エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2016年1月
1月3日 【主の家に住まうB】 詩篇23:5-6
 「私の杯(主人から客に回されるもので、歓迎と親密さを表す/人生)は、あふれています(私の胸はもう一杯です)。」人生の豊かさと主のあふれる恩寵を感謝している。「まことに、私のいのちの日の限り(生涯のあらゆる日々)、いつくしみ(良いこと/健やかなこと/善意)と恵み(契約に基づく愛/不変の愛/忠誠/あわれみ)とが、私を追って来る(追跡する)でしょう。」激しい神の恵みである。神の契約に対する真実さを基礎とする幸い、変わらぬ親切と支えに囲まれて生活することができる。「私は、いつまでも、主の家(主の臨在)に住まいましょう(主の家にわたしは帰り 生涯、そこにとどまるであろう/主のおそばで暮します)。」主の家でその恵みに与り、神とともに生きることが語られている。私の休息場は、主の家にある。私の戻る場は、主の家である。人生は、主の家への旅路である。信仰者の最終目標は、いつも主の家と主への賛美なのである。「わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。」ヨハネ14:2 「このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。」エペソ2:22 「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。」黙示録21:3
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1月10日 【門よ かしらを上げよ@】 詩篇24:1-4
 詩篇24篇は、栄光の王なる主を迎える賛美である。ダビデ時代に、契約の箱をエルサレムに迎える時の歌であろう。 

 「地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むもの(主として人間)は主のものである。まことに(なぜなら)主は、海に地の基を据え、また、もろもろの川(潮の流れ)の上に、それを築き上げられた(地を造られたからである)。」神は万物の創造者、また所有者、支配者である。私たちは管理者である。大地の形成は、創造の第3日になされた。地に満ちているものは、神ご自身の満足と栄光のために造られた。神がお造りになった全てのものは、非常に良かった。「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。」イザヤ6:3 「だれが、主の山(神の聖所のあるシオン山)に登りえようか。だれが、その聖なる所に立ちえようか。手(外的行為/行動)がきよく、心(内的な心の動き)がきよらかな者、そのたましい(心と体の全体)をむなしいこと(偶像崇拝などの不信仰)に向けず、欺き誓わなかった人。」礼拝者として、生活の倫理性、正直さ、真実さ、誠実さ、忠誠さが問われている。
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1月17日 【門よ かしらを上げよA】 詩篇24:5-10
「その人は主から祝福(神の臨在/結果として繁栄、幸福)を受け、その救いの神から義(正しいこと/正しい報い/擁護:寛大な扱い、正当化、ふさわしく機能しているもの)を受ける。」神の祝福のもとで、その人に関する全てがふさわしく動く。「これこそ、神を求める者の一族(世代)、あなたの御顔を慕い求める人々、ヤコブ(神の民)である。 セラ」

 「門(城門)よ。おまえたちのかしらを上げよ。永遠の戸よ。上がれ。栄光の王が入って来られる(古くからある門の戸をあけ、栄光の王をお通しせよ)。 」開門は、心を開くことの象徴である。王なる主の到来を歓迎せよ、喜べとの勧めである。王が今入って来られて、ご自身の所有としようとしておられる。「栄光の王とは、だれか。強く、力ある主。戦いに力ある主。門よ。おまえたちのかしらを上げよ。永遠の戸よ。上がれ。栄光の王が入って来られる。その栄光の王とはだれか。万軍の主(全能の主)。これぞ、栄光の王。 セラ」万軍の主は、天地の主権が神にあることを示す定型表現である。主なる神は、天地宇宙の支配者、全被造物の統治者である。栄光の王は、イエス・キリストである。
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1月24日 【主を待ち望む@】 詩篇25:1-7
 詩篇25篇は、悩みの中から助けを求める祈りが記されている。 

 「主よ。私のたましいは、あなたを仰いでいます(献げ物をささげます/切望します)。」主に対する熱心が語られている。「わが神。私は、あなたに信頼いたします(望みつつ熱心に待つこと)。どうか私が恥を見ないようにしてください。私の敵が私に勝ち誇らないようにしてください。まことに、あなたを待ち望む者(望みを置く者)はだれも恥を見ません。ゆえもなく裏切る者は恥を見ます。」

 「主よ。あなたの道(神の道/律法に従って礼拝し生活する正しい歩み/主に喜ばれる歩み)を私に知らせ、あなたの小道(歩むべき所)を私に教えてください。あなたの真理のうちに私を導き、私を教えてください。」苦境の中でも、詩人は神の御旨に従って生きようとしている。「あなたこそ、私の救いの神、私は、あなたを一日中待ち望んでいるのです(絶えることなくあなたに望みをおいています)。主よ。あなたのあわれみと恵みを覚えていてください(あわれんでください/どうか、あなたのあわれみと恵みによって、私を取り扱ってください)。それらはとこしえからあったのですから(神のご性格の不変性、真実性)。」契約のゆえに、変わらない忍耐をもって民を導かれる主の恵み深さを表す。「私の若い時の罪やそむきを覚えていないでください(忘れ、)。あなたの恵みによって、私を覚えていてください。主よ。あなたのいつくしみのゆえに。」
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1月31日 【主を待ち望むA】 詩篇25:8-22
 「主は、いつくしみ深く、正しくあられる。それゆえ、罪人に道を教えられる(罪人を悔い改めに導かれる)。主は貧しい者(柔和な者/へりくだる者)を公義に導き、貧しい者にご自身の道を教えられる。主の小道(神の示される生き方/神の民にふさわしい行為)はみな恵みと、まことである。その契約とそのさとし(責任)を守る者には。」

 「主よ。御名のために(あなたの慈しみによって/神の一方的な愛ゆえに)、私の咎をお赦しください。大きな咎を。」

 「主を恐れる人(心から神を敬う信者/神のご性質を認識する人)は、だれか。主はその人に選ぶべき道を教えられる(その人は絶えず主の言葉によって、正しい道を選択していく)。その人のたましいは、しあわせの中に住み、その子孫は地を受け継ごう。主はご自身を恐れる者と親しくされ、ご自身の契約(秘密/はかりごと/御旨)を彼らにお知らせになる。」神は契約を立て、それを全うされる。「私の目はいつも主に向かう。主が私の足を網(苦悩/人生の突然の出来事)から引き出してくださるから。」

 「私に御顔を向け(どうか私を顧み)、私をあわれんでください。私はただひとりで、悩んでいます。私の心の苦しみが大きくなりました(悩む心を解き放ち)。どうか、苦悩のうちから私を引き出してください。私の悩みと労苦を見て、私のすべての罪を赦してください。私の敵がどんなに多いかを見てください。彼らは暴虐な憎しみで、私を憎んでいます。私のたましいを守り、私を救い出してください。私が恥を見ないようにしてください。私はあなたに身を避けています。誠実と正しさが私を保ちますように。私はあなたを待ち望んでいます。神よ。イスラエルを、そのすべての苦しみから贖い出してください。」罪の赦しと救済が、神の民全体に及ぶように祈っている。
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