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「私をあわれんでください。主よ。私には苦しみがあるのです。私の目はいらだちで衰えてしまいました。私のたましいも、また私のからだも。まことに私のいのちは悲しみで尽き果てました。私の年もまた、嘆きで。私の力は私の咎(不法)によって弱まり、私の骨々も衰えてしまいました。私は、敵対するすべての者から、非難されました。わけても、私の隣人から。私の親友には恐れられ、外で私に会う者は、私を避けて逃げ去ります。私は死人のように、人の心から忘れられ、こわれた器(粉々になり、使い道のない器)のようになりました(見捨てられました)。」こわれた器は、不要物扱いされ、忌み嫌われ、無視され、軽んじられることを意味する。「私は多くの者のそしりを聞きました。『四方八方みな恐怖だ(彼はもうだめだ)』と。彼らは私に逆らって相ともに集まったとき、私のいのちを取ろうと図りました。」
「しかし、主よ。私は、あなたに信頼しています。私は告白します。『あなたこそ私の神です。』私の時(人生の全て)は、御手の中にあります。」人生の状況は、神の支配のもとにある。「私を敵の手から、また追い迫る者の手から、救い出してください。御顔をあなたのしもべの上に照り輝かせてください。あなたの恵みによって私をお救いください。主よ。私が恥を見ないようにしてください。私はあなたを呼び求めていますから。悪者をはずかしめてください。彼らをよみで静まらせてください(陰府に落とし、黙らせてください)。偽りのくちびるを封じてください。それは正しい者に向かって、横柄に語っています。高ぶりとさげすみをもって。」私たちの格闘は血肉に対するものではなく、悪魔・悪霊に対するものである。
「あなたのいつくしみ(神の最善)は、なんと大きいことでしょう。あなたはそれを、あなたを恐れる者のためにたくわえ、あなたに身を避ける者のために人の子の前で、それを備えられました。」神のいつくしみは、人々が認識できるかたちで、公然と明らかにされる。恩寵は信仰に先行する。
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