エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2014年3月
3月2日 【サウルとヨナタンの死の報告@】 Uサムエル記1:1-16
 ダビデがアマレク人を打ち破ってツィケラグに帰り、3日目に、突然、1人のアマレク人の若者が、サウルの陣営からやって来た。その着物は裂け、頭には土をかぶっていた。哀悼の意を表し、訃報を知らせに来たことを表現していた。

 その若者はダビデの所に来ると、地にひれ伏して礼をし、「民は戦場から逃げ、また民の多くは倒れて死に、サウルも、その子ヨナタンも死にました」と報告した。そして、傷を負ったサウルに頼まれて彼を殺し、その王冠と腕輪を持って参りましたと言った。王は戦場でも、王の服装をしていた。若者は、褒賞欲しさにの虚偽の報告をした。彼はすでに死んでいるサウルの死体から、王冠と腕輪をはぎ取ったものと思われる。彼は主に油注がれた方に、何ら敬意を払っていない。

 すると、ダビデとそこにいた家来たちも皆、自分の衣をつかんで裂いた。 哀悼の意を表する動作である。彼らはサウルとヨナタン、また、主の民、イスラエルの家のために、悼み悲しんで泣き、夕方まで断食した。彼らが剣に倒れたからである。ダビデは若者に、「主に油そそがれた方に、手を下して殺すのを恐れなかったとは、どうしたことか」と言った。ダビデは主を畏れ、王を尊ぶ敬虔な思いをもっていた。彼はサウルを王座から下ろせるのは、神だけだと信じていた。サウルの罪を裁くのは、ダビデではなく、神の仕事であった。指導者は神が立てられたのであり、私たちは彼らの立場を尊重すべきである。

 そして、若者の1人を呼んで、「近寄って、これを打て」と言って、そのアマレク人を打ち殺させた。死刑の宣告を下したのは、王のいのちは神聖なものであるとの強い確信のゆえであった。主に油注がれた方に手を下した冒?罪である。アマレク人はモーセの時代以来、絶えずイスラエルの敵であった。その時、ダビデは彼に、「その方は罰に値することをしたのだ(神の罰がおまえの上にあるように)」と言った。偽りの生活は破滅を招く。嘘は災いをもたらすのである。
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3月9日 【サウルとヨナタンの死の報告A】 Uサムエル記1:17-27
 ダビデはサウルとその子ヨナタンのために、「弓」という哀歌を作った。その中で、ダビデはサウルとヨナタンのことを、「イスラエルの誉れ(麗しき者)」「愛される、りっぱな人」「勇士たち」「戦いの器」と表現した。サウルとヨナタンは、一生涯離れることなく、ともに戦った立派な戦士だった。ヨナタンは両親に忠実であり、サウルと強固な絆をもっていた。

 ダビデは王と王子を記念する歌を作り、サウルを憎まない道を選び、サウルの善に目を向け、良い面を尊重した。ダビデは根本的にサウルを愛し、敬い、主に油注がれた王として尊んでいた。故人について語る機会があれば、故人の美点を余すところなく思い起こし、できる限り、良いことを語るべきである。しかし、サウルの霊的な美徳は、何一つ思い出されない。単なる生まれつきの美点ばかりでは、残念である。

 25〜27節は、特にヨナタンに対する哀歌である。「あなたは私を大いに喜ばせ、あなたの私への愛は、女の愛にもまさって、すばらしかった」と歌っている。「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。 愛は決して絶えることがありません。」Tコリント13:13、8

 人の策略や計略によらず、神の摂理の御手が、ダビデを王座に近づけつつあった。
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3月16日 【ユダの王ダビデ】 Uサムエル記2:1-11
 サウルは死に、ダビデはもはやペリシテの地にとどまる必要がなくなった。ダビデが主に伺うと、主はユダのヘブロン(同盟、契約の意)に上って行くように仰せられた。ヘブロンはユダ部族の中心の町である。

 ダビデは家来とその家族全員をヘブロンに連れて行き、そこに移り住んだ。すると、ユダの人々がやって来て、ダビデに任職の油を注いで、ユダの家の王とした。10数年ぶりの2度目の油注ぎであった。王族であるユダ族が彼に授けた栄誉は、やがていつの日か、全イスラエルから与えられる栄誉を前もって示していた。ダビデはヘブロンにおいて、初穂と来たるべき収穫に対する約束を手にした。

