エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2013年11月
11月3日 【エリの家への裁きA】 Tサムエル記22:11-23
 王は、祭司アヒメレクと彼の父の家の者全部、すなわち、ノブにいる祭司たちを呼び寄せた。サウルは、大祭司こそ謀反の張本人だと考えた。アヒメレクは王に、ダビデほど忠実な者はなく、ダビデは王の婿、護衛の長であり、あなたの家で尊敬されていると言った。また、アヒメレクがダビデのために神に伺ってきたことを語った。神の御心を知り、その通りに行なおうとするダビデの日常生活が描き出されている。

 サウルは真理と理性の声を無視し、全く利己的な理由のために、殺してはならない主の祭司たちを一人残らず殺害しようとし、自分の邪悪な心の赴くままに行動した。サウルの行動は、精神的感情的な不安定と、神からどれ程離れてしまったかを示している。イスラエルの民衆の目にもはっきりと、主に油注がれた王ではあり得ないとの印象を植えつけたであろう。

 サウルの主の祭司たちを殺せという命令に対して、神への忠誠を保っていた家臣たちは、主を恐れて討とうとはしなかった。祭司たちを殺すことは、その祭司を立てた主ご自身に挑戦することを意味した。主と主の祭司たちを敬う彼らは、その命令に従うことができなかった。異邦人であり、主を恐れないドエグが、祭司の町ノブの人々を絶滅した。サウルには、一人のエドム人しか追従者がいなかった。聖絶は、偶像礼拝または神への反逆があった場合にのみ、用いられるべきであった。しかし、神に反逆したのは、祭司たちではなく、サウルであった。自分のために、神の祭司たちを聖絶したことは、自分を神の座に置くことに他ならない。

 エリの子孫であるアヒメレクたちが殺されたことは、神がエリの家に語った裁きの執行でもあった。エリに語られた一人だけ残すという預言も成就した。一人逃れてダビデの所に逃げて来たエブヤタルに、ダビデは、「必ずお守りします」と言った。主の導きを求めるために必要不可欠な祭司が、不思議な摂理に導かれ、ダビデの集団に加わった。一群の戦士たちとともに、預言者ガド、祭司エブヤタルが従うことになった。これで、彼の王国に必要不可欠な構成要素は全てそろったことになる。ダビデは王になった時、エブヤタルを新たな大祭司に任命した。
メッセージのトップへ戻る
11月10日 【主に伺って勝利したダビデ】 Tサムエル記23:1-13
 ダビデに、ペリシテ人がケイラ(穀物の産地、ユダの低地の町)を攻めて、食料を略奪しているという知らせがあった。そこでダビデは使命感から、-主に伺って、「私が行って、このペリシテ人を打つべきでしょうか」と言った。同族ユダへの愛と、ペリシテ人への敵意から出た言葉である。ダビデは行動を起こす前に、主の導きを求めた。主はダビデに、「行け。ペリシテ人を打ち、ケイラを救え」と仰せられた。油注がれた王は、人々を指導すると同時に、彼らを勝利へ導かなければならない。しかし、ダビデの部下たちは、自ら逃亡の身でありながら、ペリシテの陣地に攻め入るには無謀ではないかと反対した。

 ダビデがもう一度、主に伺うと、主は答えて、「さあ、ケイラに下って行け。わたしがペリシテ人をあなたの手に渡すから」と言われた。ダビデとその部下はケイラに行き、ペリシテ人と戦い、彼らの家畜を連れ去り、ペリシテ人を打って大損害を与えた。こうしてダビデは、ケイラの住民を救った。

 一方、ダビデがケイラに行ったことがサウルに知らされると、サウルは、飛んで火に入る夏の虫だと喜んだ。荒野より、町に封じ込む方が、攻めやすいからである。ダビデはサウルが自分に害を加えようとしているのを知り、祭司エブヤタルにエポデを持って来させた。そして主に伺うと、主は、サウルが下って来ることと、ケイラの者たち(ケイラの有力者ら)が、ダビデとその部下をサウルの手に引き渡すことを告げられた。ダビデは、彼が救った町の人々が、彼を引き渡すことを知った。神はダビデとともにおられ、事々に語られた。

