エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2014年11月
11月2日 【ダビデのエルサレム帰還A】 Uサムエル記19:15-39
 王が帰途につき、ヨルダン川に着くと、ユダの人々は王を迎えてヨルダン川を渡らせるために、ギルガルに来た。王を呪ったベニヤミン人シムイは、1000人のベニヤミン人を連れて来た。彼はヨルダン川を渡って行って、王の前に倒れ伏して、自分の罪の赦しを求めた。アビシャイが口をはさんで、シムイは主に油注がれた方を呪ったので、死に値するのではないかと言った。しかし、王位に復帰したダビデは、今日、イスラエルのうちで、人が殺されてはならないと言った。メフィボシェテの家来ツィバも、15人の息子と20人の召使いを連れて駆けつけ、自分の誠意を知ってもらおうとした。

 サウルの孫メフィボシェテは、王を迎えに下って来た。彼は王が出て行った日から、無事に帰って来た日まで、自分の足の手入れもせず、ひげもそらず、着物も洗っていなかった。そのことは、非常な悲哀と心痛を表した。彼はダビデと一緒に行こうとしたが、家来ツィバが欺いて、自分のことを王に中傷したと言った。そして、自分の父の家の者は皆、死刑に当たる者に過ぎないのに、王の食卓に連なる特権に与り、この上、王に何を要求できようかと、王に正しい裁きを委ねた。王はメフィボシェテにツィバと領地を二分するがよいと言ったが、メフィボシェテはダビデが無事に帰って来ただけで自分は満足だと、気高い反応をした。

 マハナイムで王を養っていたバルジライは、王を見送るために、ヨルダン川まで進んで来た。旅人を旅路の途中まで送ることは、旅人に対する尊敬の気持ちを表わす。王はバルジライが一緒にエルサレムに上ることを求めたが、80才のバルジライは王の重荷にはなれないと断り、しかし息子キムハムが王と一緒に渡って行くと言った。キムハムはバルジライの善意の祝福を相続した。主に用いられた年輩の兄弟姉妹は、後継者を指し示すことができなければならない。
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11月9日 【ダビデのエルサレム帰還B】 Uサムエル記19:40-20:10
 ユダの全ての民とイスラエルの民の半分とが、王と一緒にギルガルに進んだ。すると、出迎えに遅れたイスラエルの人々が、ユダの人々に嫉妬して言い争いになった。彼らの言い分は、ユダが2部族なのに対して、北のイスラエルは10部族であるという、数的多さであった。しかし、神の事柄は多数決で決めるのではない。

 そこに、サウルの家系のよこしまなシェバという者がいて、角笛を吹き鳴らして、ダビデに従うのをやめよと言った。そのため、全てのイスラエル人はダビデから離れて、シェバに従って行った。しかし、ユダの人々はヨルダン川からエルサレムまで、自分たちの王につき従って行った。ユダ族はダビデに忠実だったが、イスラエルはあっけなく離反した。再び分裂の炎が燃え盛り、後の時代には、南と北の分裂が起こった。

 ダビデはエルサレムの自分の王宮に入った。王は王宮の留守番に残しておいた10人のそばめを別の家に移して軟禁し、アブシャロムに犯された彼女たちの所には通わなかった。それで、彼女たちは一生やもめとなって、死ぬ日まで閉じ込められていた。一夫多妻と姦淫の災いと呪いである。

 ダビデはヨアブに代わる将軍アマサに、シェバと戦うために、3日のうちに軍隊を召集するように命じたが、アマサは3日たってもそれを果たすことができなかった。それで、アビシャイがそれを果たすことになった。途中で合流しようとしたアマサに、ヨアブは偽りの挨拶をしようとして近づき、アマサを剣で殺してしまった。アマサはまさかヨアブがそのようなことをするとは、思ってもいなかった。それは、卑劣な裏切り行為であった。再びヨアブの殺人行為は罰せられることがなかったが、ソロモンの時代には、裁きがヨアブの上に下った。罪や背信行為はしばしば放置されているように見えるが、神の義は地上の人生における報いに限られない。やがて全ての人が神の御座の前に立ち、報いを受けることになる。
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11月16日 【ひとりの知恵のある女】 Uサムエル記20:11-26
 アマサがヨアブに殺された時、ヨアブに仕える若い者が、将軍はやはりヨアブだ、ヨアブにつき従えと掛け声をかけた。兵士たちは、ヨアブが指揮官だと思っていた。ヨアブの軍を指揮し、戦いに勝つ能力は、全く疑いの余地がなかった。ヨアブは自力で軍団長の地位を取り戻してしまった。

 シェバはアベル・ベテ・マアカという町へ行った。 しかし、ヨアブにつく民は皆、アベル・ベテ・マアカに来て、この町を包囲し、塁を築いて、城壁を崩そうとした。町は滅ぼされるかに見えた。

