは苦しみから私を守り、救いの歓声(賑やかな歌)で、私を取り囲まれます。 セラ」神の赦しの恵みこそ、信仰者の拠り所である。
「わたしは、あなたがたに悟りを与え(あなたを目覚めさせ)、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。あなたがたは、悟りのない馬(勢いのあるわがままさ)や騾馬のようであってはならない。」馬や騾馬は、本能の赴くままに行動する動物である。「それらは、くつわや手綱の馬具で押さえなければ、あなたに近づかない(そのようなものをあなたに近づけるな)。」自ら進んで自由意志をもって従うことのできないさまを表現している。信仰者は強いて服従させられる動物のように、痛い目に会ってでなければ分からない者であってはならない。
「悪者には心の痛み(罪ゆえの心の痛み、悲しみ)が多い。しかし、主に信頼する者には、恵みが、その人を取り囲む。 正しい者たち。主にあって、喜び、楽しめ(踊れ)。すべて心の直ぐな人たちよ。喜びの声をあげよ。」正しい者たちと心の直ぐな人たちとは、悔い改めるべき時には、素直に直ちに悔い改める人たちのことである。 |
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| 5月22日 |
【神の創造と統治@】 詩篇33:1-12 |
詩篇33篇は、創造主であり、統治者である神への賛美である。
「正しい者たち。主にあって、喜び歌え。賛美は心の直ぐな人たちにふさわしい(美しい)。」正しい者たち、心の直ぐな人たちは、神を礼拝する者たちの特性である。賛美は、信仰者にふさわしい告白であり、感謝の祈りである。「立琴をもって主に感謝せよ。十弦の琴をもって、ほめ歌を歌え。新しい歌を主に向かって歌え。喜びの叫びとともに、巧みに弦をかき鳴らせ(美しい調べと共に喜びの叫びをあげよ)。」歌は、信仰の告白であり、祈りである。「まことに、主のことばは正しく、そのわざはことごとく真実である。主は正義と公正を愛される。地は主の恵みに満ちている。」
「主のことばによって、天は造られた。天の万象もすべて、御口のいぶき(神の言葉)によって。主は海の水をせきのように集め、深い水を倉に収められる。全地よ。主を恐れよ。世界に住む者よ。みな、主の前におののけ。」
「まことに(なぜなら)、主が仰せられると、そのようになり、主が命じられると、それは堅く立つ。」一切は、神の御旨によって統治される。「主は国々のはかりごとを無効にし、国々の民の計画をむなしくされる。主のはかりごとはとこしえに立ち、御心の計画は代々に至る。幸いなことよ。主をおのれの神とする、その国は。神が、ご自身のものとしてお選びになった、その民は。」主の恩寵による選びに応える民の主体的な決断、主とイスラエルの一致が描かれている。「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」Tペテロ2:9 私たちも主の選びに一致し、主の御言葉に従って生きよう。 |
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| 5月29日 |
【神の創造と統治A】 詩篇33:13-22 |
「主は天から目を注ぎ、人の子らを残らずご覧になる。御住まいの所(天上の神の住まい)から地に住むすべての者に目を注がれる。主は、彼らの心をそれぞれみな(ともに)造り、彼らのわざのすべてを読み取る方(すべての行動を計られる/彼らの業をことごとく見分けられる)。」主は動機を見通され、個々の人を知っておられる。「王は軍勢の多いことによっては救われない。勇者は力の強いことによっては救い出されない。軍馬も勝利の頼みにはならない。その大きな力も救いにならない。」古代オリエントにおいて、馬は最高の武具であり、これによって勝敗が決せられた。私たちの望みは神にあり、神に信頼するなら救われる。主が全地の支配者であられるゆえに、イスラエルに敵対することはむなしいことである。
「見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に。彼らのたましいを死から救い出し、ききんのときにも彼らを生きながらえさせるために。」主こそ、真の保護者である。「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。」U歴代誌16:9 「私たちのたましいは主を待ち望む。主は、われらの助け、われらの盾。まことに私たちの心は主を喜ぶ。私たちは、聖なる御名に信頼している。」
「主よ。あなたの恵みが私たちの上にありますように。私たちがあなたを待ち望んだときに。」待ち望むことは、期待、信頼、服従の態度である。「神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」伝道者12:13 「同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。」Tペテロ5:5
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