 そこでダビデとその部下およそ600人は、すぐにケイラから出て行き、そここことさまよった。ダビデがケイラから逃れたことがサウルに告げられると、サウルは討伐をやめた。
メッセージのトップへ戻る
11月17日 【仕切りの岩】 Tサムエル記23:14-29
 ダビデは荒野や要害に宿ったり、ジフの荒野の山地に宿ったりした。サウルは全ての日々、ダビデの命をねらって追ったが、神はダビデをサウルの手に渡さなかった。

 ダビデがジフの荒野のホレシュにいる時、サウルの子ヨナタンは、ダビデの所に来て、神の御名によってダビデを力づけた。サウルとその一隊が必死になって、ダビデの居場所を捜したにもかかわらず、見つけることができなかったのに、ヨナタンは難なく見つけ、時宜にかなった激励の言葉を語った。ヨナタンはダビデがイスラエルの王になるという神の御旨を知り、喜んで第2の地位に甘んじた。2人は互いに神への信仰を励まし合った。これが2人の最後の会見であった。

 ジフ人たちがサウルにダビデの居場所を告げたので、サウルは喜んだ。サウルには、もはや神の声は聞かれない。サウルはダビデを追って、マオンの荒野に来た。サウルとその部下は山の一方の側を進み、ダビデとその部下は山の他の側を進んだ。ダビデは急いでサウルから逃げようとしていた。

 その時、1人の使者がサウルのもとに来て、ペリシテ人がイスラエルに突入して来たことを告げた。それでサウルはダビデを追うのをやめて帰り、ペリシテ人を迎え撃つために出て行った。こういうわけで、この場所は、「仕切り(分かれ)の岩」と呼ばれた。神の保護を受けた側と、神の祝福の外にある側とを分けた岩である。摂理の御手にダビデは守られた。主は、ご自分の忠実なしもべを救うために、イスラエル最大の敵を用いられた。

 ダビデはそこから上って行って、エン・ゲディの要害に住んだ。
メッセージのトップへ戻る
11月24日 【イスラエル王国の確立@】 Tサムエル記24:1-14
 サウルがペリシテ人討伐から帰って来た時、ダビデがエン・ゲディの荒野にいるということが知らされた。そこでサウルは、イスラエル全体から3千人の精鋭をえり抜いて、ダビデとその部下を捜しに出かけた。

 サウルが用をたすために道端のほら穴に入った時、ダビデとその部下はそのほら穴の奥の方に座っていた。サウルは完全にダビデの手中にあった。ダビデの部下が、今こそ、サウルを殺す時だと言ったので、ダビデは立ち上がり、サウルの上着の裾をこっそり切り取った。こうして後、ダビデはサウルの上着の裾を切り取ったことについて、心を痛めた。上着は持ち主の権威を表した。ダビデがしたことは、たとい小さなことであっても、神が立てられた王に対する侮辱的な行為であったので、その行動を恥じ、良心の呵責を覚えて、自責の念を感じた。

 ダビデは部下に、「私が、主に逆らって、主に油そそがれた方、私の主君に対して、手を下すなど、主の前に絶対にできないことだ」と言って、部下を説き伏せ、彼らがサウルに襲いかかるのを許さなかった。信仰的良心に発した判断である。ダビデは神の油注がれた王としてのサウルの立場を尊重し、サウルを敬おうとした。「人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。」ローマ13:1 「あなたの父と母を敬え。」出エジプト20:12

 ほら穴から出て道を歩いて行ったサウルを、ダビデは後ろから呼びかけ、「王よ」と言った。サウルが後ろを振り向くと、ダビデは地にひれ伏して、礼をした。王、或いは目上の人に対する敬意を表す動作である。サウルのダビデ迫害は、根も葉もない人の声と幻想に基づき、動かされていた。ダビデはサウル自身の猜疑心に全てが発していることをよく知っていた。ダビデはサウルに、何の悪意もなく、無罪潔白であること、また、悪しき復讐的行為は悪人からだけ出て、善人は自ら復讐せず神に委ねるので、サウルを手にかけないことを語った。悪者にはなりなくない自己抑制心である。
メッセージのトップへ戻る