 その時、この町から、ひとりの知恵のある女がヨアブに、「聞いてください」と叫んだ。ヨアブが彼女の方に近づくと、女は、アベルの町はいつも理にかなった考え方をするので、昔からアベルで尋ねれば事は片づいた、知恵のある町の声には、耳を傾けるべきである、私はイスラエルのうちで平和な、忠実な者のひとりである、なぜイスラエルで一番洞察力をもった由緒ある町、主のゆずりの地を滅ぼそうとするのかと言った。ヨアブは答えて、絶対そんなことはない、ダビデに背いたシェバだけを引き渡してくれたら、引き揚げようと言った。

 女はその知恵を用いて、全ての民の所に行った。それで、彼らはシェバの首をはね、城壁の上からヨアブのもとに投げ落とした。ヨアブが戦闘中止の角笛を吹き鳴らしたので、ヨアブ軍はめいめい自分の天幕へ帰った。ヨアブはエルサレムの王の所に戻った。

 知恵のある女の思慮深い言葉と計画的な行動が、大惨事を防いだ。この町が知恵のある町であることを証明したのは、この女だった。ひとりの女性であっても、助言や助けを与える事はできる。
 ダビデの怒りにもかかわらず、ヨアブは再び軍団長に復位してしまった。ヨアブの軍事的能力はあまりにも優れていたため、王国にとって必要不可欠な人物となっていたのである。
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11月23日 【主のゆずりの地の祝福@】 Uサムエル記21:1-9
 ダビデの時代(ダビデの治世の初め)に、3年間引き続いてききんがあった。そこでダビデが主のみこころを伺う(主の御顔を求める)と、主はサウルとその一族に、ギブオン人の血を流した罪があると仰せられた。ギブオンは、ベニヤミン族の領内にある町である。ヨシュアの時代に、ギブオン人は巧みな偽装工作でイスラエルを欺き、和平契約を結んでしまった。サウルは間違った熱心のあまり、ギブオン人と結んだ契約を完全に無視し、彼らを殺害し、災いを招いた。

 ダビデはギブオン人を呼び出し、何をすれば、彼らは主のゆずりの地を祝福できるのかと言った。「祝福できる」とは、ききんをもたらした呪いを解く祝福の言葉であり、ギブオン人の祭司助手的役割を示す。ギブオン人は、サウルの子孫の中から7人を引き渡すことを要求し、主のために、大麦の刈り入れの始まった頃(3月〜4月)、死刑に処した。「主のために」とは、処罰された罪が特に主の名によって誓われた契約の誓いを破るものであったからである。サウルの罪は、流血の罪の上に、契約破棄の罪でもあった。「主よ。だれが、あなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれが、あなたの聖なる山に住むのでしょうか。正しく歩み、義を行い、心の中の真実を語る人。その人は、舌をもってそしらず、友人に悪を行わず、隣人への非難を口にしない。神に捨てられた人を、その目はさげすみ、主を恐れる者を尊ぶ。損になっても、立てた誓いは変えない。金を貸しても利息を取らず、罪を犯さない人にそむいて、わいろを取らない。このように行う人は、決してゆるがされない。」詩篇15:1-5
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11月30日 【主のゆずりの地の祝福A】 Uサムエル記21:10-22
 サウルのそばめリツパは、荒布(悩み、悲しみの時に見に付けた)を脱いで、岩の上に敷いて座り、処刑が神の怒りをなだめた結果、雨が天から降る時まで、昼には空の鳥が、夜には野の獣が死体に近寄らないようにした。リツパは自分の子供たちを熱愛するあまり、遺体を見張り続けた。リツパがしたことがダビデに知らされると、ダビデはサウルとヨナタンの骨をヤベシュ・ギルアデの者たちの所から取って来て、さらし者にされた者たちの骨と一緒に、ベニヤミンの地のサウルの父キシュの墓に葬らせた。ダビデはリツパのサウルの息子や孫の死体を守った誠実な態度に心を動かされ、彼らの遺骨をサウル家の墓に埋葬させ、サウルとその子孫の名誉をある程度回復させた。ダビデは主に油注がれた者であるサウルに心から敬意を抱き、彼と彼の子孫の骨を家族の墓に葬ることで死者への敬意を表した。骨の改葬、埋葬の後、神はこの国の祈りに心を動かされた。具体的には雨が降り、ききんがやんだ。しかるべく葬られない骨は、流された血と同じく叫び続けていた。ダビデはサウル家の正当な埋葬者、後継者であった。

 ダビデが疲れていてペリシテ人のラファ(巨人)の子孫に殺されそうになった時、甥のアビシャイがダビデを助けてこのペリシテ人を打ち殺した。その時、ダビデの部下たちは、イスラエルのともしびを消さないために、ダビデにこれからは戦いに出ないように言った。ダビデの勇士たちは目覚しい活躍をし、晩年のダビデは部下の勇士たちに助けられながら、勝利の戦いを続けることができた。4人のラファの子孫が打ち殺され、ダビデと家来たちは勇気ある偉業を成し遂げた。4人の敵は、古き人の悪の性質―高慢、利己主義、妬み、嘘などを象徴している。
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