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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2013年10月 |
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| 10月6日 |
【ノブとガテにおけるダビデ@】 Tサムエル記21:1-6 |
ダビデは、祭司の町ノブの祭司アヒメレク(王はわが兄弟の意)の所に行った。ノブは、ベニヤミン族の地に属し、エルサレムに近い町である。シロの聖所が滅んだ後、祭司たちが移り住んだ。当時のイスラエルの中心的な聖所であった。
アヒメレクはダビデを迎え、何かあると感じ、恐る恐るダビデに尋ねた。ダビデは、王の密使として来ているので一人だけなのであり、供の者たちとはある所で落ち合うことになっていると、虚偽の証言をした。ダビデが嘘をついた結果、後にノブの85人の祭司と人々と家畜が殺された。聖書は、嘘が間違っているとはっきり述べている。「あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。」出エジプト記20:16
ダビデがアヒメレクにパンを求めると、アヒメレクは普通のパンはないが、お供の若い者たちが聖別された生活をしている(女から遠ざかっている)なら(聖戦は儀式上のきよさを要求した)、供え物のパンがあると言った(ちょうど新しいパンを供えたため、取り下げたパンがあったのである)。ダビデが、私たちは女を遠ざけていて、若い者たちは汚れていないと言うと、アヒメレクは、例外的に聖別されたパンをダビデに与えた。良いことをして命を救うことは、優先すべき神の律法である。 |
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| 10月20日 |
【ノブとガテにおけるダビデA】 Tサムエル記21:7-15 |
次に、ダビデは祭司アヒメレクに剣を求めた。祭司が、「あなたがエラの谷で打ち殺したペリシテ人ゴリヤテの剣が、あります」と言うと、ダビデは、「それにまさるものはない」と言った。ダビデは預言者群によって守られただけでなく、祭司の町でも救われる。ダビデの逃避行は、主の御旨にかなうものであった。
ダビデはその日、すぐにサウルから逃れ、ガテ(ペリシテの5大都市の1つ)の王アキシュの所へ行った。ダビデは敵の家に隠れ場を求めた。しかし、アキシュの家来たちに、この人はイスラエルの王ではないかと言われ、彼の正体がすぐにばれてしまった。ダビデはアキシュを非常に恐れ、身の安全を図るため、彼らの前で気が違ったかのように振舞った。アキシュは気の狂った者になど用はないと言って、ダビデを追い出した。精神的に不安定な人々を傷つけないのが慣習だった。ダビデはペリシテに捕らえられてしまったが、追放された。この時のことをダビデは、詩篇でこう歌っている。「私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった。主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。」詩篇34:4、8 「あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。」詩篇56:13 |
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| 10月27日 |
【エリの家への裁き@】 Tサムエル記22:1-10 |
ダビデはガテを去って、ユダ領のアドラムのほら穴に避難した。彼の父の家の者が皆、これを聞いてダビデの所に下って来た。サウルの復讐が、ダビデ家全体に及ぶことを恐れたためである。
また、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちも皆、彼の所に集まって来たので、ダビデは彼らの長となった。こうして、約400人の者が彼とともにいるようになった。彼らは放逐者であり、ダビデ王の就任を後押しすることでしか、人生を好転させられない人々であった。このグループが後に、ダビデの軍事指導部の中核となった。ダビデには人を伸ばす才能があった。
ダビデはそこからモアブのミツパに行き、モアブの王に、神が私にどんなことをされるかわかるまで、両親の保護をしてほしいと依頼した。ダビデは神信頼の信仰に立った。モアブはイスラエルと敵対していたが、ダビデの曾祖母ルツの故郷であった。ダビデは末息子で、危険な状況にあったにもかかわらず、両親の配慮を怠らなかった。
その頃、預言者ガドがダビデに、この要害にとどまっていないで、ユダの地に帰りなさいと言ったので、ダビデは出て、ハレテの森へ行った。
サウルは彼の王国の政治的な首都ギブアで、同族のベニヤミン人に、ユダ部族のエッサイの子が王座についても、特権は与えらないと語り、王権を維持するため、部族の忠実に訴えた。サウルはダビデを貶めるため、ダビデの名を避けた。そして、被害妄想と責任転嫁、自己憐憫の言葉を語った。 |
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