エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2015年4月
4月5日 【愛の大盾A】 詩篇5:8-12
 「主よ。私を待ち伏せている者(敵対する者、陥れようとする者)がおりますから、あなたの義によって(御心のままに、恵みの御業のうちに)私を導いてください。私の前に、あなたの道をまっすぐにしてください。」
「待ち伏せしている者」は、信仰生活を妨げる者、「あなたの義」は、神の救済の働き、真実、誠実である。ダビデは主に、つまずかせるものを除いて、主の道を正しく歩けるように祈っている。

「彼らの口には真実がなく、その心には破滅があるのです。彼らののどは、開いた墓で、彼らはその舌でへつらいを言うのです。」
「口」「心」「のど」「舌」は、悪を行なう者の武器である。「開いた墓」は、殺意を含み、墓で朽ちゆく。自他ともに破滅に導く、舌のもつ恐ろしい力である。人間の罪の性質は、心の奥に根ざし、言葉に表れる。人の罪の普遍性と危険性、特に言葉による罪の力の恐ろしさが語られている。ダビデは神に、神の公正さと聖なることが立証されるように訴える。

「彼らはあなたに逆らうからです。」
「あなたに逆らう」は同時に、神に立てられたダビデに対する敵対である。旧約の言う罪の中で、神への反逆が最も深刻なものである。

 「こうして、あなたに身を避ける者がみな喜び、とこしえまでも喜び歌いますように。あなたが彼らをかばってくださり、御名を愛する者たちがあなたを誇りますように。」
「あなたに身を避ける者」は、神の言葉に従って謙遜に生きる人々であり、「かば」うは、囲むの意味、「御名」は、神ご自身である。

「主よ。まことに、あなたは正しい者(御心を行うもの、従う人)を祝福し、大盾で囲むように愛で彼を囲まれます(恵みによって覆い守られます)。」
「正しい者」は、神と正しい関係にある者である。「大盾」は、全身を防衛する(覆う)盾であり、神の完全な守りを表す。災いの時にも、神の民は神に守られる。神が摂理をもって配慮し、囲んでくださる。
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4月12日 【召された者が受けている永遠の資産】 ヘブル人への手紙9:11-22 山口 和正 牧師
 イエス・キリストは昨日も今日もいつまでも同じです。いつもともにいてくださいます。

 今日の聖書箇所を読みますと、イエス・キリストは、「すでに成就したすばらしい事がらの大祭司」であるとあります。人々の中から選ばれた大祭司ではなく、天から送られた大祭司で、私たちと神様との隔ての壁を取り除き、私たちに天国の平和をもたらしてくださいました。罪も汚れもないイエス様が、私たちの身代わりとなって、十字架にかかって死んでくださったことにより、信じる私たちの罪が取り除かれ、義とされ、天国人に生まれ変わらせてくださいました。そして、3日目によみがえり、今も生きておられます。

 15節にこうあります。「こういうわけで、キリストは新しい契約の仲介者です。それは、初めの契約のときの違反を贖うための死が実現したので、召された者たちが永遠の資産の約束を受けることができるためなのです。」すなわち、旧約の時代、新約の時代を問わず、神を信じて召された者には、イエスキリストの贖いによって、永遠のいのちが与えられるのです。

 14節にはこうあります。「とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの両親をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。」私たち信じて救われた者は、悪しき行ないから離れ、神に仕える者になっていくのです。それは、イエス様のようになっていくことであり、そのためには、イエス様と同じように、聖霊に満たされ続けていくこと、イエス様が地上におられたときなされた業、すなわち、教え、福音を宣べ伝え、イエス様の御名の権威によって病や煩いを直すという3つの働きを、イエス様の代理者としてやり続けることです。

 愛する兄姉おひとりおひとりに、イエス様はこのようになって欲しいと願っておられます。ひとりでも多くの人が、永遠のいのちに入ることができるように。 
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4月19日 【恵みによる救い@】 詩篇6:1-5
 詩篇6篇は、詩篇に7篇ある悔い改めの詩篇である。

 「主よ。御怒りで私を責めないでください。激しい憤りで私を懲らしめないでください。主よ。私をあわれんでください。私は衰えております(嘆き悲しんでいます)。主よ。私をいやしてください。」神の怒りは、懲らしめ、不義に対する当然なものであるが、ダビデは神に、あわれみ(最高の恩寵)と恵み、愛、赦しを請い求める。人間は罪の結果としての災害を自覚するが、中心の問題は神と自分との関係である。

 「私の骨は恐れおののいています。私のたましいはただ、恐れおののいています。主よ。いつまでですか。あなたは。帰って来てください。主よ。私のたましいを助け出してください。あなたの恵みのゆえに、私をお救いください。」「骨」は、人間全体、体全体である。「いつまでですか」は、慎み深く訴え続ける嘆きの言葉であり、神の遅延は、人を成熟させるものである。「その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。」ヤコブ1:4 「帰って来てください」は、方向を転換してください、こちらを向いてくださいの意味である。主の恵みに根拠を置いて、ただ主のあわれみにすがる。

 「死にあっては(死の国へ行けば)、あなたを覚えることはありません。よみにあっては、だれが、あなたをほめたたえるでしょう。」「覚える」は、神の大いなる御業を礼拝行為において物語ることである。「死」と「よみ」は、神との交わり、神への礼拝のない、生きた者からは断絶された所である。死人は、神を賛美する集いに加わることができない。「永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」ヨハネ17:3
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4月26日 【恵みによる救いA】 詩篇6:6-10
 「私は私の嘆きで疲れ果て、私の涙で、夜ごとに私の寝床を漂わせ、私のふしどを押し流します。」神に対して全く正直になれば、神は私たちの意識を自分自身から、神のあわれみに向けることができるよう助けてくださる。このような極限状況を変革できるのは、神だけである。「私の目は、いらだち(苦悩)で衰え、私のすべての敵のために弱まりました(目はよく見えなくなりました、老いてしまいました)。」視力だけでなく、生命力全体の喪失を表す。目から入る外界の諸事情によって心が乱され、いらだち、信仰を失うことがないようにしなければならない。

 「不法を行う者ども。みな私から離れて行け。主は私の泣く声を聞かれたのだ。主は私の切なる願い(嘆き)を聞かれた。主は私の祈りを受け入れられる。」神への深い信頼への急接近により、喜びといやしと勝利はこれから来るという信仰が告白された。今や主との交わりによって、不安と恥と恐れは消滅する。「私の敵は、みな恥を見、ただ、恐れおののきますように。彼らは退き、恥を見ますように。またたくまに。」神との交わりを求めない者は、恥と恐れに陥る。詩人の切願に対する神の応答としての直接啓示が、彼を内側から躍動させて、信仰の確信に至らせた。「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。」Tヨハネ5:14 「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」ピリピ4:6-7
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