 ヤベシュ・ギルアデの人々がサウルを葬った、ということがダビデに知らされた時、ダビデはヤベシュ・ギルアデの人々に使いを送り、主の祝福と恵みとまことを祈り、私も善をもって報いるということ、また、今ユダ部族の王として自分が立てられたことを伝え、支持してほしいという思いを示唆した。ダビデは自分をまだ王として認めていない10部族の中から、支持者を求めていた。和解の望みが少しでもあるなら、できるだけ早くそうした方がよい。過去を忘れ、敵を友に変えるのである。

 一方、サウルの将軍であったサウルのいとこアブネルは、サウルの4男イシュ・ボシェテ(恥の人の意)をユダ部族を除く全イスラエルの王とした。一切の宗教的裏づけは行なわれておらず、事実上の統治者はアブネルであった。

 ダビデがヘブロンでユダの家の王であった期間は、7年6か月であった。
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3月23日 【ダビデとサウルの家の戦い】 Uサムエル記2:12-3:5
 サウルのいとこ将軍アブネルはイシュ・ボシェテの家来たちと出て行き、ダビデの甥将軍ヨアブはダビデの家来たちと出て行き、彼らはギブオンの池のそばで出会った。

 アブネルが言い出して、若者を12人ずつ出して戦わせたが、全員死んでしまった。得るところは何もなく、前面戦争に突入した。

 アブネルとその軍は敗走した。そこに、ツェルヤの3人の息子、ヨアブ、アビシャイ、アサエルが居合わせた。アサエルは足が早く、そのことは勇者の一大資格であった。アサエルはアブネルあとを追い続け、アブネルがヨアブの血の復讐を恐れて、追うの止めるように言っても、聞かなかった。それでアブネルは自己防衛のために、槍の石突きでアサエルの下腹を突き刺した。アサエルはその場に倒れて死んでしまった。若気の至りであり、無謀の結果であった。勇気と熱意は、健全な判断と結びつけるべきである。

 太陽が沈んでも戦いが続いたので、アブネルは、「お互いに殺し合うのはやめようではないか」と、戦いのむなしさを挙げ、的を射た忠告をした。ヨアブは応じて、一時的な休戦合意がなされた。ダビデの家来19人とアサエル、アブネルの部下であるベニヤミン人360人の命が犠牲になった。

 サウルの家とダビデの家との間には、長く戦いが続いた。ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなった。

 ヘブロンでダビデに、6人の妻から6人の男の子が生まれた。神は一夫一妻を制定された。ダビデは結婚生活において、主の御心を損なった。
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3月30日 【アブネルの死@】 Uサムエル記3:6-21
 サウルの家とダビデの家とが戦っている間に、アブネルはサウルの家で実権を握るようになっていた。

 ある時、イシュ・ボシェテはアブネルがサウルの側女リツパと通じたことを責めた。アブネルが王の側女と寝ることは、王位継承者として振る舞っているに等しく、それをイシュ・ボシェテは非難したのである。アブネルはイシュ・ボシェテの言葉を聞くと、激しく怒って、サウルの家から王位を移し、ダビデの王座を、ダンからベエル・シェバに至る(イスラエルの北境から南境までの全土)イスラエルとユダの上に堅く立てると言った。イシュ・ボシェテを見限り、ダビデに忠誠を尽くすと宣言したのである。アブネルはイシュ・ボシェテに腹を立てていたため、イスラエルの王権をダビデに譲る計画を立てた。

 アブネルがダビデの所へ契約を結ぶために使いをやると、ダビデは1つの条件として、ダビデの妻サウルの娘ミカルを連れて来るように言った。ミカルが彼女の夫から取り返された時、その夫は泣きながら途中までついてきた。ダビデがしたことは、形式的には律法違反であった。  

 アブネルがイスラエルの長老たちと、ダビデを王とすることを話し合ってから、20人の部下を連れてダビデのもとに来た時、ダビデは彼らのために祝宴を張った。アブネルはダビデに言った。「私は、全イスラエルをわが主、王のもとに集めに出かけます。そうして彼らがあなたと契約を結び、あなたが、望みどおりに治められるようにしましょう。」それでダビデはアブネルを送り出し、彼は将来の見通しも明るく、安心して平安のうちに出て行った。おそらく、ダビデ王国における安泰な地位が保証されたのだろう。
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